第7話〈潜む影現る〉
番人は、赤い龍脈を手刀で刻むかのような所作で、腕を振り回す。
夕都と朝火の周りだけ赤い龍脈は途切れた。
番人は石柱の間を飛び回り、凄まじい速さで龍脈の力を霧散させる。
「すげえ!」
思わず拍手した夕都を見た番人は、ようやく動きを止めると、石柱のてっぺんから降りたつ。
夕都の前に突き進んできて、両腕を広げて声を上げた。
「蛇花の首領の目的について改めて考えると良い。この“
「あ!」
止める隙もなく、番人は首元で結んだ黒髪を揺らしながら、石柱を蹴り上げて中心へと跳躍して去っていく。
夕都は唸って朝火を見やる。
朝火は紐を身体にくくりつけて、背中で固定した刀をずらしながら、地べたに寝そべる精霊人の持ち物を物色していた。
夕都はそこで自分の状態を確認して、私服姿となっていて、ちょうど上から着ていた登山用の衣服の切れた部分が、シャツに挟まっていたのを見て、紐がわりに腰にまいて、刀を下げた。
近くにいる彼ら数名の懐や鞄から取り出したのは、どれも一見して変わった所はない。
衣服の切れ端の上に並べた代物は、小銭、まち針、クレジットカード、指輪、といった物だ。
持ち歩いていても、なんら不思議ではない。
夕都も朝火の隣にかがんで、それぞれ確認してみた。
手に持つときは慎重にして、指先でつまむ。凝視して、どれもが武器なのだと理解する。
「暗器か」
「そうだ。小銭には細かい溝がほってあり、首筋を斬り裂ける。クレジットカードも、角に特殊な加工がされているだろう。まち針には、元々毒が塗り込まれ、指輪は鋭い針がでるように細工されている」
朝火の説明を聞いて、夕都は腕を組んで起き上がった。
天井を仰いで深く頷く。
「この人達は、
「全てではないとは思うが、何かしらの集団に属しているのは確かだろうな」
朝火も起き上がり、眼鏡のずれを左手中指で直しつつ語る。
夕都は、蛇花の首領の言葉を脳内で反芻した。
「
淡々とつぶやいたら、朝火が一つ息をついて答える。
「冥世は、精魂界へ繋がるとも言われているだろう」
「あ、そうか」
光の世界、“
それが精霊人である。
夕都はふと疑問が思い浮かび、朝火に問いかけた。
「なら、あの蛇花の首領は、龍脈を感じるか、操れるのか?」
「
「はっ!?」
突然の叫び声と共に、夕都は背後から何者かに腕を締めあげられてしまった。
気配もなく近づいて早業で拘束するなど、並大抵の能力ではない。
刀を構える隙もなかった。
朝火は刀をさや抜くが、切っ先を向けるのをためらっている。
夕都は羽交い締めにされながらも、首をうごかして相手を視認した。
「おまえ、なんで!」
「龍主のあんたがここで死んで、精霊人になれば、俺の父さんと妹が人間に戻れると欣怡様が教えてくれたんだ!」
「蛇花の首領と組んでたのか!」
「動くな!」
夕都が叫ぶのと同時に、朝火が刃を振り上げかけたのを牽制する。夕都は朝火に目線で様子を見るように促して、穏やかな声音でに話しかけた。
「俺は命は惜しくないけど、いまはまだ死ぬわけにはいかないんだ。お前の家族を救う方法なら、俺達が力になるぞ」
「その方法が、これしかないならどうか助けてくれ!」
趙翰が血走る目を見開いて、手にしていた匕首で夕都の首筋に突き立てようと振り上げる。
朝火が夕都の名を呼んで、刀を振りかざすが間にあわない――。
――やばい!
思わず目を閉じた瞬間、鈍い音が響いて、顔と首に生あたたかい飛沫がひっかかるのを感じて目を開く。
趙翰がくずおれるのを呆然と見やる。
趙翰は、目を見開いたまま、口から血を流して地面に勢いよく倒れ込んだ。
背中の布地に血が広がっていく。
「じゃ、趙翰? な、なんで」
「何者だ!」
朝火の厳しい声に我に返り、夕都は振り向いた。
その人間は、洞窟の内部にいた。
帽子を目深にかぶり、厚手のコートを着て、胸元には、かがやく銀の十字架を下げているではないか。
背丈は夕都や朝火よりも十センチは高い。
かろうじて見える口元からするに、白人のようだ。
くぐもる笑い声をあげて、身体を揺らしながら近づいてくる。
その様はまるで亡霊であった。
夕都は朝火に肩を掴まれて、趙翰の傍から離れる。
不気味な男は声をかけてきた。
「龍主にはまだ生きていてもらわなければねえ、フフフッ」
流暢な日本語である。夕都が龍主である事実を知っているらしい。
「どういう意味だ?」
「ヒャハハッ」
男は甲高い笑い声を上げて地を蹴ると、夕都の隣を走り過ぎて洞窟を飛び出す。
「待て!」
「追うな、夕都」
「わっ」
腕をひっぱられてよろめくと、眼前に番人の凛々しい顔があったので、竦みあがる。
番人は眉根を寄せると、夕都の腕を掴んでひきずるので、朝火に助けを求めた。
「朝火〜!」
「赤い龍脈がまた吹き出した。彼についていこう」
「いや、でも」
視線の先には顔面蒼白の趙翰だった亡骸がある。
彼はどうやら、精霊人にはならなかったようだ。
朝火は首を振り、後をついてきた。
番人は他の石柱よりも低い数本に囲まれた場所に、夕都と朝火を連れて入り込む。
赤い龍脈が、この場を避けるようにして、靄のように漂う様子が隙間から見える。
夕都は朝火に身を寄せて、番人に向き合う。
番人は宙に視線を彷徨わせて思案しているようだ。
「あの……」
「
「ひゃっ!?」
怒気に満ちた男の低い叫声がどこからか轟いて、夕都は朝火の腕を掴んで思わず怯える声を発した。
朝火が夕都を見つめて、なだめるような言葉をかける。
「落ち着け、状況を把握しろ」
「いや、でも……あ!」
「なんだ」
「い、いやなんでもない」
夕都は悶々としていた疑問の答えにたどりついて、あわてて番人を見た。
番人は腕を組んで、顔をしかめている。ふいに夕都を見ると、口元を緩めた。
――やっぱり、そうなんだな。
番人の微笑を見ていたら、急に恥ずかしくなり顔を背ける。
朝火が背中をさすってきて、溜息をついた。
「気をしっかりもて」
「わかってる」
夕都は刀を鞘抜いて、いつ敵が攻めてきても迎え討てるよう、朝火と共に身構えた。
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