レイ、大学生三回生

 レイは死ぬ前にやりたいことリストを作るような人間だ。

 それは生きることにとことん前向きになれる作業。死と向き合い、生を再確認することで学業、バイト、就活に忙殺されているレイにとっては命綱とも言える。



 今日はその中の一つ【ひとり餃子祭】をしよう。

 冬の始まりを告げる寒さは絶好の餃子日和に違いない。

 羽根つきの餃子をフライパンから直にハフハフしながら食べたいと昔から思っていた。

 ビールの味を知ってからは餃子でこってり火照ほてった食道をキンキンのビールで洗い流す快感も覚えた。

 考えただけで喉が鳴る。


 カーテンの隙間から小籠包を思わせる雲のむれが見えた。

 冷凍でと思っていたが、手作りするのも悪くない。

 もっちりとした皮から溢れ出す黄金のスープ。舌を包む幸福感。

 想像しただけで分かる、これは絶対うまい。

「よし」

 レイは勢いよくカーテンを開けると、寝癖もそのままにエコバッグとスマホを掴んで家を出た。




 限界まで膨らんだエコバッグを引きずるように築半世紀の木造アパートの前に立つ。

 部屋着が薄すぎたのか手がかじかんでなかなか鍵が開けられない。

 少々イラついてきたレイの頭上を車が『プップー』や『ビビー』といったクラクションと排ガスではやし立てては紅葉を辞めた山に消えていく。

 アパートの二階と並ぶ道路は山を登るヘアピンカーブで、時折短いクラクションが降ってくるのは日常だった。

「シンコキューシンコキュー」

 呪文のように唱えるとレイは頭の中でクラクションを動物の鳴き声に変換する。

 そう、ここは動物園。とても賑わっている。


 カーブの曲がりと角を合わせるように建つアパートの一階がレイの部屋。

 家賃は格安。事故もなし。

 何度か車が落ちてきたが、一度も巻き込まれていないという。

 幸運ハイツ。それがこのアパートの名前。初めての一人暮らしに【幸運】の名は験担げんかつぎにもなると入居を決めた。

 少し壁にヒビが入っていたりもするがすきま風もなく、全く問題ない。


 ようやく鍵を開け、古い玄関扉をくぐると、外見からは想像もできないモダンな部屋が現れる。フルリノベーションが施された部屋は一歩入れば、広いアイランドキッチンが出迎える。

「ただいま」

 レイは荷物置き用に愛用するちゃぶ台に一声掛けるとエコバッグを乗せた。手を離すと

 はち切れそうなエコバッグはゴロゴロと中身の逃走を許した。


 一人暮らしには不相応なダイニングテーブルに捕まえた戦利品を並べる。

 異世界系に出てきそうな肉塊、育ちすぎて値引きされた白菜、たまたま会った友達にもらったニラ、賞味期限間近で叩き売りされていた強力粉。発芽したにんにく。

 シンプルな食材が並ぶ。

 そして忘れてはならないスープの秘訣、ゼラチン!

 役者は揃った。


 レイは袖を一気に捲る。

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