第18話 化かし合い

 検視団本部の建物の中では、車を降りた三人の議員を検視団の一人であろう男が課長室に通していた。部屋の中にはやはりあの人物が鎮座しており、来客を一瞥するとデスクで書類をまとめてから立ち上がり、軽く会釈をした。


「万事うまくいっているようだね。でもどうして今更、僕たちの協力は要らないといいだすんだい?」


 個性的な三人の議員の内、ドレッドヘアーの男、マイク=ティック・ロプラス(以後ロプラス)が答えた。


「故郷の星を追放された我々粒子生命体をこの星に招き入れ、かつ生活基盤を保証してくれたことには感謝している。勿論、君から提示された、クロハと言う男を倒すという条件も守るつもりだ。だが、君は彼の事を買いかぶり過ぎではないかね?」

「彼の力量は先の狂気医者の件や三体に分身して、天気やら物体やらを操って君たちを止めた時点で分かったはずだよ。」

「ああ、だが、その程度だ。」


 続けて、後ろにいた背丈の高いマスク男、ヒノスギがもごもごと喋りだした。


「ごふっ、僕らのように等身大のサイズならまだしも、僕らの傀儡(3体の怪物のこと)レベルのサイズを三体も相手では分身して食い止めるだけで精一杯のようなんだな。ごふっ。いくら個人の力が強くても結局奴は我々からすればクマムシ程度、指でつまんでぷちっ、とするだけで倒せるんだな。ごふっ。」


 そして最後に、ヒヤマも口を開いた。


「最も、俺たちは武力だけで奴を倒そうとはしないが。明日の会見発表で、マスコミに俺たちの傀儡とあいつが結託して、地震、噴火を起こして日本を滅ぼそうとしている、とでたらめでっち上げて、この国の愚民共にSNSで私刑ごっこさせればいいさ。」


 そう言うと、ヒヤマは旧支配者のデスクに何枚かの写真を置いた。それらは動画から切り抜いたスクリーンショットであり、それぞれ別の角度で、クロハと思わ色人物が三体の傀儡と話し合っている姿が映っている。


「既にAIにあんたから貰ったクロハのデーターを基にした、全く別のアングルからとらえたように見えるディープフェイク映像を何本か作らせた。後は流すだけよ。なあに、今までの20年ですでに大衆の信頼を築き上げてるんだ、俺たちの言い分をほとんどの愚民どもは簡単に信じるだろうし、信じない奴らは陰謀論者だ、デマ野郎だと勝手に潰してくれるさ。民主主義様様だな。」


 三人の言葉を静かに聞いていた旧支配者はなるほど、と腕を組んで肩をすくめた。


「君たちなりにも一応策を練ってきたみたいだね。出来れば、この案件には僕等検視団も最後まで参加させてほしいんだけどな。何事にも用心は必要だと思うけど。」


 三人はやはりかぶりを振った。


「心配ご無用。もう君らの協力は必要ない。この案件はこれから我々のみで進める。」

「ごふっ、政治家たちの動きだけ抑えていてほしいんだな。ごふっ、もっとも、彼らにはお金さえ与えてればたとえその命令が国を亡ぼす事であっても従順になるけれども。ごふっ。」

「俺たちは必ずやクロハを倒し、そしてこの国を、いやいずれはこの星を支配して俺たちの第二の故郷にしてやるさ!あんたはそこでどっしりと構えてなよ!」


 皮算用を確信も無いのに成功すると信じ切っている彼らには、これ以上何を言っても聞かなさそうだと旧支配者は傍観の念が入り混じったため息をつく。


「分かった。そこまで言うならこの案件は君らに一任するよ。事が済んだらまた報告に来てくれ。吉報を待っているよ。」


 三人は旧支配者に軽く挨拶するとそのまま踵を返して課長室を後にした。

 旧支配者はやれやれと頬杖を突いて再びため息をついた。


「”枝”を付けられていることも知らない愚か者どもが、僕を都合よく利用した気でいるね・・・その程度で特異点である彼に勝てるわけないよ・・・彼はそんな単純な人物ではない・・・まあいいさ。どのみちこの案件も予定通り失敗に終わってくれれば構わないしね・・・」


