第12話 二人っきりの反抗作戦

 二人に残された時間はわずかだった。

 諸明の家を一目散に飛び出して、高速道路を制限ぎりぎりの速度でぶっ飛ばしてどうにか乃亜病院の門前にまで乗りつけたクロハたちであったが、既に時計の針は11時を指していた。

 病院は、その白い巨体を夜の闇に黒々と染めて、日中の喧騒がまるで嘘のように静かに、不気味にたたずんでおり、昨日の夜に小銭稼ぎで訪れた時とはまるで雰囲気を異にしていた。


 正門を突破したクロハたちは、防犯カメラの追跡を避けて慎重に進み、昨日の夜に訪れた従業員通用口からの侵入を試みることになった。ここはすぐそばに昨日二人が夜間警備のバイトで利用した警備室がある為、そこにある警備員用の病院全体図を手に入れて、NOAHのメインサーバーまでの最短経路を割り出すことにした。


「じゃあ、入るぞ・・・」

「うん・・・」


 鍵がかかっている通用口のドアを、クロハの半自動ロック・オープナーで開こうとしたその時、何とドアの方からガチャンと開いてしまった。ドアの向こうに人がいたのだ。あの病院専属の警備員だ。


「「あ」」

「ん?なんだ、あんた等は・・・何しに来た?」

「え、ええと、その・・・」


 城戸がとっさに言いつくろうとしてまごつきかけ、警備員が二人に何か言いかけようとしたその時、ドン、と鈍い音がした。クロハの鉄拳が警備員のみぞおちに炸裂したのだ。あまりにも突然の動きに警備員は防御する暇もなくもろに拳を受け止めて、うむ、むむむ・・・とくぐもった声を出してそのまま倒れこんでしまった。


「く、クロハ!!いきなり何を・・・!!」

「大丈夫、気絶させただけだ。しばらくすれば起き上がる。こんなところで油売ってる暇はねえ、行くぞ。」

「う、うん・・・(警備員さん、ごめんなさい・・・)」


 二人は通用口から病院内部に進入し、警備室で全体図を入手してメインサーバーまでの最短経路を定めたあと、二人は再び非常灯のみの病院へと繰り出した。クロハは速足で移動しながら城戸に状況を説明する。


「警備室のパソコン経由で軽く情報を仕入れてみたが、いいニュースと悪いニュースが一つずつ。どうも昼の件を受けて全ての入院患者は他の病院へ移したらしい。だから思う存分病院で暴れられるな。そして悪い方だが・・・なぜか病院の医療従事機械人形が全員メインサーバーの付近に集結してやがる・・・」

「流石に簡単に通してはくれなさそうだね・・・」

「という訳で、お前にも一応武器を渡しておく。これで俺の後ろを頼む。」


 そういってクロハが城戸に手渡したのは、長さが城戸の背丈ほどもある鋼鉄の針であった。かなりずっしりとしており、ちょっとやそっとの事では折れないほどには密度を感じる。


「いいか城戸、今から戦うやつらはみな俺たちの敵だ。情けは要らねえ、思いっきりやれ。検視団や諸明は何のためにこんなことするのかは結局分からなかったが、少なくとも分かってることはただ一つ。この病院をぶっ壊さなきゃ、俺たちの社会がぶっ壊されちまう。覚悟はいいか。」

「勿論!」

「よし、先を急ぐぞ!」

「わかった・・・あっ、あれは!」


 城戸の指さした先に、曲がり角越しに誰かがこちらを覗いていた。城戸がそれに気づいて声を上げた時にはそれはカンカンと金属音を立てて既に奥へと引っ込んでいた。


「待て!!」


 二人が何者かの後を追いかけて曲がり角を曲がると、その向こうのドアがちょうどバタンと音を立ててしまる瞬間であった。そしてそのドアの向こうこそが、二人が目指していたNOAHのメインサーバールームなのだった。


