第16話「ルーネイス戦役」

 ディゼル・コルネーロ。十五歳。

 メリルに振られてからどれだけの日々が過ぎたのだろうか。

 俺もいつの間にか十五歳になっていた。

 メリルに振られてからずっと。俺は体調不良を理由に屋敷に引きこもっていた。

 アーサーがお見舞いに来ても追い返した。王子相手だが非公式でこっそりときているのでそのまま非公式にお帰りいただいた。

 ミネルバとアンリが来た時も抱くだけ抱いてから追い返した。

 最悪な事をしている自覚はあるが、「私を抱いて嫌な事を忘れてください」なんて言われたら手が出てしまう。それでもことが終われば追い返してしまうのは俺の心の弱さだ。

 それでも、そうして献身的に接してくれる二人の存在が俺の心を多少ながら癒してくれている。

 おかげで少しはいい方向に進んでいると信じたい。

「そろそろ引きこもりも卒業しないとな」

 俺は自室のベッドの上で窓の外を見ながらそう呟いた。


          *


「メリルが病気!?」

 俺の引きこもりがようやく解消された頃、ルグナス公爵に呼ばれて屋敷に行ったら、メリルのお父さん。つまりルグナス公爵本人からそんな話を聞かされた。

「何の病気なんですか?」

 俺はルグナス公爵に尋ねる。

「正確な病気名は無い。魔力の高いものに稀に出る症状だ」

「そんな症状が?」

 たしかに、魔力の高い人が稀にかかる病気があり、風邪のように症状が一つではなく多岐に渡ると以前メリルと何かの文献で見た事がある。

「治療法はなにかないのですか?」

 たしかその時見た文献に治療法があったと思う。貴重ではあるがとある植物から治療薬が作れるはずだ。

「あるにはあるのだが」

 ルグナス公爵が頭を抱える。

「どうしたのですか?」

 俺の問いにルグナス公爵はゆっくりと口を開いた。

「治療薬の元となる植物がわが国でとれなくなって十数年になる」

「まさか、もう絶滅してしまったのですか?」

 そうするとメリルを治せないことになってしまう。

「いや、あるにはある。あるのだが、・・・場所は敵国の領地だ」

「敵国?」

 友好国でなく敵国なら貿易も途絶えてしまっている。入手は不可能だ。

「攻め込むしかないのですか?」

 俺はそう尋ねた。その俺の言葉を聞いてルグナス公爵は静かに頷いた。

「ああ、戦争になる。敵国の領地に侵攻して入手するしかない」

 戦争。その言葉を聞いてメリルの言葉を思い出した。

『ディーはいずれ、戦果を上げて子爵になる男よ』

 何かが重なった気がする。

「行かせてください」

 俺はルグナス公爵に頼み込んだ。


          *


 メリルの病気の事を聞いて二ヶ月。

 俺はルグナス公爵とアーサーに頼み込んで戦場に出向く事になったのだが。

「これは違うんじゃないか?」

 進軍しながら馬上で俺はひとり呟いた。

 一万の兵を出陣させたヴェルザート王国軍。その軍勢にはヴェルザート王国の国旗が高く掲げられている。

 そしてもう一つ。国旗と同じ大きさの旗。

 コルネーロ男爵家の紋章が描かれた旗が掲げられていた。

 国旗と同じ大きさの貴族の紋章。これは軍の総大将を貴族が率いている事を現している。

 つまり。そこにコルネーロ男爵家の紋章が描かれていると言う事は。

「総大将。そろそろ敵が見えますぞ」

 俺の馬を引っ張ってくれる人がそんな風に声をかけて来る。

 ヴェルザード王国軍総大将。剣聖ディゼル・コルネーロ。

 たしかに俺は王子殿下と公爵様に戦場に行きたいとは頼み込んだ。

 でも総大将として行きたいなんて言ってはいない。

 なんで俺が一万の兵を率いているのだ。

「将軍」

 誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる。

「将軍」

また誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる。

「将軍!」

「は、はい」

 声は俺の耳元で言われていたものだった。

 そう。軍の総大将と言う事でいきなり階級は将軍だ。まだ十五歳だと言うのに。

 声を駆けてきたのは副賞のシャダム中佐だ。今回の副官で実質的な総大将だ。

「予定通り。敵軍が見えるくらいまでの距離までの進軍としましょう」

「はい」

 ここでは素直に従う。実際の総大将はこのシャダム中佐で俺はお飾りの大将だからだ。

