第109話 初給料の使い道
「瑛二に一つ相談したいことがある」
「どうした? また急だな」
「ちょっと瑛二にしか相談出来ないことがあってな」
「おうよ。なんでも話してくれ」
お昼休み。俺は瑛二に相談事を持ちかけていた。
嫌な顔一つせずに話を聞いてくれて、本当にありがたい。特に、こういうことを相談するなら瑛二が一番だ。
「実は先週、アルバイトの給料が入ったんだ」
「おー。おめっとさん」
「それで、ちょっとその使い道について相談したくてな」
俺の言葉に瑛二があー、と納得したような声を漏らす。
「念願の初給料だもんな」
「ああ。ある程度は貯金に回す予定だが、初めての給料だし……凪には色々と助けられたから」
「ま、そーなるよな」
これからはこのお金が凪と出かける時のお金になる……し、半年後に向けて買いたいものがあるのでしばらくは貯めておかなければならない。
もちろん父さんと母さんにもプレゼントを買って贈るつもりだ。そちらは今のところ、ネクタイとまな板の予定である。家のまな板、随分古くなってきてるから。
という話は既に母さんへ伝えている。『全部凪ちゃんに使いなさい』と言われたが、さすがにそういう訳にもいかない。
ちなみに、瑛二達にも凄くお世話になっているのでご飯を奢るつもりである。
しかし――凪に贈るものは少し迷っていた。
「色々考えはしたんだけど、無難なものしか思いつかなくてな。無難でも良いんじゃないか、とは思うが……」
「他にも喜ぶものがあるんじゃないか、って感じか?」
「そうだな」
この前凪とマニキュアを買いに行って、一緒に塗ったのが結構楽しかったこともある。
もちろん変な物を贈るつもりもないんだが……というか、変な物を贈らないために瑛二に相談しているのである。
「ってなると……蒼太が選ばなさそうなの、って言ったらアクセ系か?」
「……買い手の技量が試されるやつだな」
「お前ならドクロのネックレスとかは選ばないだろうけどな」
英二の言葉に苦笑いが漏れる。凪ならなんでも着こなせそうな気はするが、さすがにドクロはちょっと想像がつかないな。
「アクセって言っても色々あるぜ。ピアス……は開けてないとアレだが、イヤリング。ネックレスにブレスレット。アンクレットとかもあるし、学生らしいって意味じゃお揃いのミサンガとかも選択肢には入る。ミサンガはたまーに運動部の連中が付けてたりするな」
瑛二の言葉にふむ、と頷く。
「アクセ以外だと香水とか……は好みあるからな。霧香に探らせても良いけど。ちょいと高めのハンカチとかも合う……だろうけど、そういうのは結構持ってそうだよな。無難だし」
「そうだな。俺もハンカチは考えたが、多分間に合ってると思う」
「そーなると……んまぁ、そうだな」
じっと瑛二が考えた後。俺に目を向けてくる。
「霧香にも聞いてみていいか? こういうのは女子の意見も参考になるし。もしかしたらなんか欲しいもんとか聞いてるかもしれない」
「ああ、そうだな。俺もちょっと光に聞いてみる」
二人に聞くのもうっすらと考えていたことだが、折角なので霧香の方は瑛二に聞いて貰おう。
俺もスマホを取り出して光に連絡をとる……と、瑛二の方が先に返事が来たらしい。
「……あー。なるほど。そういやその手もあったな」
「なんて?」
「服だよ。そろそろ季節の変わり目だし、何着も買おうと思ったら値段も張る。一緒に買いに行けるし、楽しいと思うぞ」
「なるほど。服か」
確かにその手もあったな……と考えていると、こちらも光から返事が来た。
『下着。蒼太と買いに行きたいって話してたよ』
「あっ……」
思わず声が漏れてしまう。瑛二がなんだ? とこちらに目を向けてきた。
「なんて言われたんだ?」
「……霧香に言われたのと似てるな。丁度最近凪も買いたいって言ってたのを思い出したんだ」
「おお、良いじゃねえか」
それとなく誤魔化しながら話す。さすがにこれは言えない。
しかし――下着か。確か以前、凪に買いに行きたいと言われていた。
「……ちょっと考えておこう」
心の中で反対の声を上げるものもあったが……最近下着がキツくなっていたという彼女の言葉も思い出して、俺は本格的に考えることにした。
そして――
◆◆◆
「久しぶりですね」
「そうだな。最近忙しかったしな」
学校の帰り。俺は凪とともにとある場所へ来ていた。そこは――いつかも訪れた、瑛二のお姉さんが居る服屋である。
