第2話「剣と魔法の世界」

 ここは乙女ゲームの世界。

 剣と魔法のファンタジー世界だ。

 俺もこの世界を謳歌する。そのためには魔法を学ばなければいけない。

 そして幸いなことに俺には魔法の才能があり、その才能を伸ばす為の環境も整っていた。

「ファイヤーボール」

 俺は火の魔法を発動させて的に向かって放った。

 狙った的に俺の放った火の玉が直撃する。

「お見事。素晴らしい出来です。ディゼル様」

 魔法の先生であるカインに褒められた。

「ありがとうございます。カイン先生」

 俺は素直に礼を言った。

 この世界では、魔法は十歳になると発動できるようになる。

 貴族の子供は十歳になったら神官が屋敷を訪れてどの魔法が自分の系統かを見てくれる。平民だと年に数回教会でまとめてになるので貴族の生まれはこういう所でも得をしていた。

 俺の十歳の誕生日に神官が屋敷に来て、火の魔法の使い手だと判断された。

 貴族の子供は魔法が使えないと出来そこない扱いされる。俺は魔法の才能があるとしって歓喜していた。

 その時に俺以上にメリルが喜んでいたのがいい思い出だ。

 今思うとあの時にぽつりと「良かった。これで口封じで神官を殺す必要もなくなったわ」などと言っていた言葉の意味が最近になって理解できて身震いしたものだ。

 それ以来、俺より一年早く魔法の修行をしているメリルと一緒に修行していた。

 十歳が魔法を使えるようになるこのシステム。俺が十歳になって前世の記憶を思い出したのといい何か意味があるのだろうか。

「どうしました。ディゼル様。浮かない顔ですね。こんなに早く成長する子は中々いませんよ」

「カイン先生。でも」

 俺はある一人の人物を指さす。カインも俺の指差す方向を見た。

「ウォーターボール」

 その言葉と共に、俺の放ったファイヤーボールの十倍近くある水の球体が的を粉々に粉砕した。

「お、お見事です。メリルレージュ様」

 メリルの魔法を見てもう一人の先生のアベルが引きつった笑みを浮かべている。

 先程メリルが「貴方の全力を見せてみなさい」と言われて放った先生であるアベルのウォーターボールよりもメリルの方が大きく威力もあったからだ。

「いや、ディゼル様。メリルレージュ様は完全に別格です。ディゼル様もいずれはあの規模のものが出せるようになりますよ」

 カイン先生はそう言うがメリルとの才能の差を見せつけられて自信をなくす。

「次。行くわよ」

 俺とカインが話をしている間にメリルが次の的に魔法を放とうとする。

「め、メリルレージュ様。お待ちを」

 異変に気付いたアベルがメリルレージュを止めようとする。

 メリルはそんなのを気にしない。

「ウォーターボール」

 メリルが魔法を放つ。

 先程と同じような巨大な水の球体は現れなかった。

 代わりに次の瞬間、強烈な冷気に襲われた。

「アースウォール」

 カインが魔法を発動させた。土の壁がカインと俺の前にそびえ立った。

 数秒ほどは保ったがメリルの魔法に負けて土の壁が崩れた。

 目の前の景色が変わっていた。

 周囲が完全に凍りついている。

「ディゼル様。ご無事ですか?」

「ええ。僕は大丈夫です」

 俺は全くの無傷だ。

 一見カインの魔法に守られたようにも思えるがそれは違う。

 メリルはどんなに広範囲に影響を及ぼす魔法を発動させてもメリル本人と俺には何の被害も無いのだ。毎回凄い冷気を感じるがそれだけだ。肉体的被害を受けた事は一度もない。

「カイン先生。それよりも、アベル先生が大変です」

 俺はアベルを指出す。

 周囲と共にアベルも凍りついていた。

「あ、兄上」

 俺の前に経っていたカインが血相を変えてアベルの元へと向かった。

「全く、今回も駄目ね」

 そう言って周囲を凍らせた本人が俺の前に来る。

 メリルレージュ・ルグナス。

 その魔法は既に大人どころか高名な魔法使いをも上回っている。

 彼女は魔法を鍛えると言うよりいかに魔法を暴走させないかが課題だった。

「役に立たない教師ね」

 吐き捨てるようにメリルが呟く。

 その様子を見てまた教師が変わるなと俺はため息をはいた。

「兄上。しっかりしてください。兄上」

 カインは色々と試行錯誤しながら兄の救出に必死だった。

「さようなら。カイン先生」

 アベルとカインはこれで教師を辞めることだろう。

 俺は本当に残念だった。

 カインは教え方の上手い人だと思ったのに。

「行くわよ。ディー」

 先生を凍らせても微塵も悪気など感じない姉に手を取られて俺はその場を離れた。


          *


 メリルレージュ・ルグナス。

 ヴェルザード王国でも最大の権力を持つ大貴族の一つルグナス公爵家の長女。

 乙女ゲームの悪役令嬢でどのルートでも処刑される人物であり。絶対零度の眼力を持つ絶世の美少女。性格は最悪で人を人と思わない悪女。

 氷の魔女。との異名も取るとおり氷の魔法を操る。

 断罪イベントで追放されるだけでは物語から退場せず、魔獣の軍勢を引きつれてヴェルザード王国に侵攻してくる。作品のラスボス。

 ルグナス大公爵家の姫君との設定だったので、肩書はただの令嬢より上の大公爵の娘で姫と呼ばれる人物のはずなのだが、現在は公爵令嬢。そこだけがゲームと少し違っている。

「クロフト兄弟でも駄目だったか」

 軍の総司令官でもあるアレクサンドル・ルグナス公爵は俺から改めて当時の状況を聞いて盛大なため息をはいた。

 俺とメリルの今回の教師。

 アベル・クロフト。

