第12話〈石柱の向こう側〉
華山目当てにやって来た観光客達は、突然立入禁止にされて混乱していた。
警官に離れるように指図され、その場から大人しく去る者もいれば、怒鳴り散らす客もいる。
警察官に指示を与えている“ジュード”は、“ボス”にスマホで連絡を入れた。
胸元の十字架を手でさわりながら、状況を的確に伝える。
「ええ。貴一ってガキは、龍脈を操る力はあるようで。いま、巫女と向かわせてます」
『ならば、引き続き監視を頼む』
「はい、アントーニオ様」
ジュードは通話を切るとほくそ笑む。
華山の頂きの方角を見やり、肩をすくめて呟いた。
「龍主と下僕が日本を離れたタイミングで、うまい具合に攫えたのは幸運だったな」
華山の隠された洞窟“精魂洞”。
岩壁に同化した扉が開かれ、その中に無理やり押し込められた貴一は、茉乃の手を必死に掴んでいた。
二人を取り囲む男三人は、皆白人で、誰もが胸元に十字架を下げており、明らかに神父だというのに、目つきは異様な光を放つ。
茉乃は瞳を伏せて、彼らを見ないようにしている。
貴一に身を寄せながら震えていた。
「茉乃さん、大丈夫だから」
「貴一さん」
大きな目を潤ませて、すがるような表情を浮かべる彼女を、心底守りたいと願う。
丸腰なのがもどかしい。
唇を噛み締めて男達を睨みつけた。
髭面の男が口の端を吊り上げて、声をかけてくる。
「大人しくしてろ、悪いようにはしない」
「いったい僕達をどうするつもりなんだ」
先程から男の声音は、エコーがかかったように聞こえていた。
日本で拉致された時には、別の男が通訳していたのだが、華山に連れてこられたら、何故か通訳なしに、奴らの言葉が日本語として理解できている。
赤い龍脈が華山に流れているのは感じていたが、気持ちが悪い感覚だ。
髭面の男が声を張り上げる。
「番人よ! 桃源郷への扉の封印を解け!」
「なんだ騒々しい」
掠れた髭面の男の声とは正反対の、耳に心地良い声が返ってきた。
無数の石柱の上を舞い踊る人影に目を瞠る。
奥から風のように近づいた人は、端正な顔つきの男だった。
何故か見覚えがあるような気がしたが、目の前の階段に降りたつ彼は見知らぬ男であった。
貴一と男達を見つめると、瞳を細める。
その人の身なりに思わず凝視してしまう。
詰め襟に、袖丈の短い漢服のような衣装を身につけている。道士という存在が連想された。
背中に得物を背負っているが、今にも振り回しそうで気を抜けない。
貴一は茉乃の身体をさらに強く引き寄せて、道士のような男を見やった。
彼は、番人と呼ばれている。
三人の神父らしき男と番人は何事か話し合う。
番人がこちらを向いたかと思えば、ふいに二人との距離を詰めた。
茉乃を見定めるように顔を見つめるので、つい腕を目前に突き出して遮る。
番人はまたたいて微笑を浮かべる――その時、彼の背後に影があらわれ、背中の得物を奪われた。
「あっ」
「剣を返せ!」
剣を奪ったのは、あの髭面の男だった。
他の二人が男を呼ぶ。
奴の名は、ジェームスというらしい。
ジェームスは階段を飛ぶように下り、姿が豆粒となる。番人も後を追って闇に消えていく。
洞窟内は、輝く岩壁に照らされて入るが、視界は悪い。
「こい!」
「きゃっ」
「茉乃さん!」
「お前もだ!」
「わっ」
貴一の腕をさかんばかりの勢いで神父は引っ張るので、するどい痛みに顔がひきつる。
神父は両腕に貴一と茉乃を抱えて、器用に石柱の間を駆け抜けていく。
背後にもう一人の神父がつづいた。
やがて、中心の巨大な石柱に辿りついた。番人は己の剣を奪い返そうと奮闘しているが、は柱に向かって剣をふりあげていた。
――その瞬間、柱が蠢いて扉が浮きあがり、開かれる。
切っ先が、柱の一点に突き刺さっていた。
番人が突き飛ばされ、地に倒されてしまう。
「こいつらを放り投げろ!」
「おおっ」
「なっ」
神父は、柱の開かれた扉に向かって、二人を思い切り放り投げた。
茉乃の悲鳴があがる。
柱の向こうは広いようで、身体はどんどん落下していく。
頭上の入り口は無情にも閉ざされた。
貴一は強風の中、どうにか薄目をひらいて、茉乃をみとがめる。
――ま、まのさん……!
茉乃は気を失っているようだ。
「とう!」
「……っ?」
誰かの声がしたような気がした、その時、またもや身体を抱えられて振り回された。
ようやく強風がおさまったと感じたら、貴一は意識を失ってしまう。
瞼の裏の眩しさに気づいて、目を開いた。
「い、いた」
全身に痛みが走る。
「奴の監視はお任せください」
「ええ。巫女は私のものにするわ」
「え!?」
貴一は、若い女が茉乃を抱きかかえ、背中を見せる長い髪の男が、恭しく挨拶をする様子を見て、衝撃に目が覚めた。
寝転がっていた場所から飛び出して、男に飛びかかる。
「茉乃さんを返せ!」
「ん!?」
振り返った男は、白髪交じりで目元に皺はあるが、その双眸には、強い光が宿っていた。
貴一は、閉ざされたかけた戸口の先の、長い裾を引きずりながら茉乃を抱えている、女の後姿を睨みつける。
連れて行かれる茉乃を救うため、男を退かそうと体当たりをした。
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