第4話「卒業」

「メリル君。ディー君。君達は卒業だ」

 俺とメリルはいきなりフィロにそんなことを言われた。

 いきなりと言うのはいつも通り修行のために庭に出たとたんにそう言われたと言う点だ。卒業の話自体はいきなりではない。少なくとも俺は昨日聞いている。

 俺は……だ。

「……………」

 メリルは何も言わない。

 ただ絶対零度の眼差しでフィロを見ていた。

 フィロがメリルに卒業の話をするのはきっとこれが初めてなのだろう。

 メリルの顔を見てフィロはふっと微笑む。

「メリル君。君に教える事はもうない」

「まだ貴方を倒していないわ」

 今にも襲いかかりそうな雰囲気のメリルだ。

 そしてフィロは笑顔を崩さない。

「メリル君。少し戦闘経験を積めばすぐに君は私より強くなるよ。昨日ディー君にも言ったけど、既に魔法力だけなら私より上だ。あとはもう少しコントロールを出来るようになれば私も完全に凍らされて死んでしまう」

 昨日俺が聞いた話をフィロがメリルに伝えた。

「じゃあ本当にもうすぐ仕留められるのね」

 仕留める気満々のメリルだ。どうでもいいがメリルを倒そうとする姿勢が一切ぶれない。

「ああ。だから早々に逃げるとするよ」

 フィロは大人な対応のままだ。

 メリルもこれ以上言っても無駄だとわかったのか口を閉じた。

 出会った頃のように問答無用で攻撃魔法を放たないのを見ると成長しているのだろうか。

 メリルは今度は俺の方を見る。

 俺に笑みを浮かべると俺に向かって歩いてきた。

 そのままフィロに抱きしめられた。

「せ、先生?」

「ディー君。君は私の息子です」

 フィロに頭を撫でられた。

 フィロの卒業宣言は本物だ。

 きっと会うのはこれで最後になるのだろう。何故かそんな確信を持てた。

 このぬくもりをもう感じる事は出来なくなってしまう。

 そう思うと泣きだしてしまった。

「泣かないで。これで一生会えなくわけじゃない。今生の別れじゃないんだ。三十年か四十年くらいしたらこの国に戻ってこようと思うし」

 それってほぼ今生の別れだ。

 そんなツッコミするよりも泣きやむ事に集中してようやく泣きやんだ。

 そんな俺の様子を見てフィロは俺を放した。

「そしてメリル君」

 俺を放したフィロはメリルに近づく。

 そのまま俺を抱きしめた時と同じようにメリルを抱きしめた。

「君は私の娘です」

 メリルは動かない。表情も崩さない。

 フィロがメリルを抱きしめて少し間を置いてから、メリルは目を瞑ってフィロを抱き返した。

「貴女は私の人生の中で、唯一師匠と呼ぶに値する人物だったわ。フィロ」

「ふふ、最後まで師匠とは呼んでもらえなかったね」

 師匠と弟子の心が通じ合った瞬間だ。

 そんな二人を見てまた泣いてしまった。


          *


 フィロは静かに旅立った。

 俺とメリルに卒業の話をしてお別れの挨拶をすると本当にそのまま旅立ってしまったのだ。

 雇い主のアレクサンドル様だけは知っていたようだが、それにしたって本当にいきなりのことだった。

「寂しい?」

 二人で修行を終えて、休んでいる時に俺はメリルにそう尋ねた。

「そうね」

 メリルは静かにそう答えた。

「寂しいという気持ちより心残りの方が大きいわ」

「心残りって?」

 きっとフィロを倒せなかった事。とか言うのだろうと思って軽く聞いてみた。

「フィロを殺せなかった。それが心残りよ」

 怖いよ。予想通りのジャンルで予想以上の回答だった。

 ちょっと引き気味の俺を見てメリルはふっと微笑んだ。

「冗談よ。フィロも私にとって大事な師匠よ」

 メリルは俺を安心させるようにそう言う。

 そうだよな。師匠として認めあっているんだよな。

「だから腕の一本だけで許してあげるつもりだったわ。命を取る気は元々なかったのよ」

 メリルの話を聞いていて冷や汗で背中が凄いことになっていた。

「ディーが気にいっているから殺すのは辞めるけど、腕の一本はちぎり取ってやると思っていたわ」

 どうなっているのこの人の思考。

 悪役令嬢って言葉で片付けていいレベルじゃないぞ。

「三十年も待ってられないわね。居場所を見つけたらいつか出向いて今度こそ仕留めて見せるわ」

 淡々と言うけどこれってきっとメリルの中での決定事項だ。

 もしもなんかの拍子にフィロが予想より大分早くこの国に戻ることがあったらフィロのピンチだ。

「メリル姉様。フィロ先生は僕の三人目の母上です。腕の一本もやめてください」

 俺はメリルにそう懇願した。

「あら、三人目?二人目は誰なの?」

「リリアーヌ様です」

 メリルの問いに俺は即答した。

 メリルの母でルグナス公爵夫人のリリアーヌは俺を息子のように可愛がってくれている。

「そう。お母様も喜ぶわ」

 メリルの機嫌がよくなったように見える。今がチャンスだ。

「メリル姉様。フィロ先生と再会しても凍らせたりしないでくださいね」

「わかったわ。可愛い弟の頼みだもの」

 メリルはそう言ってくれた。目的はこれで達成した。

 でも、一つ心配もある。

 メリルはそう言ったが、明日にはこんな会話忘れているかもしれない。

 メリルの本当に怖いのは気まぐれなところだ。

 今日は許すと決めても、明日は許さない。そんな思考回路の持ち主なのだ。

 俺はたまたま十年以上大事にされているだけかもしれない。

 そう考えると、また冷や汗が止まらなくなってしまうのだった。

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