第3話 お勉強会の準備

「……お、お勉強会とか。しませんか?」


 その言葉に。俺は耳を疑った。


「……お勉強会?」

「は、はい……。お勉強会です。海以君が今週末、空いてるのなら」

 それは……電車以外の場所で東雲と会う、という事だよな。


 少し驚きながらも。俺は考えた。


 男性が怖い、という事を克服するための一環にもなるだろう。思っていたより勉強を教えるのが楽しい、と言うのもあるのかもしれない。


 まあ、なんにせよ。断る理由も――


 いや。その言い方は失礼か。

「ああ。空いてる。俺の方こそ。よろしく頼みたい」

 俺も、誘われて嬉しいからな。


 そう返すと。東雲どこかホッとしたように……頬を緩めた。


 「良かった……」

 そして、手を自身の胸へと置いてほっと息を吐いたのだった。


 ◆◆◆


「なあ、今週末勉強会しないか?」

「……悪い、その日は用事があるんだ」

 瑛二の言葉に俺はそう返す。すると。瑛二はにやりと笑い、「ほう?」と言葉を漏らした。


「女か!? 女なのか!?」

「……違う」


 まずい。言い訳を考えるのを忘れていた。

 目を逸らす俺を見て。さらに瑛二は「ほうほう?」と返してくる。


「なんだよ、言ってくれよ。好きな子が居るならよ。手伝うぜ? こう見えても俺、中学の頃は『キューピッドの瑛ちゃん』って呼ばれてたんだぜ」

「だから違うって……それと、お前にキューピッドは似合わないぞ」


 ああ、そうだ。こいつに相談したい事もあったと言うのに……

 いっそのこと話してしまおうか? と脳裏に浮かんだが。俺はその考えを即座に捨てる。

 あの時。東雲は痴漢をされた、という事実がバレるのを怖がった。もちろん、人に言いふらされたい事ではないだろうが。


 ……それ以外に。バラされたくない理由があるような気がするのだ。


 だから、俺はそれを隠したまま尋ねる事にした。

「……それはそれとして。女子と出かける時の服装ってどうしたら良いと思う?」


 非常に苦しい言い方となった訳だが。瑛二は面白いくらいに頬を歪めて笑う。


「にやにや」

「言葉にするな。気持ち悪いぞ」

「おお辛辣。ま、どこに行くのかで変わるな。遊園地なんかだと多少動きやすいものの方が良いぞ」

「そういうのではなく……勉強会だよ」

「勉強会って家でか!?」

「違う。場所は決めてないがそれはない。ついでに言うと、お互い恋愛感情とか抱いてない。……友人だ」


 瑛二の言葉を訂正しながら俺がそう言うと。瑛二ははあ、とため息を吐いた。


「あのなあ……ちなみに。その勉強会ってのは二人なのか?」

「今のところはそうだな」

「脈ありだろうが!!!」

「だから違うと言ってるだろう。……色々事情があるんだよ。あと声がでかい」


 脈ありとかなしとかそんな話ではない。

 先程も述べた通り、俺は東雲に恋愛感情は抱いていないし、逆も然りである。


 そんな俺を……瑛二は面白そうに見つめた。


「ま、無自覚から始まる恋だってあるしな」

「……もうなんとでも言え。その代わり、さっきの事は教えてくれよ?」

「ん? ああ、そうだったな。ま、勉強ってだけならラフな格好で良いが。……相手の服に会わせるのも悪くないな。どんな服を着てきそうとかあるか?」


 着てきそうな服か……。当たり前だが、いつも制服だしな。強いていうなら……


「……和服?」

「どんな大和撫子だよ」


 いや、茶道とかやってるし……という言葉を飲み込むと。瑛二ははあ、とため息を吐いた。


「今週末なら時間もそんなに無いんだよな。……俺も忙しいし。あ、そうだ。駅前に服屋出来てるだろ?」

「ああ……そういえばあったな」

「そこ、俺の姉貴が働いてんだよ。ファッションセンスに関してはピカイチだ。俺が話しておくから、暇なときに行ってみてくれ」


 意外なことに、と言うと失礼なのだが。瑛二はちゃんとアドバイスをしてくれた。


「ちゃんと俺の方から話は通しておくからよ」

「あ、ああ……助かる。ありがとう」

「良いって事よ。デート、頑張れよ?」

「デートではないが。まあ、頑張っては来る」


 ヘタをやらかさないように。……別に好かれたい訳ではないが、嫌われたい訳でもないのだ。


 そうして瑛二からアドバイスを貰って。俺は、行く事を決めたのだった。


 ◆◆◆


「……私。人と遊ぶためのお洋服、買ってませんでした」

 次の日の朝。東雲は開口一番にそう言ってきた。


「……無いのか? 一着も?」

「は、はい……その、一応あるにはあるんですが。出かけるには大仰な物でして」


