第15話「告白」

アーサーにびっくりするほどあっさりやられてから数日の時が経過した。

 現在、俺はメリルに抱きついて泣いていた。

「ほら。いい加減に泣きやみなさい」

 メリルは俺の頭を優しく撫でる。

 正確に今の状況を言い現すと、俺はメリルの胸に顔を埋めて泣いていた。

 高そうな衣裳なのに、メリルの服は俺の涙でぐちゃぐちゃに濡れている。

 メリルの十五歳とは思えぬ大きな胸の感触を堪能しつつ、俺はアーサーに負けた悲しみをぶつけていた。

 胸の大きさだとミネルバの方が大きいのに、それ以上に引き寄せられてしまうような魅力を感じる。俺はこの感触に夢中になっていた。だがそれでも悲しみと怒りの混ざったような複雑な感情は俺の心を渦巻く。

「でも、アーサーがあんなに強いなんて思わなかったんだ」

 これは本音だ。

 ゲームの攻略対象だから強い存在であると言う事は知っていた。

 だが、今までは直接対決した事は無かったから気付いていなかったのだ。

「全く、殿下と一緒にいるのに強さがわかっていなかったのね」

 自分で言い出した事だが、こうやってメリルから言われると改めてぐさりと来る。

「今までアーサーと戦ったことなかったし」

 言い訳みたいにそんなことを口にしてしまった。

「ほら、私だけしかいないからって殿下の呼び方が人前じゃ言えないようになっているわよ」

 俺がアーサーを呼び捨てで呼ぶのは本人の前だけだ。例外としてキャロットがいる時も気にせず呼ぶが、他の人がいる時はちゃんと「殿下」と呼んでいる。メリルと二人きりの時でもアーサーと言った事は無い。

「普段は気をつけているから大丈夫だ」

 そうメリルに言ったのだが、あまりに心がやさぐれてしまって正直自信はなかった。

「本当に珍しいわね。こんなに情けない姿のディーは初めて見た気がするわ」

「普段はこんなに情けない姿を見せたりしない」

 そうだ。俺だって普段はこんなに情けない真似を見せない。

 だが、俺の目の前に現れたメリルの機嫌がとてもよかったのだ。

 メリルレージュ・ルグナスは悪役令嬢だ。

 気にいらない事があれば女子供と言えど容赦ない。

 言われなき罪で一家まとめて悲惨な目にあった人達など何度も見てきた。

 でも、機嫌が悪くメイドに怒鳴り散らしていた時も、俺を見つけて少し機嫌を直してこっちに歩いてきたのを覚えている。

 本当に性格最悪の少女だが、弟分の俺には優しい。

俺もきっと別の人物の目から見たらメリルは恐怖の対象になるのだろうが、メリルに優しくされて育った俺はメリルを慕っている。姉としてというのも一部あるが、完全に異性として恋をしていた。

 そんなメリルが両手を広げて、『ほら、私が慰めてあげるから心にため込んでいることを全部吐き出しなさい』なんて言われればメリルの胸に飛び込まない理由など微塵も無かった。

 転生してから十四年間。

 これまででいちばんメリルの機嫌がいい気がする。

「どうして急に殿下に決闘を申し込んだの?」

 こんな俺だけに優しい美少女に問われれば嘘は付けない。

「殿下からメリルを奪いたかった」

 俺は素直にそう言ってしまった。

「私を奪うの?」

「ああ」

 キョトンとするメリルに俺は頷いた。

「奪うって?どういうこと?」

「殿下との婚約を破棄して俺の婚約者にしたかった」

 言ってしまった。完全に。直接ではないがメリルを異性として見ていて結婚したいという旨がメリルに伝わってしまった。そのままありのままの気持ちを説明していく。

 メリルは何も言わずに頷いている。

 さっきからちょっと気になったのだが、俺の言葉を聞いているメリルが大して驚いているように見えない。むしろわかっていたことを確認していくようであった。殿下から奪いたいと言った時はさすがにキョトンとしていたが。

「軽蔑したか?」

 話し終えてちょっとすっきりして冷静になった俺は恐る恐るメリルに尋ねてみた。

「いいえ。それに内容は知っていたわ」

 ありえない回答に俺は驚いた。

「知っていた?」

「ええ、殿下から聞いていたわ」

「アーサーから?」

 ヴェルザード王国第一王子のアーサー・ヴェルザードとその婚約者で公爵令嬢のメリルレージュ・ルグナス。お互いに想い合っていない婚約者なのにこういうところの連携はしっかりしている。

 それでアーサーからメリルに、俺がメリルを好きと言う話が伝わったのだろう。

 それでも改めて俺から聞かされたから最初はキョトンとした反応だったのだろう。

 俺の行動はメリルに把握されていたのだ。

 ミネルバやアンリなどメリルの取り巻き達は全てメリルの手のひらの上にいるなというイメージだったのだが。

 俺もそうだったようだ。所詮俺もメリルの手のひらの上か。

 ここまでくるともう恥ずかしがる事は無い。

 今更こんな事を言わなくても全部伝わっている事だが俺の口から伝えたい事がある。

 俺はメリルの胸から顔を離してメリルの顔を見る。

 二人で見つめ合う。

「メリルレージュ」

「はい」

 真面目な俺の言葉にメリルも先程までの俺を慰めるための優しい姉の表情ではなく真面目な表情になる。

「貴女を愛しています」

 俺はシンプルにそう告げた。

 メリルは何も言わない。しばらく沈黙が流れた。

 どれくらいの時間が経っただろうか。メリルがゆっくりと口を開いた。

「ディー。はっきりと言っておいてあげるわね」

 メリルのそのこの言葉に、俺はちょっと身構えた。

「ディーはいずれ、戦果を上げて子爵になる男よ」

 戦果をあげると言う事は戦場に出ると言う事だ。

 そんなつもりはないがメリルに行けと言われれば行くつもりだし今の心境ならメリルに言われなくても行ってしまうかもしれない。

「でもね。仮にディーがもっと戦果を上げて子爵より上の伯爵になったとしても」

 メリルは一呼吸置いて口を開いた。

「ディゼル・コルネーロは、メリルレージュ・ルグナスとは結婚できないわ」

 その言葉に、俺はこの世の終わりの様な絶望を受けるのだった。

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