第102話 戻ってきた、少しだけ新しい日常
がたんごとん、と揺れる電車。
……今年度の初めはとても憂鬱だったはずなのに、今では電車に乗るのが楽しみになっていた。
「おはようございます、蒼太君」
「おはよう、凪」
扉が開いて乗ってきたのは、白い髪を小さく揺らした美少女。東雲凪だ。
「久しぶりな気がしますね。こういうのも」
「最近まで車だったもんな」
あの生活が終わり、俺達は元の日常へと戻っていた。
「もうすぐ二月ですね。となると、一年生の終わりも近くなって来ましたね」
「そうだな。……後半はかなり濃かった気がする」
「本当にそうですね。私も蒼太君を含め、色んな人と出会えましたし」
夏休みが終わるまでは灰色の学園生活を――とまでは言わないが。瑛二という友達も居たし。
ただ、凪と出会ってからはかなり……本当に濃い人生を送っている。
「二年生、光ちゃんと一緒のクラスになれたら良いんですが」
「……俺も瑛二と一緒なら良いんだけどな」
その辺は運が絡んでくるのでどうしようもない。こういうのって仲良い人と離されるイメージあるし。
だけど……
「大丈夫なんじゃないか? 今の凪なら」
去年の四月の凪と今の凪ではかなり雰囲気も違う。学校での事は詳しく知らないが……羽山とも仲良くなってるし。
今の凪なら大丈夫だと思う。その思いが伝わるように微笑むと、凪が微笑み返してくれた。
「ふふ、それなら蒼太君も大丈夫そうですね」
「まあ、知らない人と話すスキルは多少身についたと思うが」
それは『社会人』と話すことであり、同年代に通用するのかは分からない。
「蒼太君ですから。絶対大丈夫ですよ」
「……そうだな」
もっと自信を持たないと、だな。
うん、絶対に大丈夫だ。俺達なら。
そう自分の心の中で言っていると、凪があっと声を上げた。
「そういえば二年生で思い出したんですが、蒼太君達の学校は季節のイベントとかあるんですか?」
「ん? まあ、あるな。来年度……二年生の時は学園祭、三年生の時は体育祭だっけか」
「私達と同じですね。今年度はなかったんですか?」
「そうだな。なかった。……あ、あと修学旅行も二年生の時にあったはずだ」
そうして考えてみると、意外と二学期は忙しいかもしれないな。
「日が被ってなかったら蒼太君の学校へ遊びに行きたいですね」
「……良いな、それ。凪と色々回ってみるのも楽しそうだし。その時は俺も凪の高校に行くよ」
「楽しみにしてますね」
高校が違うから、こういうイベントは楽しめない……と思っていたのだが。案外そんな事もなさそうである。
「来年は体育祭、楽しみにしてますね」
「ああ。俺も応援しに行くよ」
そんな会話をしていると、すぐに目的地へと着いたのだった。
◆◆◆
「テスト嫌だなぁ」
「瑛二も本当にテスト嫌いだよな」
「好きな生徒の方が少ねえよ。多分」
「それはそうかもしれないが」
最近は点数も取れてるし……と思ったが、そういう事ではないのだろう。
「勉強めんどい。遊びに行きたい」
「はいはい、テストが終わったら行こうな」
「うぐぅ……はぁ。なんかやる気出す方法とかねえか?」
そんなに嫌なのかと苦笑いをしつつ……どうにかしたい気持ちもあるにはある。
「終わったら自分にご褒美、とかどうだ?」
「ご褒美?」
「ああ、その方がモチベーションとか上がるぞ」
「へえ。蒼太はどんなご褒美貰ってんだ?」
「ん? それは――」
言葉の途中で、『俺が誰かからご褒美を貰える前提』で話されている事に気づいてしまった。
言葉に詰まっていると……瑛二がニヤニヤとした目つきで見てくる。
「俺、誰かから貰ったなんて一言も言ってないが」
「貰ってねえのか?」
「……黙秘権を使う」
「ほぼ答えだけどなそれ」
このままだと根掘り葉掘り聞かれそうだ。一回話を切った方が良いだろう。