 俺の頬がひくついた。これを相手に言うものなのかと思いながら。しかし。

 そういえば、東雲は友人が居ないんだったかと思い出した。


「……ちなみにお金は持ってるのか? もちろん、今じゃなくて良いが」

「はい、念の為に持っています」

「…………俺の高校の最寄り駅の近くに服屋がある。そこの店員はセンスも良いらしいから、おまかせでと言えば多分どうにかなるぞ」


 瑛二から聞いた事をそのまま伝える。……まあ、服屋の店員はかなりオシャレに気を使ってるだろうし。問題ないだろう。


「な、なるほど……ちなみにどこの駅でしょう?」

「お前が降りる次の駅だ」

「……」


 俺の言葉に東雲は少し考える素振りを見せ……。


「……あ、あの。よろしければ」

「ああ、良いぞ」

 彼女の言葉を先読みして。俺は頷いた。


「服、買うんだろ? 俺もそこで買う予定だったんだよ」


 色々と意味が無くなる気はするし、もしかしたらこの事が瑛二にバレるかもしれないが。

 まあ、その時はその時だ。上手く誤魔化そう。


「それじゃあ。帰りに俺の降りる駅で待ち合わせで良いか? それとも明日とかが良いか?」

「は、はい! 今日が良いです! ありがとうございます!」


 東雲は一人で向かうのは怖いのだろう。彼女程の美人ならナンパもされかねないし。

 ……そういえば。


「なあ、しのの――」


 名前を呼ぼうとした時。駅に着いた。


「……どうされました?」

「いや、なんでもない。後で聞く」

「分かりました。……それでは放課後に」

「ああ。待ってる」


 別に急ぎの用事でもない。放課後に聞こう。


 俺は頷き。軽く手を振る東雲へと手を上げ。去る姿を目で追ったのだった。


 ◆◆◆


「……さて。いつ来るかな」


 放課後。俺は駅前で待っていた。……それと同時に。考え事も。


 当たり前だが、俺の通っている高校の生徒が多い。ここに東雲が来れば。かなり目立つだろう。

 もし、俺が東雲と会っている所を見られれば……


 思わず冷や汗をかく。……別に悪い事をしているつもりはないのだが。


「……見つけました、海以君」


 ――その時。俺は後ろから声をかけられた。心臓がバクンと脈を打つ。


「……し、東雲か。驚いたぞ」

 振り向くと……そこには東雲が居た。

 すると……東雲はくすりと笑う。


「すみません。少し好奇心が湧いてしまって。……海以君も驚いたりするんですね。初めて見ました」

「あ、当たり前だろ。本当に。心臓が止まるかと思ったぞ」


 そう言いながらも……俺は改めて東雲を見る。


 最初に比べて。随分と表情が豊かになっている気がする。……いや、気のせいではないだろう。


「……? どうしました? 顔をじっと見て」


 指摘をすると気分を害するかもしれない。俺は首を振った。

「……いや、なんでもない。目立ってきたから、とりあえず向かうぞ」

「あ、はい。分かりました」


 周りから「お、おい。あれって……」「……氷姫?」「あの隣のは誰だ?」とか聞こえてきた。

 そこから逃げるように、俺達は退散する。そして……。見た感じ、知り合いは居なさそうだったが。まあ、その時はその時だ。


「言っていたのはここだな」

「……あまり来た事がない雰囲気のお店です」

「同感だ」


 その服屋はかなりオシャレな雰囲気を纏っていた。……高校生が行くにはまだ早いような、と思ってしまうが。それは俺がインドア派だからなのだろう。


 緊張しながら扉を開くと、カランコロンと鈴の音が鳴った。


 すると、カウンターの方から一人の女性が来た。

 栗色の髪をポニーテールにし、溌剌としている……名札を見て、瑛二の姉だと気づいた。


「いらっしゃい……ま」


 その女性は笑顔を向け……一瞬、固まった。


「か、可愛い……!」


 そう呟いた後に。俺達を見て目を輝かせた。


「やーん! もう、可愛い! 高校生カップル? 初々しくて良いわねー!」

「い、いえ、その」

「あ、もしかして瑛二が言ってた友達ってキミ? へぇ……めちゃくちゃ可愛い子捕まえたじゃん」

「あの、話を」

「ああ、服だよね? まさか二人で来るとは思ってなかったけど。ちゃーんと選んであげるから安心してね」


 だめだ。全くと言っていい程話を聞いていない。東雲を見ると、少し困ったように……頷いた。

 ひとまずは好きにさせよう。説明は後で、だ。


 そして……俺と東雲はその店員に奥へと連れていかれたのだった。

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