第7話 嵐の前の・・・


「はあ~あ・・・」

「まだ見つからねえのか、新しい職場。」

「あるにはあるんだけど・・・みんな飲食店とか介護老人ホームばっかで・・・」

「あー・・・」


この二種類の職業はアルバイトや転職サイトなどではよく求人が転がっているのだが、それは常時人手不足と言うことを暗に意味する。しかもそのほとんどが人を使いつぶすような職場環境なので入ったところでその激しい環境になじめず、バイト/転職希望者からはよく忌避されている。真昼間から喫茶店で何故城戸がクロハと共にこんなサイトを見ているのかというと、彼は大川の一件以来会社を辞めているが、働かなければ食っていけないのが世の中なので、致し方なく仕事を探していた。しかし、同じく無職のはずのクロハはやけに羽振りが良い。一体どのような方法で日銭を稼いでいるのだろうか?


「そういえば、クロハも今無職のはずなのに、どうやってお金を工面しているのさ?」

「俺か?俺は・・・これさ。」


そういってクロハが自らの黒革の長財布から取り出したのは、なんと宝くじであった。{ジャンボドリームにちりん}と言う文字が書かれているくじは三枚あって、表面の右側に6桁の番号が並んでいる。よく見ると、3枚は連番で、真ん中の一枚の数字の組み合わせは782407とある。


「ええっ、宝くじ?・・・やめときなよクロハ、いくら宇宙人だからってそんなもので金を稼げるなら苦労しないよ・・・第一、当選確率が隕石が落ちてくる確率より低い奴でどうやって稼ぐの・・・」

「なるほど。では俺はすでに隕石が5,6回落ちてきてもおかしくないな。」

「え?それってどういう・・・?」

「こういう事さ。」


そういってクロハは今朝の朝刊のページを開いて、くじと共に広げて見せた。{第253回全国宝くじ ジャンボドリームにちりん 当選番号のお知らせ}という欄に、それぞれ当選したくじの番号が振られている。その欄の一番上に書かれていた番号、即ち一等の番号として書かれていた数字は・・・{782407}だった。城戸は自分の目が信じられなかった。


「・・・!!こ、これ・・・当た・・・当た・・・当た・・・!!」


クロハが持っているくじは、当選番号のくじを含めて三枚、しかもそれらは全て前後の連番となっているため、一等の賞金のほかに前後賞も合わせて、合計当選金額はざっと数えて10億円だ。よほどの贅沢をしなければ、当面の事は心配しなくても済むようになる金額だ。


「ま、まさか・・・これも、特異点の力・・・?」


そう聞いた城戸に、クロハはふふん、と自慢げに


「これくらいの確率の計算くらい、お茶の子さいさいさ、特異点を舐めるなよ。」


と胸を張った。・・・本当は、宝くじの販売会社に設置されている当選番号の乱数装置の場所を突き止めて、そこへばれないように自分の見えない分身ナノマシンを潜り込ませて、自分の買ったくじの番号が当選番号になるように調整しているだけなのだが、改めて特異点のすごさに感服している城戸の夢をぶち壊したくなくて、ちょっとした嘘をついた。世の中には、知らない方が幸せなことがあるのだ。


「いいなあ、クロハは宝くじを当てることが出来て。僕にもそういう能力欲しいなあ・・・」

「そんな能力必要ないと思うぜ、色が決まるまでの一時的な間、親とかに仕送りしてもらって工面してもらえばいいんだ。」


なるほど、親に仕送りか・・・と思った城戸は思わず親の顔を思い浮かべようとした・・・が、なぜかぱっと思い浮かばない。ぼんやりとした輪郭は思い出せるものの、なぜか肝心の顔が思いつかないのだ。そんなはずはない。僕の事を大切に育ててくれた親の顔を忘れるわけが・・・ん?そもそも僕はどこで生まれたんだ?僕はどこで育ったんだ?僕はどこで学んだんだ?

つい20年以内の出来事が、何故か思い出せない。どうしてだ?どうしてだ?考えれば考えるほど・・・頭の中が痛くなって・・・!!