「とにかく、俺もテスト自体は好きじゃない。……ただ、それがあるから頑張れるってだけだ」
「ふーん? さんきゅ、色々霧香と試してみるわ」
ちょっとお節介だったかもしれないが、『ご褒美』も俺にとっては思い出深い……彼女と仲を深めるきっかけにもなったから。
別に二人の仲を心配している訳でもないんだけどな。
「そういやさ――」
「なあなあ、海以」
瑛二が話そうとした時、ふと俺が話しかけられた。
相手は……三人のクラスメイトである。話す事はほとんどない、グループワークやペアワークの時くらいだろう。
この三人は仲が良いのかよく固まっており……これくらいしか俺も知らないな。
なんとなーく嫌な予感はするものの、無視をする訳にもいかない。
「……なんだ?」
「いやさ。海以ってほら、【氷姫】と付き合ってるじゃん」
久々に聞いた気がするな、その呼び名。でも、多分彼らも……大体の人は凪の名前を知らないからなのだろう。
「なんなら婚約者だぞこいつ」
「え、まじ? あの噂本当だったの?」
「まあ……そうだな」
いつかのタイミングで凪が公表した事だ。多分彼らはその場に居なかったのだろう。
「すごっ。それで一個気になったんだけどよ。どうやってあの【氷姫】と仲良くなったん?」
……やっぱりその手の話だったか。
凪との関係が知れ渡ってからたまにあった。凪との話を聞こうとしたり……俺を通して凪と繋がろうとする人が居たり。
後者は論外として、前者も俺としてはあまり話したくない。そもそもが凪の個人情報だし。……何より、話す相手は一人で足りてる。
しかし、どうしたものかな。痴漢されていたという話をする訳にもいかないし。したくもないし。
悩んでいると、横から瑛二が顔を覗かせてきた。
「こいつの場合はちょっと特殊だからな。あんま聞いても参考にならんと思うぞ」
「……あり? バレてた?」
「んなもんバレバレよ。というか、きっかけも大事だけどその後の行動も大事だと思うぞ。スキンケアから始めてけ」
「彼女持ちの正論効くわ……」
――また瑛二に助けられたな。
瑛二は話の流し方がとても上手い。最近は特に感じる。
もちろん自分で解決出来る分にはしているが。見習わないとな。
「……って訳だから頑張れよ」
「頑張って高校生活で彼女作るわ。んじゃな」
気がつくと、瑛二がアドバイスをして三人は居なくなっていた。どういう話術を持ってるんだ瑛二は。
「ありがとう、瑛二」
「どういたしまして、って言っとくけどな。適材適所だ。別に大変な事でもねえしな」
瑛二がニヤリと笑う。……俺の全てを見透かすように。
「俺は俺が得意な事をやる。もちろん俺が出来る範囲でな。逆に、俺に出来ねえ事があったら蒼太を頼る。そんだけの話だ」
「……瑛二に出来なくて俺が出来る事、か」
「蒼太は苦手を無くすより得意を伸ばした方が良いと思うぞ。完全に俺の主観だけどな」
その言葉に――そういえば最近似たような話をされたな。
――六年後の海以っちに足りないものは俺が埋めるっす
脳裏を過ぎった彼の表情が瑛二と重なった。
やっぱり二人はどこか似ている気がする。
「そうだな。俺は俺の得意な事を伸ばすよ」
「おう。苦手なのは頼れ。一人で出来る事なんてたかが知れてるからな」
「最近痛感してる。瑛二もな」
「ああ、もちろん。そんときゃ寄りかからせて貰うぜ。テストのやつみたいにな」
改めて瑛二と話し……本当に、彼が友人で良かったと心から思った。
◆◆◆
「――という事があってな」
『ふふ、蒼太君は本当に良いお友達を持ちましたね』
「本当にな。瑛二が居なかったら今頃どうなってるのか……想像したくないな」
夜は凪と電話をしていた。いつかのあの頃のように。
そして、この時に夕ご飯の感想とかお礼も言っている。……アルバイト帰りは厚木さんが送ってくれて、その時に凪のお弁当が渡されるのだ。