数日前。下着を買いに行くかと凪に聞いたところ、即決で頷かれたのである。
とはいえ、下着をどこで買うのかとかはよく分かっていない。その辺は凪に任せようかと思っていたところ――ここになった。
なんでも、霧香と光におすすめされたらしい。以前二人が来てたとか。その時凪は習い事があっていけなかったらしい。
ここなら色々取り揃えているし……凪は改めてサイズも測ってもらうらしく、顔見知りの方が良いらしい。
それに加えて、平日の夕方は人も少ないから俺も一緒ならおすすめと言われたのだ。
そうして凪と入ると、栗色のポニーテールをした女性がこちらを向く。
瑛華さん――瑛二のお姉さんだ。
「いらっしゃ――あ、久しぶりじゃない! 凪ちゃんに蒼太君!」
「お、お世話になっております」
「瑛二から話は聞いてるよー? 付き合った……とか通り越して婚約してるって。凄いねー、この歳でそんな覚悟……」
懐かしさすら覚える弾丸トーク。俺の隣で凪はニコニコしていて……以前は二人で慌てたなと思い出した。
「それで、今日はどうしたのかな?」
「下着を買いに来たんです」
「――ほう?」
凪の言葉に店員さん――瑛華さんの目がキランと輝いた。
「それと下着のサイズが小さくなってきたので、サイズも測って頂けないかなと」
「なるほど……なるほどね。おっけー。早速測ろっか。キミ、蒼太君はちょっと待っててね」
「は、はい」
うんうんと頷く、楽しそうな瑛華さん。その勢いに押されるまま俺は頷いた。
「ちょっとだけ待っててくださいね、蒼太君」
「分かった」
そうして凪が瑛華さんと奥へ行く。……霧香に言われた通り、この時間に来て良かった。今は人が少ない。休日は学生もかなり増えるらしいが。
ほんの少し息を吐いて、俺は少しの間そこで待っていたのだった
◆◆◆
少しすると、二人が帰ってきた。……凪は頬をほんのり赤く染めている。
「……ワンサイズ、上がってました」
「そ、そうか」
「でもその、このサイズになってくると中々見つけづらいとのことなので、瑛華さんにも手伝って貰おうかなと。良いでしょうか?」
「もちろん大丈夫だぞ」
凪の下着のサイズを把握している訳ではないが――それでも理解は出来る。種類が限られるサイズなのだと。
「うん、ということでお手伝いさせて貰うね」
「よ、よろしくお願いします」
「まかせんしゃい。それじゃあまずは……凪ちゃん達の好みも知りたいし、色々見ようか」
瑛華さんが歩き出し、凪と一緒についていく。
「このブランド、値段も手頃な割に可愛いのが多いんだよ。凪ちゃんのサイズだと……これとか?」
瑛華さんが見せてきたのは、白いレースで装飾された下着である。
凪がチラリと俺を見てきた。
「蒼太君、どうでしょう? 似合うと思いますか?」
「……な、凪が好きな物を買えば良いと思うんだが」
「私も蒼太君も好きな物を、です。ど、どうでしょう?」
凪が頬を赤くしながらも聞いてきて……彼女が本気なら、俺もそれなりに誠意を見せるべきである。
「似合うと、思う」
「ほうほう……
店員さんが続いて見せてきたのは――黒い下着。しかし、ただの下着ではなく……ちょっと待ってほしい。
「い、色々と隠れてない部分があるんですが」
もちろん下着としての機能は保たれている、けど。謎に横の方に縦の切れ目が入っていて、その部分は肌が見えるようになっていた。
「凪ちゃんくらいスタイルが良ければこういうのも似合うと思うよ。それに彼も……悪い反応じゃなさそうだし?」
「そ、そんなことは……」
ない、と言い切ることは出来なかった。想像してしまったのも確かだったから。
「……では、候補に入れておきます」
「了解しましたー! ちなみにお値段は上下セットでこれくらいでーす。あ、上だけっていうのも全然出来るからね」
「蒼太君。どうでしょう?」
「そこに関しては、全然許容範囲内ではあるけど」
今日は下着を一着だけ買う訳ではない。結構値が張ると聞いていたが、これくらいなら複数着買っても大丈夫……だが。
「な、凪。普段使い……じゃなくて、学校で着替える時見られても大丈夫そうなのも買うんだぞ?」
「大丈夫ですよ、分かってます。……これは蒼太君の前でしか着ませんから」
体育の時間とかは着替えるだろうし、同性に見られることもあるだろう――と思って聞くも、カウンターを返されて顔に熱が上る。