 課長室を出て出口へと歩く三人は、最初から彼を信用してはいなかったのだ。旧支配者と名乗る彼は地球人ではないことは確かなようだが、結局裏でこそこそと動くしか能のないものの下にいつまでも従うつもりはさらさらなかった。自動運転の送迎車に再び乗り込んで、検視団の方に完全に聞かれない状態になったとき、彼らは堰を切ったように旧支配者への陰口を言い合った。


「あの小僧もまだまだだな、結局裏でこそこそと根回しするしか能のないガキ、所詮本気を出した我々の敵ではないな。」

「ごふっ、クロハも奴も頭は回るが力が足りないんだな。この世は力があるものがすべてを制するんだな。ごふっ。」

「クロハを倒したら次はあいつを手にかけてやる!俺と同じくらい若いくせに上から目線で気に入らないんだよ!」


 3人が生まれた星を追放された要因の一つである高すぎるプライドを根源とする傲慢さは、いまだに拭い去れていなかった。そんな彼らを己の思惑のためとはいえ、拾い上げて何かと世話してくれた旧支配者への恩を彼らはすっかり忘れさっているところから見ても明らかだ。


「まあ、まずはとっととクロハとかいうやつを倒してから考えよう。我々は来るその時まで奴を欺き続け、油断しきったところで背後から突き刺す!これで我々の勝利は確実だ・・・フフフ」


 彼らはお互いに笑い合った。自動運転のため自分ら意外に車内には誰もいないし、政府関係者が良く使う密閉仕様なので思う存分笑った。

 しかし彼らは傲慢ゆえに詰めが甘い。今までの検視団内部から車内戻るまでの全てのセリフを一言一句、政府支給の議員用スマホからすべて盗聴されていることを知らなかった。


 ・・・


 クロハの車はあれ以来一歩も動いていなかった。だが、すべてを聞いていたクロハの表情はまさしく憤怒をかみつぶしたような表情が読み取れて、棒でつつけば今にも爆発しそうだ。煙草ももう5本目を灰皿で握りつぶしている。彼は盗聴を切った後もお寺にある鬼瓦みたいな表情を変えなかったので、城戸は話しかけづらかったが、勇気を振り絞って恐る恐るクロハに話しかけた。


「く、クロハ・・・大丈夫?」

「あの野郎ども・・・許さん。絶っっっっっっ対に許さん!!」


 半機械人間の体にそれがあるかはどうかは分からないが、もし彼が生身の人間なら今頃青筋を立てている所であろうか。


「僕も許せないよ・・・まさかあの人たちが、そんなことを企んでいたなんて・・・僕たちの人気を得たのも、すべては作戦を上手く進める為の準備に過ぎなかったんだ・・・」

「それもあるが、何より俺が一番許せないのは!」


 クロハはハンドルを握りこみ、怒りに任せてアクセルを踏み込んで車を急発進させた。


「うわあっ!!」

「俺をことだ!!」


 その勢いで高速に上がり、制限速度すれすれでぶっ飛ばしてストレス解消と言う算段だろうか。クロハがこのように怒りをあらわにするのは本当に珍しい。確かにその通り、クロハは色々な意味で彼らに舐められているので怒り心頭に発するのも当然であった。


「懲りずにまた俺を利用しようとしやがって、あいつら絶対に許さん!!泣いて謝ったって許さんぞ!!売られた喧嘩は消費税つけて買ってやる!!特異点を舐めるなよ・・・城戸!!」

「は、はい!!」


 勢いよく呼びつけられて思わず敬語になる。


「・・・悪い、今夜俺ん家でちょっと手伝ってくれないか?」

「いいけど、何をするの?」

「そりゃあ、お前・・・”悪だくみ”にきまってんだろ。先の病院の件も含めて、あいつらにこれでもかと仕返ししてやるぜ!!見てろよ粒子生命体ども・・・ヒヒヒ。」


 いま、ハンドルを握りながらにやにやと悪い笑みを浮かべているクロハの脳内では彼らを出しぬくための作戦案を恐ろしい勢いではじき出しているのだろう。そんな彼を見て、城戸はいったいこれからどうなるんだろうという一抹の不安と、SFファン特有の好奇心が入り混じって、心が強く躍動するのを感じていた。


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