第19話 虚構謝罪会見

 そして、朝がやってきた。

 人間の姿に化けている粒子生命体たちは、プレハブで建てられた巨大不明生物対策本部の建物の一角である会議室で会議を行っていた。と言っても、内容は昨日検視団で話した通りの事の最終確認をするだけであったが。ヒヤマとロプラスは朝日の差し込む会議室の中で資料と言う名の台本を読み込む。


「既に記者会見の準備は済ませてある。全員我々や検視団の息がかかった記者でそろえてあるから異議を唱える者は誰もいない。我々はあくまでも台本通りに喋ればそれでいい。」

「でもよ、昨日俺自身であいつの前で豪語しておいてなんだけど、いくら信頼を得ているとはいえ俺たちが会見で発表するだけで本当に愚民どもは簡単に信じるのかねぇ?」

「案ずるな、こちとらにはAIに作らせた偽造証拠動画フェイク・ファクト・ムービーがそろっている。最近のこの星のAI技術の進歩はすさまじいからな、何が本物で何が作り物か、今では誰も判別できぬ。少なくとも大衆人気だけで俺たちを国会に送り込むような脳死の間抜けどもは、特にな。」

「それもそうか。ははは!」


 ヒヤマは椅子にふんぞり返って高笑いをした。だがそこへ、私用で出かけていたはずのヒノスギが勢いよく室内に飛び込んできた。マスクで顔の半分を覆ってはいるが、その顔面は蒼白であった。


「どうした、そんなに慌てて。忘れもんか?」

「た、大変なんだな!!ごふっ、み、みんなテレビ、またはSNSの配信欄を見るんだな!!ごふっ。」


 なんでそこまで慌てているのかわからなかったが、あまり慌てることのないヒノスギの尋常じゃない様子に一抹の不安を感じ、二人はそれぞれのスマホ経由でSNSの生配信欄へとアクセスした。

 生配信欄はそれぞれの配信が行われているが、その中でも注目度が飛び切り高いものほどタイムラインの頂に躍り出る仕組みになっている。そして今、注目度の高い配信、としてトップに居座っているのが、「先日の巨大不明生物に関するお詫び」と言う配信であった。なんだこれは、とおそるおそるタップしてその動画を開いてみると・・・


「・・・この度は、われらツブラナ・プロの撮影機材を利用した、心なき者の悪質ないたずらで、複合的災害の復旧もままならぬ中、被害に遭われた皆様には大変ご迷惑をお掛けしたことを、誠に、深く、お詫び申し上げます・・・」


 画面の真ん中に写っているスーツの男が深々と頭を下げる。同時に、隣にいた関係者と思われる者たちも深々と頭を下げた。バシャバシャとフラッシュが焚かれるなか、頭をもたげた男の顔を見て、ヒヤマとロプラスは驚愕した。


「おい、こいつ、もしかしてクロハじゃないか!?」

「よくみると、横に並んでる奴らも左端の一人を除いて皆クロハだ・・・いったいこれはどうなってるんだ?」


 会見は記者からの質問のフェーズに移る。そこでクロハのオリジナルと思わしき真ん中の人物が答えた言葉に、3人は開いた口がふさがらなかった。


「では、あの巨大不明生物は、単なる映画用の3D映像によるものだった、という事ですか?」

「はい、左様でございます。これらの立体映像は、わが社の華々しい映画界デビューを飾るために威信をかけて作り上げた新技術、質量を持った立体映像を映し出すことのできる映写機を使用したもので間違いございません。ここに実機を一つ持ってまいりました。」


 クロハが秘書(城戸)に黒い箱のようなものを記者たちの前まで持ってこさせて、ガチャガチャといじくって起動させると、目の前に溶岩の怪物がぐわあと姿を現した。

 おお、と記者たちは感嘆の声を上げたが、一通り機能を見終わった後はすぐに質問に戻る。


「それが、なぜあのような場所に?」

「まだ、全貌はよく分かってはいないのですが、私の個人的な見立てとしては、複合的大災害でこれらの機材を保管していたスタジオ、倉庫などが被災した末に、外部からの侵入が容易になり、そこを狙った火事場泥棒による盗難に遭ったものと思っております。」

「機材はどれだけの数を?」

「3体もの怪獣が出てくるヒーロー映画用であるため、予備も含めて10台ほど用意してありましたが、大災害の後はいったい幾つあるのか、壊れているのかさえも存じ上げません。つくづく申し訳ございません・・・」

「また、誰かがそれを使ったいたずらをする可能性があると?」

「はい、を覚えれば誰でも操作できるような設計になっておりますので・・・」


 そして、質問をすべて終えた後、クロハが扮する社長らしき男は汽車に向かって改めてこう述べた。


「この場をお借りして視聴者の皆様に申し上げます。おそらくこの後も巨大不明生物が何度か出現すると思いますが、それらは全てあくまでも立体映像、虚像、作り物、まがい物、こけおどし!子供だまし!嘘っぱちのやけっぱちで・・・」

「クロ・・・社長!社長!」


 いつしかヒートアップしていた社長クロハ秘書城戸が静止する。


「あ・・・ゴホン!大変失礼いたしました・・・最近いろいろなことがたくさん起こり過ぎてて疲れておりまして、はい。とにかくこれから現れる巨大不明生物は全て作り物でございますので、我々も協力は惜しまないつもりではありますが、視聴者の皆様がもし見かけたら警察などのしかるべき機関にご一報願います。重ね重ね、この度は真に、申し訳ありませんでした・・・」