あまりにも、あまりにも心臓に悪い。
「ふんふん。普段使いするならさっきの白とか――ちょっと似合いそうなの、何着か見繕ってくるね」
「ありがとうございます」
ニコリと柔らかく笑う瑛華さん。待っている間もこのブランドで他にないか、凪が見ているのをしばらく眺めていた。
◆◆◆
それから何着か見て、現在。凪が試着をしている。店員さんも一緒で、実際にサイズが合っているかどうか確認してもらっているらしい。
本当に人が少ない時間に来て良かった。他のお客さんが今居たらちょっと精神的に来ていた。
そうして試着室の外で待っていると――名前を呼ばれた。
「そ、蒼太君」
「凪? どうした?」
凪がカーテンからひょこっと顔を出してきた。何か問題でもあったのかと思って聞くと、彼女は少しだけ言いにくそうに……言葉を小さくした。
「試着してみたんですが……蒼太君からの意見も欲しくて」
「お、俺から?」
「こ、こういうのはやっぱり恋人からの意見も大事だと、瑛華さんに言われたんです」
「……なるほど」
そういった理由があれば、断ることも出来ず――俺は頷いた。
「わ、分かった」
「で、では。中、どうぞ。フィッティングは終わったので、店員さんと入れ違いになる感じです」
試着室は店員さんも入る想定のため、結構大きめに取られている。
凪が中に引っ込むと、店員さんが少しだけカーテンを開いてさっと出てきた。
「という訳だから、私はこの辺で。……瑛二から二人のことは聞いてるから大丈夫だと思うけど、変なことはしないようにね」
「も、もちろんです」
「念のため言ってるだけだからね。……あと、もちろんお客様の情報を誰かに話したりもしないから。その辺も安心してね」
「分かりました」
この辺はしっかりしていて、どこか瑛二に似ている……いや、瑛二が似たんだろうな。
「それじゃごゆっくり」
ニコリと笑って瑛華さんが居なくなり、俺は小さく息を吐いた。
……覚悟、決めないと。
「凪」
「いいですよ、入ってください」
そう返され、俺は素早く中へ入り――言葉を失った。
「……ど、どうでしょう? 似合ってますか?」
真っ白な髪と肌。それと正反対の、夜空のように黒い下着。
それは最初候補に入れた……下着の役割を果たしているものの、一部肌が見える下着であった。
頬を赤らめ、しかし体は決して隠さない凪。その可愛さと醸し出される妖艶な雰囲気が混ざり合い――息が詰まったような錯覚すら感じる。
「その反応は似合ってる、ということですね?」
「……似合ってると思う、けど」
本当に呼吸をしていいのか分からなくなる。それくらい脳が混乱に陥って、俺はドクドクと早鐘を打つ鼓動を手で押さえる。
「一つ、お願いだ。……それを着るの、俺の前だけにしてほしい」
「も、もちろんそのつもりです。……では、今週末にでも」
その言葉の意味を理解しながら、俺は耐えきれなくなって目を瞑り――
「ちゃんと見てください、蒼太君」
彼女の言葉にまた目を開いた。
「悪い、少し、いや、かなり刺激が強くて」
「……そう思わせられたのなら成功ですね」
凪がくるりと一回転して、全体を見せてくる。今度は目を逸らさず――凪が満足そうに微笑んだ。
「それでは他の下着もまた着てみるので、見ていってくださいね」
「……分かった」
凪が背中に手を持って行き、さすがにそれ以上見る訳にはいかないので俺は背を向ける。
布地と肌の擦れる音はとても心臓に悪かったが――その後、凪の選んだ下着を何着か買った。
結構値段は張るかと思われたが――瑛華さんが全部比較的お手頃な値段で選んでくれたこともあって、無事予算の範囲内に収まった。
帰り道、凪も凄く満足そうにしていた。
「今日はありがとうございました、蒼太君」
「どういたしまして」
「今度は私の番ですね。実は私もお金に関してちょっと入る予定があるので、今度のお休みは蒼太君のお洋服を買いに行きましょう」
その言葉に少し考えるも――そういえば、凪も何かを始めていると言っていたな。恐らくそれだろう。
「分かった。楽しみにしてるよ」
ニコリと凪が微笑む。日差しが照らすような、暖かい微笑み。
この笑顔のお陰で明日からも頑張れそうだ。
……いや、頑張ろう。そして、色んなところに行って、たくさん思い出を作ろう。
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