乙女ゲームの悪役令嬢は性格最悪のままだが弟分の俺にだけ優しい

@kunimitu0801

第1話「僕と姉様」

 異世界に転生してしまった。

 それに気付いたのは十歳の時だ。

 正確に言うなら十歳の時に前世の記憶を思い出した。それも突然に。

「どうしたの。ディー」

「なんでもありません。メリル姉様」

 困惑する中で、一緒に遊んでいた女の子に俺はそう答えた。

「そう。だったら早く行くわよ。ディー」

「はい」

 手を取られて俺は一緒に歩き出した。

 歩きながら色々と考えようとするが、次から次へと流れていく前世の記憶に頭がごちゃごちゃになりそうだった。

 混乱する頭と裏腹に女の子とは普通に遊び続け、日が暮れて屋敷に戻ってからベッドに入った辺りでようやく前世の記憶の流入が止まった。

 長かった。ベッドの中に入ってようやくゆっくり考えだす事が出来るようになって少し安堵しながら考え出した。

 まず前世の記憶だ。

俺の前世の情報を全て思い出したわけじゃない。

 名前も思い出せない。ただ生まれてから死ぬまでの人生を振り返ったのだ。

 享年三十一歳。ブラック企業でなんとか生き残った結果管理職に昇進してしまったせいで給与以上に責任だけが大幅アップしてしまい、とても終わりの見えない業務をなんとか終わらそうとしている内に過労死してしまった。

 課長と言っても部下が入社一年目の新卒の子と休みがちなバイト二人じゃ結局自分で何とかするしかなかったのだ。……結局なんともなんなかった。

 悔いと未練だらけの人生だったがこうして二度目のチャンスを得ることができた。非常にありがたいことだ。

 そして現状を考える。

 異世界転生にもたくさんある。ジャンルと言うべきか種類と言うべきか。

 主人公の無双系の感じだったらいいのだが、主人公が苦しむ系の感じだと困る。

 今度は現世を振り返ってみた。

 生まれについては問題ない。

 俺の名はディゼル・コルネーロ。

 ヴェルザード王国の貴族であるコルネーロ男爵家の長男である。

 俺ことディゼルは一人っ子だ。

 普通貴族と言えば子だくさんなのが当たり前の風習なのだが、コルネーロ男爵家には子供は俺一人しかいない。

 でも兄弟姉妹が欲しいと思った事は一度も無い。

 小さい頃から姉が一人いるからだ。

「ディー。起きてる?」

 色々と考えていたらノックも無しに部屋のドアが開いた。

「起きてます。メリル姉様」

 俺の返事も聞かずに部屋に女の子が入ってくる。

 お昼に遊んだ金髪碧眼の美少女。

 メリルレージュ・ルグナス。

 ルグナス公爵家の長女。

 公爵令嬢。田舎貴族の俺なんかからすると雲の上の存在だ。

 そして俺は彼女の屋敷に泊まっている。不思議な現象だがきちんとした理由はある。

 底辺貴族の俺がこうしてルグナス公爵家の屋敷に泊まっている理由。

 それは俺とメリルの母親は姉妹だからだ。俺とメリルは従姉弟にあたる。

 年齢も近く、小さい頃からこうしてよく一緒にいる。

「姉様。どうしました?」

 俺はメリルに部屋に来た理由を尋ねる。もう寝る時間だ。

「様子が気になって見に来たのよ。昼間変だったじゃない」

 前世の記憶を思い出した俺の様子が変だったのに気付かれていたか。

「僕なら大丈夫です。特に問題ありません」

「そう。でもせっかくだから今日は一緒に寝ましょう」

 そしてメリルはベッドに入ってきた。

 メリルはいつも俺を弟のように大事にしてくれている。

 屋敷に滞在中に俺に何かあると、俺が心細くならないようにこうして一緒に眠ってくれるのだ。

「おやすみなさい。ディー」

「おやすみなさい。メリル姉様」

 寝付きが良いメリルはすぐに眠る。

 メリルが眠りについたのを確認して俺は再び考え出す。

異世界に来て早十年が経過しようとしている。

 今回の人生では一人称は僕だったからか、喋る時の自分の呼び方は「僕」だがこうして心の中では自分の事を俺と呼んでいる。ややこしいけど急に「俺」呼ばわりするとメリルに異変に気づかれてしまうからしばらくはこうしていおう。