 再び、クロハの扮するツブラナ・プロ社長が立ち上がると同時に、役員(クロハの分身)と秘書(城戸)も立ち上がって、一斉に頭を下げた所で会見は終わった。

 全てを見終わった3人は呆然としていた。先手を打たれたのだ。嘘をつかれる前にあちらから嘘を仕掛けて、真実さえも嘘と言うの名の泥沼に沈めたのだ。粒子生命体の立てた全ての計画が、水泡に帰した瞬間であった。


「な、なんてこった・・・クロハの奴、俺たちの出鼻をくじきやがった!!」

「我々が20年かけて育て上げた傀儡を・・・立体映像の産物などとのたまうなどと!!」

「ごふっごふっ、ど、どうするんだな、もう僕たちの記者会見まで30分なんだな!ごふっごふっ。あれが嘘だという事にされたら、僕たちの会見は元も子もないんだな!!ごふっごふっ」

「ええい、記者会見は中止だ!こうなったらどっちが真実でどっちが虚構か、わかるまで傀儡をこの近くへテレポートさせて暴れさせるんだ!!ありったけの物をぶっ壊せ!!」

「で、でもよ?地震やら津波やらでもともと瓦礫だらけになってるし、壊すもの何も無いのに何を壊すっていうんだよ?」

「うぬぬ、うぬぬぬぬ・・・!!」


 ・・・


「へへーん、ざまあ見やがれってんだ!!」


 真実を嘘に変えるでたらめの謝罪会見を行ったビル――耐震補強済み――の真上の屋上で、クロハと城戸は勝利の前祝いとしゃれこんでいた。


「今頃奴ら慌てて策練ってる頃だぜ、まあ、あんな奴らが考え付くことなんてたかが知れてるがな。」

「でも、徹夜で物理立体映像投影機作って、嘘の謝罪会見やってやろうなんてよく思いついたね・・・」

「なあに、真実を隠ぺいするためにあえてわかりやすい嘘をついて真実ごと嘘にしてしまう、ってのはSFでよくある話だろ?もっとも、これはどちらかと言えば悪役の手口なんだがな・・・特異点の立場上あまりよろしくない気がするが、大丈夫かな。」

「”目的は手段を正当化する”、って言うし、大丈夫だと思うよ。」

「・・・お前も言うようになったな、城戸。」

「・・・フフッ。」


 二人は互いに腹の底から思い切り笑った。


「ところで、クロハ。なんで”前祝い”なの?」

「そりゃあもう、これからが本番だからさ。・・・おっと、そろそろお出ましのようだな!」


 クロハが目線を向けた先に、空から、瓦礫の中から、地中からそれぞれ粒子がしゅうしゅうと舞い上がり、三体の巨大な人型を形成した。粒子生命体の傀儡どもだ。こちらに向かって近づいてくる。


「ど、どうしてここに!?」

「やつらは今頃出鼻をくじかれてとても焦っている。俺に責任を擦り付ける為の記者会見はもうできなくなった今、あいつらは是が非でも自分らの傀儡の存在を正当化させたいために暴れまくらせるだろうな。ところがもう地震やら津波やらですでにめぼしい所がぶっ壊れてるからどうしても場所が限られる。特にこういう耐震構造のビルとかはうってつけだ。」

「ど、どうするのクロハ!?僕たち、まともな武器は持ってないよ・・・!」

「なあに、三体全部同じところにいるならむしろ好都合だ。3体一緒にまとめて、俺が片付ける。じゃあ、久々にこいつを使うか・・・」


 そういってクロハがごそごそと革のジャンパーの内側から取り出したのは、黄金の杯であった。杯の底の部分をカチャ、と外すと、クロハはその先端を屋上においてあったソーラーパネルにくっつけた。すると、ソーラーパネルの黒色”だけ”が見る見るうちに吸い込まれていき、杯の中へなみなみと注ぎこまれていく。そして、黒い液体のようなもので満たされた杯に口を近づけて、クロハは一気にそれを飲み干した。


「んぐ、んぐ、んぐ・・・っぷはぁ・・・さあ、黒い翼が再び大空を舞う時が来たぞ!!」

「な、何をする気なの・・・クロハ・・・?」


 周りに黒々としたエネルギーオーラが満ち満ちているクロハを見て、城戸は畏怖の念を覚えた。


「城戸、これからお前に特等席でいいもの見せてやる。本物の、ヒーロー映画ってやつをな!」


 直後、クロハの体を黒い光の繭が包み込み、黒い真球状になったかと思うと、ふわりと浮かんで天高く飛び上がり、一筋の閃光が走った後、その球は大きな黒い翼を広げた巨人となって瓦礫だらけの大地に降り立った。三体の傀儡は、突然現れた黒い翼の巨人を見て動揺を隠せない。

 巨人はむくりと立ち上がった後、黒い翼を折りたたみ、赤いバイザー状の視覚器官をぎろり、と傀儡たちに向ける。そして傀儡どもをにらみつけると、ニヤリ、と口角を上げた。


城戸はその姿に心当たりがあった。かつてクロハが、別の世界線で色力と言うエネルギーを生命の源とする生物の中の一体を乗っ取って手に入れた体。その世界の地球の防衛を担った、二人の英雄と肩を並べて戦った時の体。その名は・・・


「まさか・・・あれが・・・ブラックウィング・・・!?」


黒き翼は、再び蘇ったのだ。


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