第10話 トリガーは不満
城戸は道路を快走する車の助手席で、つい先ほど病院のトイレで聞いた事実を全てクロハに話した。クロハは最初の内容は聞き流していたが、検視団らしき男を目撃したと聞いたときには目の色を変えた。
「山高帽にトレンチコート、これってやっぱり・・・」
「ああ、検視団の奴らと考えていい、おそらく奴らはこの事件の仕掛人だ。」
「でも、もしかしたら赤の他人がただ通りすがった可能性も・・・」
「この世には偶然、たまたまなんて言葉は存在しない、それはどの宇宙、どの世界線でも共通の事実だ、待ってろ。」
既にクロハは自動車のハンドル自動運転AIに任せて、適当に街を流させていた。その間に、車載プレーヤーをガチャガチャといじり始めた。ヴ、ヴ、と重い起動音とともに立ち上がると、黒いディスプレイ画面に「welcome」の文字が薄緑色で浮かび、すぐに消えた。そして、画面中央部から飛び出たレーザー光がクロハの右目に照射され、網膜認証を終えると画面内で数個のタブが開き、何やら小さな文字列をつらつらと書き始めた。本家本物の近未来SFガジェットを生で見た城戸は一連の動作に思わず感嘆の声を上げた。
「うわーっ、すごい、すごい!」
そして、画面上の枠の一つがフルスクリーンサイズに拡大され、何やら五つの動画を流し始めた後、ある対象が移りこんだタイミングで停止した。画像に写っているその対象とは、山高帽にトレンチコートの男・・・検視団の者だ。
「昨日の夜から一か月間にかけて乃亜病院内含め周辺半径50キロ以内に存在する防犯カメラの映像から該当人物を割り出してみたらこの通りだ。一番右上の画像が昨日の夜病院近くのコンビニ内の防犯カメラが写したもの、つまりさっきの目撃談の時のだな。」
コンビニのレジ内に備え付けられていたカメラの画像は、店の外を足早に歩き去っていく検視団の男をガラスの自動ドア越しに捕らえていた。他の画像もそれぞれ別の場所で、別の角度で検視団の男のみを捕らえているが、そのなかで、今日から数えて丁度ひと月前の日の病院最寄りバス停の防犯カメラの画像だけは、検視団の男がある男性と話し込んでいる姿を捕らえていた。その男性は黒ぶちの眼鏡に白衣を着込んだ男性だった。
「この人、もしかして乃亜病院の人じゃないかな?」
「ああ、どうもこいつが病院側の内通者っぽいな、じゃあこいつも追加で検索をば・・・」
クロハがコンソールを操作すると、画像の白衣の男性が切り取られてクローズアップされ、AIによって補正を加えられた顔が映し出された。そして、隣にその顔と合致している可能性の高い個人情報が羅列されては不適当と判断されて消えていく。それを繰り返していくうちに、やがてコンピューターは一人の個人情報にたどり着いた。だが、それを見たクロハは固まってしまった。
「・・・なんてこった、嘘だろ・・・?」
「ど、どうしたんだよクロハ?」
「・・・あー、うーんと、そうだな・・・」
クロハは顔を覆った。流石のクロハもこのような事例は初めてだった。
「城戸、お前の言った通りこいつは乃亜病院に務めていた医者であってたぜ。」
「じゃあ、早く彼に接触しようよ!なんでこんなことするのか分からないけど、とりあえず次の犠牲者が出る前に止め」
「止められねえよ。残念ながら。」
「どうして、何でやる前から諦めてるのさ、クロハらしくないよ!」
「・・・城戸、昨日の夜、俺があの病院で一か月前に医者が自殺したって話を軽く触れたと思うが・・・」
「それがどうしたの?・・・」
城戸は一瞬クロハが話をそらそうとしているのかと思っていたが、それは違った。クロハはいたってまじめだった。彼はどうしたもんかねと運転席の窓を一杯に開けて、煙草を吸おうとしている。いつも抜けているようで落ち着き払っている彼にしては珍しいそわそわとしたしぐさでタバコに火をつけ、一息で吸い込んだ煙草の煙を窓に向かって吐いて一呼吸置いた後、クロハは再び口を開いた。