 俺は前世に比べて、とても恵まれた生活をしている。

剣と魔法のファンタジー世界だが貴族と平民で大分生活が違うのだ。貴族に生まれて良かったとつくづく思おう。

 そして俺の横でスヤスヤと眠るメリル。

 本当に美少女だ。

 俺より一つ年上の十一歳。

 完全に弟としてしか見られていないが、こんだけ可愛がられている以上はワンチャンあるんじゃないかと身の丈に合わない事を考えてしまう。

 ちょっと前まで子供らしく慕っていただけだったのに、三十一のオッサンの記憶が混ざっただけでこんな発想になってしまった。

「ちょっと待てよ」

 俺は一人呟いた。

 俺の横にいる人物。

 メリルレージュ・ルグナス。

「メリルレージュ・ルグナス?」

 その名前を呼びながら俺は飛び起きた。

「どうしたの。私のフルネームなんか呼んで」

 俺のせいでメリルが目を覚ましてしまった。

「す、すみません。姉様。何もないです」

「本当に?」

「はい」

「そう。強がらなくていいわよ。怖い夢でも見たのね。私が傍にいるから安心して眠りなさい」

 そう言ってメリルは俺を抱きしめて眠りに着いた。

 密着するくらい顔が近づいていてとんでもなくドキドキしているが、それと別のとんでもない事実に驚く。

 メリルレージュ・ルグナス。

 作品名は忘れたが、乙女ゲームの悪役令嬢でどのルートでも処刑される人物の名前だった。

 絶対零度の眼力を持つ絶世の美少女。

 氷の魔女。との異名も取る。

 乙女ゲームの悪役令嬢らしく、断罪イベントで追放されることになるのだが、このメリルレージュは普通の悪役令嬢では終わらない。

 断罪イベントで追放されるだけでは物語から退場しないのだ。

 断罪イベントから少し時をおいて、ゲーム最大規模の最終決戦イベントが起こる。

 追放されたメリルレージュが魔獣の軍勢を引きつれてヴェルザード王国に侵攻した。

 作品のラスボス。

 ルグナス大公爵家の姫君。

 メリルレージュ・ルグナス。

「大公姫?」

 俺は再び呟いた。

 言って慌ててメリルを見る。どうやら今度は起きなかったようで安堵した。

 そうだ。ゲームでは悪役令嬢と呼ばれていたが、肩書は令嬢より上だ。公爵令嬢ではなく大公爵の娘で姫と呼ばれる人物である設定だ。

 ここはゲームと違うのだろうか。

 それともこの世界は乙女ゲームの世界と関係ないのだろうか。

 そんな風に悩みながら俺は眠りに着いた。


          *


 前世の記憶を思い出した次の日から、俺はメリルレージュ・ルグナスという人物を観察するようになった。

 改めて見るが美少女だ。

「どうしたの。ディー。行くわよ」

 そして距離感が近い。

「今日も美しい薔薇達ね」

 メリルはルグナス公爵家自慢の薔薇園をうっとりと眺めている。

 本当に絵になる美少女だ。

 俺もメリルと薔薇を交互に眺めていた。

「ちょっと!」

 急にメリルが声を荒げた。

 庭で作業をしている若者に声をかける。

「一本折ったわね。何をしているの」

 声をかけると言うより怒鳴りつけていた。

 メリルの声を聞いて慌てて庭師の親方みたいな人が出てきた。

「お嬢様。すみません。こいつは見習いでして」

「どうして見習いがこんなところにいるのよ!」

「そ、それがですね」

 庭師の親方みたいな人が弁明する。

 だがそれで許すメリルではない。

 散々罵った挙句、最後は枝を折ってしまった新入りを蹴飛ばしていた。それを庇った親方まで蹴飛ばしていた。

 悪役令嬢になる素質は十分だった。

 そんな風に見てみると悪役令嬢の気質だらけだ。気にいらないことがあると些細なことでも屋敷のメイドさん達や使用人に当たり散らしている。

 そして俺もやらかしてしまった。

「熱い」

 お気に入りのドレスに紅茶をかけてしまった。

「メ、メリル姉様。ごめんなさい」

 殺される。

 そんな風に思った。

「大丈夫。ディー」

 メリルは俺の顔を覗き込んで心配していた。

「ちょっと。ディーにこんな熱い紅茶を入れるなんてどういうつもり」

 メリルは俺ではなくてメイドに怒鳴りつけていた。

「ディー。本当に大丈夫。火傷していない?」

 あれだけ喚き散らしていても俺を見る時は優しい目つきになる。

「大丈夫です。それよりも、姉様のお気に入りのドレスが」

「こんなのいいのよ。ディーに怪我がなくてよかったわ」

 そして俺は抱きしめられた。

 どうしてか知らないが、メリル姉様は俺には優しい。

 思わず心の中でもメリル姉様と呼んでしまうくらい俺は弟としてこの人を慕っていた。


          *


 メリルレージュ・ルグナスを観察していて一つ思った。

 ディゼル・コルネーロとは何者だろうか。

 乙女ゲームは全ルートやったが、ディゼルなんてキャラは登場しなかった。……はずだ。

「ディー。どうしたの?」

 メリルの顔が近い。

 慌ててのけぞった。

「いえ、メリル姉様が可愛すぎてドキドキしていました」

 動揺して思っていたことがそのまま出てしまった。

「あら。嬉しいわね」

 そう言うとメリルは俺の顔を掴み、そのままキスをしてきた。

 永遠のような一瞬の出来事の後でメリルの顔が離れる。

「め、メリル姉様?」

 顔が物凄く熱い状態でメリルの名前を呼んだ。

「ふふ。弟のファーストキスもらっちゃった」

 そう言って微笑む。凄く可愛い。

 この世界でもファーストキスって言うんだなと思いながら、熱くなる唇を押さえた。

 落ち着け。メリルは弟って言っていた。そう。メリル姉様は弟との触れ合いの一環としてキスをしたにすぎないのだ。

 でも姉と弟ってキスするものなのだろうか。前世でも現世でも一人っ子の俺には分からなかった。

「ディー。未来の王妃のファーストキスをもらったんだから喜びなさい」

「は、はい。ありがとうございます」

 思わずお礼を口走った。

 そう。メリルレージュ・ルグナスは第一王子の婚約者だ。

 将来は王妃。国王の伴侶だ。

 そして性格は最悪で近い将来断罪されるかもしれない人物だ。

「ほら。行きましょう」

 そう言って手を取られる。

 今日は街に二人で出掛けていたのだ。

 護衛の人は遠目に見守っているので二人でデートしている気分だ。

「さっさとどきなさい」

 街を歩いているとメリルは歩く子供達を蹴飛ばす勢いで。……一人蹴飛ばした。

 悪役令嬢になるべき人物が、俺にだけ優しかった。

 もう一度思う。

 メリルレージュ・ルグナスが唯一優しくする人物。

 ディゼル・コルネーロとは何者なのだろうか。

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