「・・・ど。

 ・・・城戸。

 ・・・おい、城戸!!」

「うわあっ!!」


クロハに肩を強く揺さぶられて、城戸はようやく我に返った。気が付いたら体はびっしょりと汗でぬれている。


「こ、これは・・・いったい、僕は何を?」

「おまえ、突然頭を抱えてうずくまったもんだから、心配したぜ。大丈夫か?」

「う、うん・・・もう大丈夫。」

「何かの病気にかかってたらいけねえ、今日はもうここらへんで切り上げて休んだ方がいいぜ。」

「そ、そうだね、そうしておく・・・」


一体あれは何だったのだろうか、結局城戸はそれが分からないまま、クロハと共に喫茶店を後にした・・・


・・・


夕日が全体の8割ほど沈みかけるころに、白い肌を見せつけて乱立するビル群の中でひときわ目立つ赤レンガ造りの構造物。その四階にある検視団本部の課長室の部屋の照明がともった。夕日を遮るかのように窓に降ろされたカーテンから外に漏れるぼんやりした光がちらつく。部屋に誰かがいる。


部屋の中には人影は二つあった。一人はシャツにネクタイ姿で、コクタンでできた重々しいデスクに肘をついて座っており、もう一人は室内なのに帽子を深々と被り、トレンチコートを着込んでその人物とデスクを挟んで対面でたたずんでいる。口を開いたのは、立っている方の男であった。


「では、いよいよ”シナリオ”を発動させるのですね?」

「うん。どうやら彼の特異点としての技能はまだまだ健在だという事は十分わかったからね。”カード”もそろったことだし、準備運動はもうここら辺にして、本腰を入れよう。・・・第一シナリオ、”狂気医者マッド・ドクター”の発動を命令する。」

「・・・了解いたしました。」


検視団の男は敬礼をし、踵を返すとすたすたと課長室を後にした。それと時を同じくして、デスクの上に置いてある携帯に通知が入る。SNS経由のダイレクトメールで、差出人は当然「トーチ・キッド」からだった。


――こんにちわ!益田さん、今日は凄いことがあったんですよ!なんと、友人が宝くじに当たったんです!しかも、前後賞含めて当選したんですって!


男は微笑を浮かべながらアプリを開き、「トーチ・キッド」に返信する。


――それはすごいね、おめでとう。でも、あまりそういう事は周りにひけらかさない方がいいよ。僕はそんなことはしないが、大金を持っている人を狙って悪い人がすり寄ってくるかもしれないからね。

――ああっ、そうでした!驚きのあまりつい言いふらしてしまいました!ごめんなさい!!

――大丈夫、次から気をつけてくれればいいよ。・・・それにしても、最近君がその友人と知り合ってから君の同僚の件と言い、タイムリープ?の件と言い周りでよく不思議なことが起きるようになったね。彼は巻き込まれ体質なのかい?

――うーんと、そういう訳ではないんですけど・・・でも、彼はたとえどんなことが起こっても淡々と対処できるのでそこがすごく羨ましいです。それに、とても面白い人なので、一緒にいるとすごく楽しいんですよ!早く益田さんに会わせたいなあ・・・

――是非とも彼と会ってみたいが、本当にごめんね、また仕事が忙しくなりそうで、しばらく休みは取れない。もし予定が合えば、必ず僕から連絡する。君と彼との冒険談は欠かさず僕に送ってくれ、楽しみにしているよ。


そのメッセージを最後に、彼は携帯を閉じた。そして、心の中で独り言ちる。なるほど、彼は特異点の力でいろいろやっているようだ。だが、彼は使いどころを間違えている。特異点はやろうと思えばこの宇宙を、いや、六つの宇宙を全て支配することが出来る力があるのだ。その力をはく奪されて、体に染みついた残りかす程度の力しか残っていない僕でも、銀河連邦を掌中に収めかけるくらいには。

それほどの力を持っていながら、己の生活費の足しにするためにギャンブルの程度にしか使わないとは。欲がないというかつつましいというかみみっちいというか。僕はこんな男にかつて敗北を喫したと思うと我ながら情けなくなってくる。


だからこそ、僕は彼に執着して、ここまで追いかけてきたのだが。僕はもう四六時中君の事を考えている。これはもはや恋人だ。性別は同じだが、構うもんか。これはこの地球の時間に直して幾億年越しに君に会えたラブコール代わりの、ささやかなプレゼントだ。どうか喜んで受け取ってほしい。


微笑を浮かべた彼の眼は、闇よりも深く澱んだ黒い眼は、まっすぐと、確実に、獲物クロハを捕らえていた。

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