第17話「手のひらの上」

 戦果を上げて子爵の地位を得た俺はいろいろな手続きを終えてようやくルグナス公爵家の屋敷に戻った。

「メリルはどうなりました?」

 俺はルグナス家の侍女長へ尋ねた。

「メリルレージュ様は、お亡くなりになりました」

「はっ?」

 その言葉を聞いた俺は、頭が真っ白になった。

 メリルが死んだ?

 あの悪役令嬢が?

 あの一度殺してもすぐに復活するような魔女が死んだ?

 だが確かに侍女長は言った。

 メリルは死んだと。

「……メリルが……死んだ?」

 俺はそう呟いた。

 メリルが死んだ。

 ならば、今俺の目の前にいる人物は誰なのだろうか。

「ディー。お帰りなさい」

「メリル!」

 俺はメリルを抱きしめた。

「大活躍だったようね。ディー」

「うん」

 あれ。

 メリル生きてるじゃないか。

「メリル生きてるじゃないか」

 想った事がそのまま口に出た。

「ディー。混乱しているだろうから落ち着きなさい」

「はい」

 そう言われて俺はメリルを離した。

 改めて見る。

 半年ぶりだが、俺の最愛の人物。メリルレージュ・ルグナスだ。

「よく聞くのよ。ディー」

 メリルの言葉に俺は頷いた。

「メリルレージュ・ルグナスは半年前に死んだわ」

「はい?」

 メリルレージュ・ルグナスは死んだ。と、メリルレージュ・ルグナスは言う。

 じゃあ俺の目の前のメリルは誰だ?

「だからディーの前でメリルレージュでいるのはこれで最後」

 メリルが何か言っている。

「では改めて」

 メリルが目を閉じてからゆっくり開く。それだけで何か雰囲気が変わった気がする。

「婚約者の顔をお忘れですか。ディゼル様」

 婚約者?

 俺にそんなのはいない。側室は二人いるが。

「私はベロニカ・ヴェイランツ。ヴェイランツ伯爵家の娘です」

 いや、どう見てもメリルレージュ・ルグナスだ。

 自称ベロニカ・ヴェイランツさんは見た目・声・魔力。全部がメリルだ。

 だからこの人はメリルレージュ・ルグナスだ。

「どうしてそんな風に俺をからかうのか全く分からないが、貴方はルグナス公爵家のメリルレージュだ」

 俺はそう断言した。

「ディー。間違っているわ」

 メリルが一瞬真面目な表情をする。

「ルグナス家の爵位を言ってみなさい」

「えっ」

 何を今更。と思いながら俺は口を開く。

「ルグナス公爵……あっ」

 俺はメリルの言わんとしている意味がわかった。

 ルグナス公爵は、ヴェルザード王国で唯一の大公爵になったのだ。

 つまり、ルグナス公爵家ではなくルグナス大公家。

 メリルは公爵令嬢ではなく大公姫なのだ。

 最近いろいろとありすぎてすっかりとその事を忘れてしまっていた。

 大公爵就任のパーティも出たと言うのに。ちょっと反省。

「ルグナス大公家です」

「宜しい。では本題に戻るわ」

 今のは本題ではない横道だったのか。

 メリルの宣言通り話が自称ベロニカの話になる。

「ちょっと意地悪な言い方だったわね。でも本当に今の私は本当にメリルレージュ・ルグナスではなく、ベロニカ・ヴェイランツなのよ」

「どういうこと?」

 全然理解が追い付いていかない。俺の理解力が乏しいだけではない事を祈る。

「メリルレージュ・ルグナスは貴方のために死んだのよ」

「俺のため?」

「ええ」

 メリルが不思議なことを言った。

 なんでメリルは俺のために死んだのだろうか。と言うか普通に目の前にいるのだが。


「ルグナス大公姫のままでは子爵には嫁げないから」


 その一言で、全ての歯車がかみ合った。

「そ、それじゃあ」

 俺は口をパクパクしながら話しかけようとする。

「言ったでしょう。私は、貴方の婚約者。ベロニカ・ヴェイランツよ」

 それはつまり。

 俺がメリルと結婚できるっていうことか。

「メリル。俺と結婚してくれるのか?」

「メリルではなくてベロニカです」

「あっ。はい」

 俺と結婚できるのはベロニカ。そういう設定なのか。

「ベロニカ。俺と結婚してくれるのか?」

「はい。婚約者ですから」

 ベロニカを名乗るメリルはそう答えてくれた。

 メリルと結婚できる。

 果てしなく嬉しい。この世界に転生して、いや、前世から数えて一番幸せな瞬間だ。

 だが、こうやって別人になった設定を説明してくると言う事は。

「今後はベロニカとして接してメリルだってばれないようにしないといけないってことだな」

「ええ」

 やはり、メリルとベロニカが同一人物と知られてはいけないと言う事だ。

 人間関係とかいろいろ大変だろう。少なくとも貴族のパーティなどはいけないだろうし。

「でもね。私がメリルレージュだと言う事はみんな知っているわ」

「知っているの?」

 それでは意味がないのではないか。

 俺は言葉にしなかったが、俺の反応にメリルは俺が何が言いたいのか気付いたらしい。

「そういうものよ」

「そういうものなのか」

 貴族って難しい。

 でもどれくらいの人が知っているのだろうか。

「このことを知っているのってルグナス家の関連の人達だけ?」

 俺は気になって尋ねてみた。

「いえ、大抵の貴族は知っているわ。ヴェイランツ家はそういう家だから。私も会ったことないヴェイランツの姉妹がいっぱいいるわ」

「何だそれ」

 ヴェイランツ伯爵家とはそう言う身分違いの恋を叶えるために使われる家名だそうだ。

 ちなみに公爵・伯爵・子爵・男爵と、同じような家名もいくつかあるそうだ。

 でも、だとしたら、ますますその設定に意味は無いのでは。

「ディー。そういうものよ」

「あー。うん」

 もうそういったことについてはそういうもので納得するしかない。

 そんな事よりも、俺はメリルと結婚できるのだ。

 そう考えるとそんな小さい事どうでもいい。

「アーサー殿下にも感謝しなさい」

 メリルの急な言葉に俺に新たな疑問が生まれた。

「アーサーに?どうして?」

「今回の件で色々と根回ししてくれたのは殿下よ」

「何でアーサーが?」

 アーサーからしたら婚約者が死んでしまったと言う事になる。次期国王としてそれは大丈夫なのだろうか。

「友のためと言っていたわ」

 アーサー。生涯の友よ。

「あと、これでディゼルはずっと我が剣として傍にいてくれるだろうとも言っていたわ」

 ……アーサー。我が王よ。

 ちょっと感動を返して欲しい気持ちにもなったが、俺がアーサーの剣になるくらいメリルと結婚できるなら安いものだ。なんだったら既に『獅子王子の右腕』なんて呼ばれているわけだし。

「結局俺はメリルとアーサーの手のひらの上ってことだな」

 メリルの思い通りに動かされた。

 アーサーの思い通りに動かされた。

 異世界転生を果たそうが、勝てない相手ってのはいるものだ。

「不満かしら?」

 メリルは小悪魔のような笑みを浮かべながら俺にそう尋ねてきた。

「何一つないよ。我が婚約者ベロニカ」

 俺はそういってメリルを抱きしめた。

「ベロニカ。俺の妻になれ。すぐに結婚式をしよう」

「はい。ディゼル様」

 こうして、俺はメリルレージュ・ルグナス改めベロニカ・ヴェイランツと結婚する事になった。

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