第三章完21話〈ねじれる運命〉

 趙翰の示す村に行くと決めた夕都は、朝火に貴一と茉乃を守るように伝えた。

 貴一と茉乃は顔を見合わせて頷きあう。


「お二人はご一緒に村へ行ってください」

「私達は、神無殻の方が来たら西安に行って、千桜と落ち合います」

「貴一くん、茉乃ちゃん」


 夕都は首を傾げるが、二人が手を握って微笑みあう様を見て、朝火を見やる。

 朝火は腕を組み頷く。


「なら、俺達も後に合流する。迎えの士が来たら、別行動にしよう」

「はい」


 待つ間に、これまでの状況を訊ねた。

 二人は神田明神で攫われた時について語るが、眠らされたようで記憶が曖昧だった。

 華山北駅の中は広々としており、硝子張りの店があるが、開店前だ。

 大人しく護衛役の士を駅前で待つこと一時間ほど。

 タクシーが駅前に乗り付けた。

 なかなかの大男が助手席から姿を見せる。

 角刈りで、筋骨隆々とした肉体を、スウェットスーツに包んでいる。

 データベースと木札の“認証カード”にて照合し、確かに士である“浩然ハオレン”であると判断した。


 貴一と茉乃を、西安にいる筈の千桜達の元へ、送りとどけるよう説明する。


「充分気をつけるんだぞ」

「はい」

「夕都さんも、朝火さんも」


 皆、何かいうべき事はあるのだが、視線を交わす時間しなかった。

 浩然が、頼んでいた物を朝火に差し出す。

 真新しいリュックの中身は、生活必需品が詰め込まれている。

 欣怡一派に拘束された際、荷物は取り上げられていた。

 幸い、夕都も朝火も、上着の隠しポケットにパスポートを保管していたので、出国には問題ない。


「助かった、ありがとう」 


 夕都が礼を伝えると、浩然は頭をかいてはにかむ。


「いやあ。一緒にいた奴らにも協力してもらったので、いろいろと入れてあります。落ちついたら確認してください」

「ああ」

「んじゃ、貴一さんと茉乃さんは、俺と電車で西安に」

「「はい」」


 二人そろって返事をする様はなんとも微笑ましい。やたらでかい浩然に緊張してる様子ではあるが……。


 三人が構内に向かう後姿を見送り、夕都と朝火は、浩然が乗ってきたタクシーに乗り込む。

 行き先は――アプリの地図に示された祈音チーイン村である。


 その村は石門をくぐった先に広がっていた。古代に建てられた寺院を中心として、人々がひっそりと暮らす静かな農村だ。

 寺院はこじんまりとしているが、未だに人々は熱心に参拝しているという。

 村全体は石畳が敷き詰められており、アヒルが群れて歩いていたり、飼われているらしい犬が地面に寝転がったりしている。

 池が作られた周りに煉瓦造りの家屋が連なっており、庭にでている中年の女性を見つけて声をかけた。

 うっかり日本語で挨拶してしまい、苦笑していたら、女性は目を丸くして微動だにしない。

 夕都は、スマホアプリの翻訳で会話しようとしたが、女性が声をかけてきたので、スマホに滑らせた指を止める。


「日本人? 私、日本語わかります」

「え」


 女性は日に焼けた頬をゆるめた。その目元に見覚えがあるように感じて、浮かび上がる面影につい名前を口にする。


「趙翰……」

「まあ、あの子の友達?」


 女性は喜色を声に滲ませた。夕都は朝火と顔を見合わせる。

 女性は趙翰の母の姉、つまりは叔母であるという。家の中に案内された二人は、揃って卓上に飾られた写真に吸い寄せられていく。幼い姉弟を挟んでいる若夫婦は、道服を着ている。