「この向こうに・・・奴らが・・・」

「大丈夫、俺の後ろから離れない限りは絶対に安全だ。さあ、急ぐぞ。もうあと30分もない。」


 二人はメインサーバールームの重い扉に近づき、その扉をこじ開けた。

 人間の悲鳴のような金属音を立てて重々しく開いたNOAHのメインサーバールームの中は、中は暗闇だった。周りにはNOAHとそれらに関連する機械の光が等間隔で点滅を繰り返している。だが、夜間灯でうっすらと明るい病院内と比べて、より不気味な、重苦しい空気が流れていた。二人はその中へと、足を踏み入れた。


「・・・」


 暗闇の中に、二人の乾いた足音だけが響く。そして、後ろを任された城戸の手からドアノブが離れ、再び喧しい音を立ててドアが完全に閉じた時と同時に、クロハは強い殺気を感じて足を止めた。

 NOAH本体まで、道なりに進めばあと数メートルと言う空間の中に、周りで煌めく機械の光とは違う赤い光が一つ、二つ、また一つと灯りだしていく。無機質な光のはずなのにその色には殺気が込められていた。そして、その光がとうとう室内全体を埋め尽くした時、突然サーバールーム全体の照明が起動した。やはり、二人の周りを、医療従事機械人形がうじゃうじゃと取り囲んでいたのだ。


「う、うわあああっ!!」

「・・・来るぞっ、構えろ!!」


 機械人形たちは空を舞ってクロハたちに襲い掛かってきた。”医療用”と言うにはあまりにも先端が凶悪に尖り過ぎている手で容赦なく目の前の闖入者を突き殺そうとする。クロハはそれを難なく交わして人形どもの腕をへし折ったり顔面をたたき割るが、城戸は鋼鉄針でどうにか受け止めるのが精いっぱいだ。


「攻撃を受け止めながら少しでも近づきたいが、動けそうか!?」

「駄目だ、攻撃を受けるだけで精一杯・・・うわあっ!」


 全く持って本物の戦闘など経験した事が無かった城戸にしてはよくやれている方ではあったが、それで限界であった。そこで、クロハはある作戦を立てた。


「城戸、お前だけ先に行け。人形共は俺がひきつける、お前はこいつをNOAH本体につなげて、スイッチを押すんだ。」


 そして襲い掛かる人形たちを薙ぎ払うと、城戸にフラッシュコンバーターを預けた。発光部分とは反対の方から接続用の端子が付いたコードが伸びている。


「でも、これはクロハにしか使えないはずじゃ・・・」

「大丈夫、今使えるようにした!だが作動させるときはしっかり目をつぶるんだぞ、お前の記憶迄消えちまうからな。」

「分かった!」


 そして、城戸にFCフラッシュコンバーターを託したクロハは、城戸に道を開ける、伏せろ!と大きく叫ぶと、両掌を右後ろに構え、掌中に発生させた熱エネルギーを球状に圧縮させ、それを前方に向けて一気に放った。放たれた赤色電磁集積球レッドスパークは貫いた人形たちを次々と破壊していく。敵が体勢を立て直す前に城戸はクロハが開けた道を一目散に走りぬき、ついにNOAH本体の目の前までたどり着いた。


「本体側の接続端子は・・・これか!」


 FCの端子をコンパネに近づけると、どろどろとその形を変えて適切な端子形状になった。

 それを見計らって、城戸は接続を試みるが、後ろから察知した気配に気づいて振り返ると、人形が思い切り飛び上がって襲い掛かろうとするまさにその瞬間であった。

 城戸は一瞬死を覚悟したが、ザシュ、と言う音と共に飛んできた鋼鉄の針に貫かれて、人形はあと一歩のところで倒れた。

 クロハが大多数の人形たちを相手にしながらも、城戸を援護しているのだ。


「城戸!!早く!!あと3分しかねえ!!」


 城戸は急いで向き直り、FCをNOAHに接続した。あとは、スイッチを押すだけだ。

 目をぎゅっと強く閉じて、城戸は思いっきり、FCを作動させた。


「うおおおお!!!」

「おっといけね、コード:005!」


 カチ


 バシュウウウウ・・・


 FCから放たれた白き光はサーバールーム全体を包み込んだ。その光は、人形の殺意を、NOAHに仕込まれた悪意を、命を救うべきはずの医者が狂った末に生み出した恐ろしい野望を、すべて消し飛ばしたのであった・・・。

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