「それではここで設営を始めます」

 準備が始まる。

 数名の魔術師がある魔術を発動させると、あっという間に大きな屋敷が出てきた。

 屋敷と言うよりアパートとかマンションとかああ言った感じの建物だ。

「それではゆうゆうとお過ごしください」

 そう言ってシャダム中佐も建物に入り自分の部屋に行く。

「「ディゼル様」」

 俺の側室二人に声をかけられる。

 ここにはミネルバとアンリも連れてきている。

 ベッドで事を終えて、両脇に二人がいる状態で三人で並んで横になりながら、ずっと世間知らずだったと感じる。

 この世界にこんなにいい魔道具があるなんて聞いていなかった。

 指揮官クラスだけとはいえ、戦場にマンションのような建物が立ちそこでゆうゆうとすごせているのだ。

 俺はミネルバとアンリの体温を感じながらそのまま眠りについた。


          *


 翌日。

 ヴェルザート王国軍はドワルゴ王国の領内に侵入した。

 作戦は簡単だ。

 この作戦の目的はメリルの治療のための薬草の入手。

 派手に戦闘を行い。その隙に別働隊が薬草を入手する。この軍はただの陽動だ。

「将軍。号令を」

 シャダム中佐が俺に言う。

「始めろ!」

 俺は出撃命令を出した。

 戦闘が始まった。

 あちこちから戦闘の音が聞こえる。俺はそわそわしていた。

「落ち着いてください。総大将」

 馬引きのラックさんが説明してくれる。

 戦線は一進一退らしい。

「総大将。そろそろですぞ」

 ラックさんにそう言われ気を引き締める。

「将軍。本陣を動かします」

 シャダム中佐から声がかかった。

「出るぞ!」

 俺は自ら討って出た。

 今回の俺の役割。総大将が自ら剣を振るい士気を上げること。実際は二回か三回剣を交えればいいそうだ。などと簡単に言うが、この戦場に出ること自体恐ろしくてしょうがなかった。

「総大将。行きすぎです」

 俺は弱い。

 メリルやアーサーより。

「将軍。お戻りください」

 ただ、圧倒的な強さを誇る悪役令嬢や攻略対象と比べると俺は強い部類にギリギリ入るらしい。これでも剣聖だし。

 剣を振るい進んでいくと敵の旗の多い所に辿り着いた。

「何者だ」

 なんか一際派手な鎧の男が声を上げた。

「我はドワルゴ王国軍総司令官。ジュピター・ゴードン。名を名乗れ」

 なんと敵の総大将だった。

「ヴェルザート王国軍総大将。ディゼル・コルネーロ」

 俺も名を名乗り剣を向ける。

「貴様が敵の総司令官か。面白い。相手になってやるぞ。小僧」

 一騎打ちになった。

 ゴードンは強かった。だが、アーサーほどじゃない。

 俺の渾身の一閃で、ゴードンを切り裂いた。

 敵将を討ち取った。

「将軍!」

「総大将」

 シャダム中佐とラックさんがちょうど現れた。

 二人と共に現れた兵たちが敵将を討ち取ったのを見て歓声を上げた。

「お見事です。さすが総大将」

 ラックさんははしゃいでいた。

「やりすぎです。将軍」

 反対にシャダム中佐は顔をしかめている。

「これでドワルゴ側も引けなくなるでしょう。これが第七次ルーネイス戦役の幕開けになります」

 どうやら俺はやりすぎてしまったようだ。

 メリルの治療薬の材料を取りに来るだけだったのに。

 会戦の火ぶたを切ってしまった。


          *


 第七次ルーネイス戦役はあっという間に集結した。というか始まらなかった。

 敵国のドワルゴが、ヴェルザード王国とは別の隣国とも会戦して、そちらに兵力を集中させるためにこの一帯を放棄したのだ。

 別働隊は無事に薬草を入手できたそうだ。というよりそもそもルーネイス地方がヴェルザード王国の領地となった。

「ディゼル・コルネーロにマーリン勲章を授与する」

 王都に凱旋した俺は勲章を受けた。

「ディゼル・コルネーロにルーネイスの地を与え子爵の地位を与える」

 俺はたった一戦で男爵家の跡取りから子爵にランクアップしてしまった。


          *


 戦果を上げて子爵の地位を得た俺はいろいろな手続きを終えてようやくルグナス公爵家の屋敷に戻った。

「メリルはどうなりました?」

 俺はルグナス家の侍女長へ尋ねた。

「メリルレージュ様は、お亡くなりになりました」

「はっ?」

 俺は頭が真っ白になった。

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