 昔この村を救ったある道教の開祖に入れ込んだ夫妻は、数奇な運命を辿る事になった。


 趙翰の叔母は二人にお茶をだすと、卓前の椅子に腰かけるように促す。

 夕都は朝火と並んで腰かけて、礼を述べてから、丸みを帯びた茶器を口につけて、茶を一口すする。

 苦味が強いが、緩やかに目をさますような深みを舌に感じた。

 中国茶は多種多様であるが、この緑茶は定番らしい。

 趙翰の叔母は、甥っ子の境遇を嘆く。


「姉はね、趙翰の事を思って武術を教えようとしたけれど、それは道教に入る事と同じだから、嫌がってね。代わりに良いところを見つけたと突然出ていったのよ」



 話を聞くに、趙翰は両親を止める為、姉を助ける為、神無殻の士になったのだろう。

 その間に母は病死。父と姉は桃源郷への入口である洞を見つけ出し、精霊人となり廃人に。そして、趙翰は欣怡に利用されて結果的に命を落とした。

 彼の叔母は甥っ子の末路を知ると嗚咽を漏らす。

 夕都はその背中をさすって慰めた。


 別れ際に手土産を手渡してくれた彼女にお礼を告げて、寺院に立ち寄ることにした。

 寺院というにはあまりに小さく、民家にも見える。

 夕都は龍脈の中に流れる意識を感じ取り、息を吐く。


「激動の最中に弟子が建てたのか」


 門をくぐり、戸口から中へ歩を進める。簡易的な椅子がいくつか設えてあり、先の壁際に掛け軸がかかっていた。

 真中に男、左右に若い女が拱手している。三人とも道服姿で剣を背中に背負っている。

 下方には、文字の羅列が走り書きされていた。目を通すと、意識が意味を教えてくれた。


 永生、唯一能让我们愿望成真的东西


 “不老不死、願いを叶えてくれる唯一のもの”


 この内の三人が書いたのか、別人の仕業なのかは知れないが、力強い文字である。

 これを開祖が書いたのだとすれば、執着はもはや呪いと変わらない。

 夕都は日本式だが、朝火と共に三人の冥福を祈った。



「珠蘭の両親は、龍子だったんだろうな」

「だから、死する時に龍脈に取り込まれたのか」

「師父に言いくるめられたんだろうが……桃源郷はどうなったんだ」


 父の夜京いわく崩壊したというが、あのような場所が、世界に数多存在するならば、決して放置はできない。

 ふいに朝火が背負っているリュックから何かを取りだしたのを見て、夕都は瞬く。


「なんだこれ」


 朝火の両手におさまる人形――陶器でできた天使に魅入る。

 朝火がおもむろに天使の底に手を当てると、小さな音がして蓋が外れた。

 中からメモ用紙が現れたので、それを広げた朝火が文字を読み上げる。


「日本語だ。“ケファロニア島で、母が待っている”」


 夕都は目を見開いて語気を強めた。


「まさか奴が!?」


 朝火が双眸を細めて呟く。


「アントーニオか」



 西安咸陽国際空港。


 貴一は、茉乃と共に、浩然に護衛されて西安空港にいた。

 千桜と落ち合うと説明されているが、未だに姿を見せない。

 貴一は、茉乃に何か飲み物をと、自販機を探しに腰を上げる。


 茉乃はそんな貴一の姿をぼんやりとながめていたのだが、ふいに隣にきた人影に顔をあげた。

 見れば、帽子を目深に被った白人男性がお辞儀をしていた。胸元の銀色の十字架が目を引く。

 茉乃も同じくお辞儀をすると、男性は切れ長の緑の瞳を細めて、屈んで耳打ちしてくる。驚く暇もなく、言葉が脳内に響く。


 “君は愛する人の為に死ななければならない”


「……え?」

「浩然は、すでに俺の下僕だ。愛する者を喪いたくなければ、大人しくついておいで。もちろん彼も一緒だから安心して」


 やはり男の声は、脳内に反響するように聞えた。


「アントーニオ様」


 茉乃は背後から発せられた声に、恐る恐る振り返る。

 そこには、貴一をかかえた浩然がいた。

 茉乃は叫んで駆け寄る。


「貴一さん! いやよ! しっかりして!」

「大丈夫です。巫女様、さあ行きましょう」

「どこに!?」

「ケファロニア島です」


 茉乃はアントーニオに腕を掴まれて、搭乗口へと引きずられていく。

 ただ、貴一の身を案じて泣くのを我慢した。


 ――貴一さんは私が守る。絶対!


 決意を胸に秘めて、地に足をつけると、力強く歩いた。

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