 カイン・クロフト。

 有名な双子の魔法使い兄弟だ。弟のカインは良く教えてくれたのだが、俺の予想通り兄のアベルが凍らされてしまったことに怒って帰ってしまった。

「一体どうしたものか」

 『鋼鉄大将軍』とまで呼ばれる軍のトップが弱音を吐いていた。

 アレクサンドルが弱音を吐くのもわからなくはない。

 メリルを教え手に来た教師はたいてい数日でいなくなる。

 先生が来る→最初は最低限言うことを聞く→飽きて暴走する。の繰り返しだ。

 そろそろ呼んでも来る先生がいないのではないだろうか。

「ディゼル。どうしたらいいと思う」

 アレクサンドルが俺に尋ねる。

 大将軍も十歳の子供に尋ねるくらいに弱っていたのだろう。

「メリル姉様より強い人を連れて来るしかないと思います」

 俺は率直な意見を言った。

「やはり君もそう思うか」

 メリルは自分より強い人にしか従わない。

 ルグナス家はどちらかと言うと魔法より剣を極める家系でメリルの三人に兄達も剣の実力者である。父も剣の使い手で母は攻撃魔法を扱えない。家族でもメリルより攻撃魔法が強い人間がいないのだ。

 学問の方はきちんと先生の言う事を聞いているのに。魔法だけは完全に駄目だった。

 数日で先生の指導に飽きて煽ったり喧嘩吹っかけたりしては凍らせて終わりにしてしまう。一体どれだけの人物達が凍らされてきただろうか。死人が出ていないのが奇跡だ。

「旦那様」

 いつの間にかアレクサンドルの横に現れた執事の人が耳打ちする。

「本当か?」

 アレクサンドルの顔が明るくなった。

「それは良かった。すぐに手配しろ」

「はい。かしこまりました。旦那様」

 執事の人はそそくさと部屋を出ていった。

「ディゼル。次の教師が決まった。いつもすまないが今回も付き合ってもらうぞ」

 俺がメリルと一緒に学ぶようになってから先生が半殺しにされることが減ったそうだ。

 半殺しと氷漬けと何が違うのか俺にはわからなかったが、俺がいるおかげでメリルの悪行の度合いが少しでも下がるのなら意味のあるものだろう。

「いえ、僕でお役にたてるのでしたら。喜んで」

 むろん。ただで付き合うつもりはない。

 どさくさにまぎれて高名な先生に教わりたい。そういう邪な目的もあるのだ。

それなので断るつもりはなかった。

「そうか。受けてくれるか」

 そんな俺の心を知らずにアレクサンドルは感動しているようだった。

「ありがとう。君も私の息子のような存在だ。メリルが気にいる教師が見つかった際には君の才能も存分に伸ばすといい」

「はい。アレクサンドル様」

 公爵ともいい関係が築けていると感じながら俺はそう答えた。


          *


 いきなり不安から始まった。

「それでは始めます」

 俺とメリルの前に新しい先生が立つ。

 次の先生は女性だった。それも背が小さい。

 長い赤髪の少女。メリルほどではないが可愛い。

 十歳の俺や十一歳のメリルよりは年上だろうが、それでも十五歳くらいだろうか。

「初めまして。フィロ・テイカーです」

 フィロが自己紹介する。

 本当は自己紹介を返したいところだが俺より目上のメリルがさきに挨拶するのをまたなくてはいけない。

 だが、いくらまってもメリルは挨拶しない。

「何よ。まだ若造じゃない」

 メリルは挨拶の代りにそう言った。

 そう。メリルは二十歳前の少女が嫌いなのだ。

 一目でメリルの機嫌が悪くなるタイプだなと思った俺の勘は正しかった。

「こう見えても二十五歳ですよ。お嬢様」

 まさかの倍以上の年上だった。

「どっちにしろ若いじゃない」

 二十五歳を若造呼ばわりする十二歳の少女。

 たしかにこの前のクロフト兄弟は二十七で若い魔法使いと呼ばれていたからそれに比べてさらに若い。

「話は聞いている」

 フィロは杖をメリルに向けた

「好きにかかっておいで」

 以前こんな風に言った人は数秒で凍らされた。

「ディー。離れていなさい」

「は、はい」

 言われて俺は慌ててメリルから距離を取った。

「ウォーターボール」

 そう言いながらメリルは水魔法ではなく氷魔法を放つ。

 先日クロフト兄弟を凍らせた時と一緒だ。

「ファイアーウォール」

 フィロは火の壁を発動させた。

 メリルの魔法を受け止めた。

「嘘」

 メリルが驚いている。

 どんな相手でもこれ一撃で仕留めてきたからだ。

「これでも元宮廷魔法師だよ」

 その後、何度もメリルは攻撃を放つがフィロは全て一歩も動かずに受け止めた。

「どうですか。お嬢様。もうお終いですか?」

「きょ、今日のところはここまでにしてあげるわ」

 悪役みたいなセリフだった。そう言えば悪役令嬢だからある意味ピッカリか。

 こうして、フィロとメリルの勝負はメリルの完敗で終わった。


          *


 年に一度くらいの頻度ではあるが、メリルは機嫌が悪いと夜俺のベッドに入って愚痴を言って来る事がある。

 今日は当然フィロについての文句を延々と聞かされた。

「ディー。あいつを氷漬けにするわよ」

 発想が怖い。

「そのためにも魔法を今以上に鍛えるわ。あいつから学べるだけ学んで最後は氷漬けにして故郷に送り返してやるわ」

 だから発想が怖いって。

「いいわね。ディー」

「はい。メリル姉様」

 とりあえずメリルの腕の中にいる俺はこう答えるしかないのだった。

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