第5話「悪役軍団」
メリルが唯一認めた師匠であるフィロが旅立ってから早一年が経過した。
「準備はいい。ディー」
「ああ。メリル姉……メリル」
姉様と呼ぼうとして睨まれかけたが、なんとかメリルのことをそう呼ぶことに成功した。
成功したがメリルに軽く人差し指で小突かれる。
「いい加減に早く慣れなさい」
「うん……わかった」
以前より心の中ではずっとメリル呼びしていたが、いざ口に出そうとすると中々呼び方を変えるのが難しい。
『ディー。社交界デビューする時が来たわよ』
発端はそんなメリルの一言だった。
もともとメリルは公爵家の令嬢として小さい頃からルグナス公爵家主催のパーティや王都や王国中の貴族のパーティなどに参加していた。
実は俺も社交界デビューは済んでいた。
一度だけルグナス公爵の屋敷開催のパーティに出たのだが、あまりの人の多さに圧倒されて気分を悪くして寝込んでしまった。
その時はメリルが一晩中看病してくれたものだ。
それ以来パーティには呼ばれない。普通なら社交界デビューに失敗した子は二度と出さないのかと思う所だがそうではない。メリルは弟分の俺が苦手な事は無理にさせたりしないのだ。性格最悪の令嬢だが俺にだけは優しくしてくれる。
だが、俺も今年で十二歳になる。
俺は男爵家の嫡男。
どれだけ避けようとしてもいずれは貴族として社交界は避けて通れないものだ。それはメリルも感じたようで今回のように俺の社交界デビューとなった次第だ。
あえて過去の嫌な記憶を無かった事にしてデビューと言ってくれる所にメリルの優しさを感じた。
以前からメリルと一緒にマナーの勉強やダンスレッスンをしていた。だが社交界デビューの話が出たとたんにもっと本格的な授業のように変わった。
生活は変わったのだが、一番変わったのはメリルの呼び方だろう。
『私を姉のような存在だと言うのはいいけど。私の事を姉様なんて呼んでいたら舐められるわよ』
『じゃあどうすればいいのですか?』
『今日から私の事はメリルと呼びなさい』
そんな風に言われて、呼び方を変えるようにしたが、これが意外と慣れないのだった。
口調もメリルには敬語を使っていたがそれもやめるように言われた。
もう一ヶ月も立つと言うのに未だに慣れなかった。
俺のメリルの呼び方と口調は少しずつだが変わっていった。
だが、この一ヶ月で変わったのは呼び方と口調だけだ。
俺とメリルの関係性は変わらない。
相変わらずメリルは俺を弟として可愛がってくれて俺はそんなメリルを慕っていた。
*
俺の社交界デビュー当日。
俺は朝から緊張しっぱなしだった。
「ディー。落ち着きなさい」
俺を見て心配ばかりしているメリルが目の前にいる。
「でも、メリル姉様」
「ほら、呼び方」
「……メリル。凄く緊張するんだ」
俺は思っている事をそのままメリルに告げた。
「緊張することなんてないわよ」
「でも、凄い人数が来るし」
「大丈夫よ。その他大勢の連中なんて人語を喋る魔獣とでも思っていればいいわ」
「……う、うん」
メリル独特の励まし方だった。
普通周囲をかぼちゃと思えとか言うところだろうが、しかも魔獣と言っている辺り、仕留めるのに躊躇も無いだろう。
「お嬢様。ディゼル様。準備ができました」
ドアがノックされ、中に入ってきた侍女に声をかけられる。
「さあ、行きましょう。ディゼル様」
そう促されてメリルをエスコートする。
その辺りの記憶があまり鮮明に残っていないが、俺はその日社交界デビューを果たした。
*
「ディー。私の下僕……友人を紹介するわ」
ある日の昼下がりのメリルの一言だ。
今はっきりと下僕と言った。言い直していたが確かに下僕呼ばわりしていた。
「紹介するわ。この子はディゼル・コルネーロ。コルネーロ男爵家次期当主で私にとって弟のような存在よ。仲良くしなさい」
「「「はい。メリル様」」」
そう紹介されて綺麗に重なった返事をする目の前に立つ三人の姿を見た。
「あっ」
思わず「たしかに下僕だ」などという失礼極まりないセリフが口に出してしまうところであった。
「ディー。紹介するわ。まず右の赤毛の子がミネルバ。私と同じ年齢でエクステル子爵家の娘よ」
「初にお目にかかります。ディゼル様。ミネルバと申します」
「ディゼルと申します」
俺は挨拶を返した。
ミネルバ・エクステル。
悪役令嬢の取り巻き軍団の№2で白豚令嬢。
赤色の髪と横に膨らんだ巨体。もうこの年齢から太っていたのか。
「真ん中の栗毛の子がティゼ。この子も私と同じ年齢でローウェン男爵家の娘よ」
「ティゼと申します」
「ディゼルと申します」
「ディゼルとティゼ。似たような名前ですね。ディゼル様」
以前のフィロのような発言。一瞬横を見るとメリルは特に怒ってはいなかった。
ディゼ・ローウェン。
印象は無いがいつも悪役令嬢の後ろを歩いている。
栗毛の髪。ゲーム内では普通の容姿だと思ったが、こうして見ると美少女だ。
「左の黒髪の子はアンリエッタ。ディーと同じ年齢でベルゼ男爵家の娘よ」
「……アンリエッタ」
「ディゼルと申します」
先の二人と違ってアンリエッタは自分の名前を告げるだけだった。
アンリエッタ・ベルゼ。
呪いを発動させる闇魔法の使い手。
この世界では珍しい黒髪。雰囲気は暗い。なぜなら顔が見えない。
長く伸ばした黒髪が目を隠していた。
確かめようとは思わないが、ゲーム通りなら髪に隠された素顔はニキビみたいなぶつぶつでたくさんあるはずだ。
「我が弟ディゼル。我が友人ミネルバ。ティゼ。アンリエッタ。みんな仲良くするのよ」
リーダー格のメリルの言葉に三人は揃って頷いた。
「「「はい。メリル様」」」
再び綺麗に三人の声が揃っていた。さっき俺にぼそぼそと言っていたアンリエッタすらメリルへの返事は二回ともはっきりと声を上げた。
この辺りはメリルの教育がしっかりとしすぎている気がする。
悪役令嬢軍団。略して悪役軍団。恐るべし。
俺が驚いていると三人は揃って俺を見た。メリルの言葉に返事しろと目で訴えている。
「もちろんだよ。メリル」
俺はそう答えるとメリルは微笑んだ。
学園で出てくるけど、入学前からの軍団だったのか。結成秘話をあとで聞きたいものだ。
「次からディーの出るパーティにはこの子達もなるべく出席させるから。私がいなくても大丈夫なようにフォローさせるから。早く社交界になれるのよ」
「うん。ありがとう。メリル」
メリルが自分の軍団を俺に紹介したのは、俺の社交界でのサポートのためだったのだ。
本当にメリルは俺の事を大事に考えてくれる。
ただここにいるメリルと三人の悪役軍団は全員イベントで死亡するんだけどな。
本当だったらこれからもっと親交を深めていくべきなのだろうが、頼っていいのか深入りしないほうがいいのか。現時点ではその判断がまるでつかない。
顔見知りの増えた安堵と今後の不透明性に対する不安が混在するメリルの友人の紹介となるのだった。
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