「こいつが、そうなのさ。」
・・・
そして、病院そのものを一つのサーバーとし、機械やAIを用いて円滑な医療を行う完全管理システム、NOAH《ノア》の開発を終えて一週間もしないうちに、彼は突然、思い立ったかのように病院の屋上から身を投げたのだった。「特効薬は完成した」と言う謎の遺言を残して・・・
「NOAHの基本的な構造はもう完成しているらしい、あとはそれを汎用化させるための調整段階だったんだが、肝心な時に開発主任が自殺しちまったもんだからまあ大変なことになってるってよ。」
「そんなにすごい人が自殺したら、もっと話題になるはずじゃ?」
「おおかた、お偉いさん方がプロジェクトの進展に支障が出ないように根を回したんだろう、この情報も警察内部のサーバーに奥底に埋もれてた口外禁止リストの中から拾ってきたやつだ。そんで、もう一つ気になる情報を見っけた。」
ディスプレイ上に送られてきた添付ファイルを広げて中身を映し出す。中身は数枚の資料となっており、タイトルは「感情抑制プログラムの危険性について」と書かれてあった。
「諸明の情報を探しているうちに、諸明が患者の治療をより円滑化できるようにと、ある一定の感情値を観測した際にそれを制御するプログラムの同時導入を提案した記録を見つけた。・・・何重もプロテクトをかけてたやつをな。」
「感情値の制御・・・?」
「分かりやすく言えば、感情の鎮痛剤ってところか。だがこれは一歩間違えればマインドコントロールにつながるのではないかという懸念が出て、一回は棄却されたはずだった・・・だが、結局そのプログラムは予定通りNOAH計画の一つとして予定通り開発された。と言うよりも、そもそもこの書類自体が無きものにされてたんだ。そして何を隠そうこの書類があった場所こそ・・・」
「検視団の、サーバー・・・」
「その通り。まあそんなことは想定内として、この感情制御プログラムこそがこの事件の真の凶器と仮定するとつじつまが合うんだ。城戸、今回の事件の共通点を今一度思い出してみろ。」
城戸は昨夜自分が見た内容と刑事たちからまた聞きした内容を頭の中で整理した。
「え、ええと・・・加害者が全員公務員で、病院で感染抗体の接種をしていた・・・?」
「いや、それらもだがもう一つ重要な要素があるぞ。」
「・・・そういえば、皆、怒っていた・・・!」
「そう、もっと詳しく言えば、不満を感じていた、だな。」
「でもあの夜の看護師は、そんな兆候あったかな?」
「警察の聴取記録をついでに読んでみたが、実は彼女が殺そうとしていた相手は彼女に陰湿な嫌がらせをしてたそうだ。」
「・・・皆、怒りで感情抑制プログラムを起動したら、むしろより冷静になるはずじゃ・・・」
「これはあくまでも仮定だが、それらの正体は感情を抑制したうえで、自身のコントロールを自分ではない第三者にゆだねるもんだと俺は思ってる。だが、肝心のプログラムコードはどこ探してもソースが見つからねえ。そこで・・・」
クロハはハンドルを握り直し、アクセルを踏み込んで自動運転モードを切り、車を飛ばした。
「これから、どこへいくの?」
「諸明が生前住んでいた家さ。」
「もう一か月になるのに、まだ家が残っているの?」
「それが残ってるんだ、おかしいだろ?だが、今の所新しい手掛かりがつかめそうなのはそこら辺しかねえ・・・何があるか分からねえが、行くだけ行ってみようぜ。」
クロハはさらに車を飛ばして、諸明の家へと急いだ。
いつの間にか、陽はすでに西へと傾きかけていた・・・
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