「そういえば、凪もその……疲れたりしてないか? 大丈夫か?」
『大丈夫ですよ。蒼太君と話していたら疲れも吹き飛びます』
嬉しい事を言ってくれるが、大丈夫なのだろうか。……いや、今の凪にその心配は杞憂だな。
『今週末はどうしますか? 出来ればお家の下見というか、必要な物の確認をしたいと思っているんですが』
「そうだな。どっちでも行けるぞ。今週からアルバイトの時間も長く出来るようになったし」
ある程度仕事に慣れてきた事。そして内部のちょっと危なさそうな人材は取り払ったという事で、平日の時間制限がなくなった。
残業はないが、夜勤的な人が居るのだ。昼間が忙しい人、夜の方が効率が良い人などは希望すれば出来るとの事で。それでも俺のアルバイト時間は精々八時までなんだけど。
「ただ、その代わりに休みも作るように言われてな。今週末は色々やるかもしれないから空けてたんだ」
『それなら都合が良いですね。では、土曜日に行きましょう。出来ればそのままお泊まりで』
「分かった。楽しみにしてる」
そうして話していると、段々凪の言葉が重くゆっくりなものになっていく。
「眠くなってきたか?」
『……いや、です。まだあんまり……話せてないです』
「分かった。今日、バイト中にな――」
凄く可愛い事を言ってくれる凪だが、彼女もそろそろ寝る時間である。
こちらから一方的に話す方向へ切り替えると――五分も経たないうちに、静かな呼吸の音が聞こえ始めてきた。
「おやすみ、凪」
『……そうたくん』
もう寝られるかなと思ったのだが、彼女は吐息混じりに名前を呼んできた。
『そうたくん……だいすきです』
「……ああ。俺も大好きだよ、凪」
『ふふ。それでは、おやすみなさい』
「……おやすみ」
その言葉を最後に、彼女は寝息を立て始めた。それを確認し、通話を切る。
そして、大きく――内に籠った熱を全て吐き出した。
「……最後のはちょっと、可愛すぎると思う」
そう言葉にしないと耐えられそうになかった。今すぐにでも彼女を抱きしめたくなって……無理やり、それを抑え込む。
けれど、その気持ちは中々小さくなってくれない。
「早く風呂に入って俺も寝よう」
自分に言い聞かせるように呟き、着替えの準備を始めた。
……休日まで我慢しなければいけないな。
――――――――――――――――――――――
あとがき
皐月です。更新が遅れて申し訳ありません。氷姫の発売が近づくにつれて心がザワザワしてしまっていて……。
そう、氷姫の発売が近づいてまいりました。今週の金曜日、5月10日に発売です。明明後日発売です。もうすぐ明後日発売に切り替わります。
ついに発売されます!
それに合わせてちょっとしたお知らせです。氷姫をフォローしている方に限定でメールが届くそうです。
そちらのメールでは氷姫について色々語っております! 主にイラストの事とかですね!
ここでしか読めない限定SSもありますので、まだの方はフォローして頂けると発売日くらいにメールが届くと思われます。
そして、金曜からIF氷姫の更新が始まります。毎日更新です。
出来るのか? と思われそうですが、頑張ります。ある程度プロットは固まりましたので。
そうはいっても、5話〜10話くらいで終わるかなと思います。短い間ではありますが、お付き合い頂けますと幸いです。
それでは! ぜひ紙の本や電子書籍を手に取って頂ければ凄く嬉しいです! みすみ先生による素晴らしいイラストもありますので!(bookwalkerで試し読みもあります!)
完全に伝え忘れてましたが、特典やここで書いた内容に関して近況ノートを更新しております! 気になった方はご覧下さい!
また氷姫に関する情報があれば、近況ノートでお知らせします!
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