第15話〈二つの光〉

 貴一は未だに宮殿への山道の途中にいた。朝と夜は数回繰り返していたので、たびたび設けられている小屋にて身を休めながら、浩然と二人きりの夜を過ごしていた。浩然は桃源郷について色々教えてくれた。

 特に、主である珠蘭については敬愛している様子で、小屋を管理する家僕が出した茶を口につけながら、秘術を駆使する力を褒める。

 貴一は、秘術とはどんなものなのか興味がわいた。

 小屋の中は窓際に寝台三つ、中心に丸い卓が一つ。

 家僕は部屋の隅で、ぼんやりと宙を見つめている。

 宮殿へいくには後一日必要らしい。

 浩然は、卓上を指でたたきながら、主がある道教の弟子であった事や、秘術について語り始めた。

 ただ、貴一には道教の知識はないので、まともに反応できたのは、食人が関わるという部分である。

 聞いているだけで背すじが震えてきた。

 貴一の思考は、茉乃を案じてどんどん悪い方向へ転がっていく。


 眼の前で茉乃が黒い人影に食われようとする光景が広がり、立ち上がって声を上げた。


「茉乃さんが危ない!」

「おい! まだ秘術の全てを話していないぞ!」



 浩然に腕を掴まれて、無理矢理椅子に腰を押し付けられてしまう。

 抗おうにも、脳天から重力を浴びせられたかのような感覚に身体が痺れる。


 貴一は歯を食いしばるのが精一杯だ。

 浩然は、目の前を行きつ戻りつしながら、主と血飢の儀式について語った。


「主は元々はある道教に属していたが、師父と姉妹に裏切られ、やむなくこの桃源郷にとどまり、自ら主となりて、師父のような輩に利用されぬよう、護っているのだ」


 貴一は身体の自由を奪われながらも、主の存在について気になった。

 浩然に、疑問をぶつける。


「裏切られたって、何が主にあったのですか。食人をする必要も、よくわからないです」


 浩然は、足を止めると腰の後で手を組み、貴一を見据えて言葉を続けた。


「無論、精霊人達を奴らに利用されるのを阻止する為だ」


 貴一は瞳を細める。


「それは違う気がします」

「何だと? 何が違う?」

「う〜ん」


 浩然の気が散っているのか、肉体の重さが軽減されたので、思考はまともに回り始める。

 話を聞いた印象からするに、どうも主の都合の良い解釈を強いられているように思うのだ。

 貴一は両手を開いたり握ったりしつつ、浩然に視線を向けて考えを述べる。


「精霊人を喰らう……食人は、主の命を繋ぐため、それに加えて、華山に流れる龍脈を取り込む血飢の儀式は、主を不老不死へと変化させるため。茉乃さんは、日本の龍脈を守る巫女だけれど、主の力を補えるかは分からないのに……まるで、主の為に精霊人が犠牲にされているように感じます」

 

 貴一の考えに耳を傾けた浩然は、顎に手を添えて視線を地に落とす。

 やがて頭をかいて、ため息混じりに呟く。


「実は、俺はここきてまだ浅い。この話は宮殿からきた家僕の何人かにきいた話だが、その家僕はいつの間にかいなくなってしまう。二度と同じ家僕から話しをきけない」


 貴一は目を丸くする。


「じゃあ、師父や姉妹に主が裏切られた詳細は知らないのですか」


 浩然が困り顔で頷くのを見て、貴一はますます疑問をつのらせた。

 この桃源郷は、あまりにも、“主の為の世界”だ。

 逆らわぬ家僕に、若さと命の糧とする精霊人達……。



 ふと、大きな音が響いてくるのに気づいた貴一は、軽くなった足に力を入れて立ち上がる――その時、爆風が小屋を襲った。


「……っ」


 ――こえが、でない……!


 あまりの強風にふっ飛ばされて、視界から浩然が消えていた。

 世界は赤い靄に包まれていく。

 貴一は嵐の中で振り回されながらも、意識ははっきりしており、これは赤い龍脈であると理解した。

 空に向かってぐるぐる振り回されて、呼吸もままならず、目を開けていられなくなる。

 顔や腕、むきだしの肌を叩きつける、木の破片や石やらに、強烈な痛みを与えられて、声なき悲鳴を上げた。


 “貴一くん!”


 ――え?


 今、脳内に誰かの声がしたが、気のせいだろうか。

 だが、声はさらに話しかけてくる。

 それが、夕都の声だとわかり、貴一は強風の中で必死に手足を暴れさせた。


「だ、だずげで、ゆうど、ざ……ん」


 爆風の大音響の中、しゃがれた声しかだせないが、意識は伝わったようだ。

 うっすら開いた視界に、金色の龍脈が向かってくるのが見えた。


 貴一は胸があたたかくなり、手を伸ばす。


 ――夕都さん……きてくれたんだ……。


 赤い龍脈が突然、霧散して、刀を手にした男が飛び込んできた。


 司東朝火が、龍脈を斬り裂いたのだ。


 朝火は貴一を抱きとめると、地上に着地する。鈍い音がひびいて土煙がひどいが、朝火の表情は変わらない。

 貴一は朝火に身を預けて、ぼんやりと周囲を見やる。

 浩然といた小屋は吹き飛び、跡地に二人は立っていた。

 どこからともなく呼びかける声が聞こえてきて、近づいてくる。

 石階段を上がってきたのは、夕都であった。

 貴一は夕都の姿を見ると、自然と涙が溢れてしまう。

 危機に陥った時、いつも彼はこうして助けに来てくれた。

 まるで、兄のような存在だった。


 夕都は、朝火に身体を支えられている貴一に笑いかけると、頭を撫でた。

 その手のひらのあたたかさに、眠気を誘われる。


「よく頑張ったな。今は、休んだほうが良い」

「……夕都さん、朝火さん、ありがとう、ございます」


 二人の優しい眼差しを受けて、貴一はゆっくりと瞳を閉じた。



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