第17話〈突きつけられた真実〉
寒さに目を覚ました貴一は、視界が低いのに気づいて勢いよく起き上がる。
身体中をさわって確認すると、息をつく。
「良かった。人間の身体だ」
「ん……貴一さん」
か細い声が茉乃のものだとわかり、周囲に目線を巡らせる。
やけに天井が高い部屋だった。
至るところにまるい窓があり、すべてから光が注がれている。
光がひときわあたる場所に、茉乃が倒れていた。
貴一は、だるい肉体をひきずるようにして近づく。
茉乃は豪奢な椅子の前に伏せているが、夢を見ていて落ちたのだろうか。
「茉乃さん、しっかり」
「ん、貴一さん」
「大丈夫!?」
抱き上げると軽くて、さらに着込んでいるのは、薄地の胸元が若干開けた衣装で、目のやり場に困ってしまう。
唇を引き結び、その額に手のひらで触れた。熱はない様子だ。
「お前は何者だ!」
「この声、夕都さん?」
椅子の後方、壁の向こうから聞こえる。
貴一は茉乃を椅子に座らせてから、声を頼りに夕都を捜した。
はたして、交わされる言葉は、開け放たれた鉄扉から響いてくる。
中は大広間であり、一目で異常事態だと察した。
夕都と朝火が、さや抜いた刀を手にして、長身の男を取り囲んでいた。
青い長袍の男は、二人を睨みつけている。丸腰のようなのに強気だ。
男の背後には、膝をつく女性が震えているのが見える。
華美な衣装をまとう姿は、主だろうと考えた。
貴一は、主らしき女性の後に転がる、肉塊に釘付けとなった。
「え?」
――人!?
両手、片脚がない人が、傷口に巻かれた包帯から血をにじませて倒れている。
身体つきからして女性らしい。
顔が地についていたので見えないが、息があるとは思えなかった。
胸が悪くなる感覚に口元をおさえる。
えづくが、にじむ視界で様子を観察した。
対峙する三人はまさに一触即発で、誰が攻撃をしかけてもおかしくはない。
貴一は視線を彷徨わせた。
――夕都さんと朝火さんの力になりたいけど、茉乃さんを守らないと。
どの道、自分には武器がない。
華山に連れてこられた際、すでに私物を取り上げられていたし、唯一使える武術も、彼らの前では無力同然だ。
扉の先に足を踏み入れることはできず、固唾を飲んで見守る。
ふいに風が流れてきたのを感じて、瞳を細めた。
「
凛とした声音を発した人物を見て、貴一は叫びかける。
死体と認識していた肉塊が、片脚だけで直立していたのだ。
「
夕都達と対峙していた男が、絶叫のような勢いで名を呼び、かけ寄った。
顔は青白くて、長い髪の毛は縮れたり、傷んで、掴んだら切れそうだった。
「……
「珠蘭……
「わたしが! 龍脈にとびこんで、捜す!」
師姉は首を振り、光のない目を向けて、師妹に苦言を呈する。
「己の欲望を叶える為に、人の命を犠牲にした貴女は、すでに龍子としての資格は喪っている。今の貴女は、取り込まれた数多の精霊人の憎悪に生かされているだけ」
「信じない!! 信じない……!!」
主の怒声は遠くまで響き渡り、頭が割れそうだ。
「……っ」
貴一は意識がふたたびぐらついて、夕都と朝火に手を伸ばす。
すでに二人は倒れ伏していた。
主の絶叫に、桜綾にすがりついていた男も昏倒する。
師姉と師妹だけが対峙する中、赤い靄――龍脈が、世界を覆い尽くした。
――ま、茉乃さん。
貴一は歯を食いしばるが、頭はぼんやりして、意識が朦朧とする。
くずおれて扉にへばりついて、床を這って、茉乃の元へと向かった。
茉乃は椅子に座ったまま、身を震わせている。
椅子の脚にしがみついて茉乃を呼んだ。
「茉乃さん、大丈夫だから、助ける」
「貴一さん。私、あの時、意識がしゅらんのなかに。いつのまにか、ここに」
「うん、ぼくも、一緒だった」
茉乃を連れて逃げたいのに、身体が重くて起き上がれない。
脳裏に、倒れた夕都と朝火が浮かぶ。
貴一は、茉乃の座る椅子の元でふたたび意識を失った。
夕都は、龍脈から流れ出る数多の意識に浸かり、ゆっくりと目を開く。
頬をなでる風を感じた瞬間、まばゆさに瞳を細めた。
一面に広がる黄金。
「これは」
手を伸ばして触れた指先の感触に、稲穂だとやっと認識する。
あたり一面にただよう、頭が冴えるような清々しい匂いが、鼻腔を刺激した。
深く息を吸い込み、己の格好を確かめる。
白い布地の衣服を着込み、手首、膝下を紐で締めてあり、腰は帯で締めていた。
己の手指は日に焼けている。
身体をさわると、やけに長身で、体格も良いようだ。
稲穂畑から抜けて歩いて行くと、川が見えた。
水面にうつる姿を見て、口をあんぐりとあける。
髪の一部を耳の下で結び、後ろ髪は肩まで伸ばされていた。この出で立ちはまるで……。
「スサノオ様」
――は?
振り返ると、少年が恭しく頭を垂れていた。麻でできた質素な衣服をまとっている。
顔を見せるようにつたえると、少年は凛々しい顔立ちをしており、ある男を思いおこさせた。
恐る恐る名前を問う。
「はい。アサヒと申します」
「……なんだと」
脳天を打撃されたかのように、世界が傾いだ。
足裏に力を入れて倒れるのを免れ、まわりを見渡した。
空は見渡す限り青く、空気は清らか。
小鳥の囀り、動物の鳴く声。
両腕を広げれば、四方から金色の靄があつまり、また、己の肉体からも同じ靄があふれだす。
龍脈が、湧き出る泉のように吹き出して、世界へと流れている。
いつのまにか、人々が集まり、誰もが祈りを捧げていた。
――そうだ、私は……彼らを信じて、転生を選んだのだ。
受肉をしたものの、人々は争いと飢えに苦しみ、神である己の未熟さに絶望した。
大蛇の麁正で胸を貫き、転生を繰り返す度、アサヒは巻き込まれ、彼は常にユウトの為に犠牲となった。
――俺は、アサヒ、お前を自由にさせくて、己の龍脈の力を開放したんだ。
神なる存在が、龍脈の力を捻じ曲げたせいで、永遠に転生を繰り返す精霊人や、龍脈にとりこまれ、永遠に抜け出せない魂が生まれるようになる。
やがて、世界中の龍脈、あるいは同質の力に影響を及ぼすようになった。
――俺は、スサノオだったのか。
夕都は意識を引き戻され、陰鬱な気分で起き上がった。
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