第5話〈赤い龍脈〉
華山。
中国五名山であり、西岳とも呼ばれ、花崗岩が露出した険しい岩山である。
まもなく午後にさしかかる頃だが、観光客が群れをなしていた。
登山となるため、それなりに装備してやってきた夕都だが、ロープウェイに乗り込むと、呼吸を整えるので精一杯だった。
なかなか体力を使う。華山までくるのにも、公共機関での移動に疲労した。
「なんとなく空気が薄いような気がするし」
「ははっ夕都さんは登山経験ないですか」
「あまり。それにしても本当に日本語ぺらぺらだなあ」
夕都と朝火は、登山用の衣服の下に私服を着込み、刀も携帯しているので、身体が重くなっている。
ロープウェイから降りて、趙翰が先頭で、夕都、朝火と続く。
急な階段をのぼって先を急ぐ。
とうとう蒼龍嶺へと到着したが、周囲には観光客がつらなり、だれもが賢明に階段で整備された道を上っていた。
花崗岩を直接削った石段である。
怪しい人物は見当たらない。
頭頂へ向かう道のりで、一番の難関であろう。
途中で振り向けば、吸い込まれそうな景観が広がる。
登頂を目指して歩き進めていく。
願掛けと思しき南京錠が、無数に鎖に取り付けられていた。
ふと朝火が階段の真ん中で足をとめる。
眼鏡の奥の瞳を巡らして、身構えた。
その手はすでに、背中の刀袋にそえられている。
夕都は肌がわななくのを感じて、手を振り上げた。
「お前ら観光客じゃないな!」
どこからともなく甲高い音色が轟いたのと同時に、周囲にいた人間達が次々と武器を取り出す。
各々手にする得物は、細長い刃やらギザギザした刃、やたら短い刃のものと様々である。
だいたいが中年男だが、皆登山をする観光客に扮しており、目つきと雰囲気まで変えているあたり、一般人ではないだろう。
何事かわめいているが、何せ中国語なのでまるで理解できない。
朝火と背中をあわせる形で、夕都は後を、朝火は前の刺客を警戒する。
趙翰は少し先の階段にて、二名の体格の良い三十代ほどの男に囲まれていた。
奴らの武器は
一方、こちらを狙う男達の主な武器も、同種類の物が多数ではあるが、錘を使う男が厄介そうだ。
勢いあまり転がり落ちれば、崖の下に真っ逆さまだ。
男達の後方には、岩肌が広がっている。
通訳の役割を果たすはずの趙翰が、離れているため、男達の言葉の意図が読み取れず歯噛みした。
夕都は朝火に耳打ちをする。
(なあ、アプリで翻訳できないか)
朝火は溜息をついて首を振った。
そんな悠長なことができるはずがないと。
夕都は刀をさや抜き、仕方なく日本語で呼びかける。
「お前達、誰の指示でここにきた? あの男が大金を渡すと本気で思っているのか?」
「!」
黙れという意味合いの中国語を発した、夕都の目先にいた禿頭の細身の男が飛び上がり、刀を振るう。
「あっぶね!」
あやうく頭から斬られかけた夕都だが、颯爽と仰け反って退いたために、敵が真っ逆さまに階段を転がる羽目となる。
禿頭は鈍い音を立てながら、刀を手放して、何人かを巻き込みながら視界から消えた。
これは使えると閃いた夕都は、朝火と手を繋いだり、はたまたお互いの肩を掴んだりして、刀を振り回して刺客共を次々と階段から突き落とした。
連中はどうやら仲間でもなんでもなくて、好き勝手に得物を振り上げて襲いかかるだけなので、隙まみれで恐るに足らずである。
あっという間に階段から奴らは消えさり、遠くの地面でうごめいているのが見えた。
振り返り見上げると、趙翰が赤いチャイナドレスの女に捕らえられているではないか。
夕都は瞬時に女の正体を見抜く。
「志田を襲った奴だな!」
女は甲高い声で嗤うと、怒鳴りだす。
その時、まわりに光の渦が出現して、夕都の身体に入り込み、とまどう間に、女の言葉が急に理解できるようになった。
「はあ!?」
「どうした」
朝火が刀を手にしたまま、夕都の顔を覗き込んでくる。夕都は目を見開いて、朝火の肩に手を置くと「あの女の言葉がわかるぞ!」と叫んだ。
朝火は息を呑み、眉根をひそめる。
女の声に意識を集中させている様子だ。
「私の娘は、神無殻のために攫われて殺された! 現主たる龍主の貴様の命で償わせてやる!」
――!
夕都の胸に女の憎悪が突き刺さる。
脳裏には、神田明神で首を斬られた、幼い少女の苦しみ悶える姿が蘇った。
「ユーシー」
小さな声だったが、母は娘の名前を聞いていた。趙翰の首元に突きつけているのは、手刀なのだが、爪先には毒針が巻き付けられている。その爪先を肌に突き刺そうと力を込めたのを見て、夕都は母親に説得を試みた。
「待ってくれ! そいつはただの案内役だ!」
「案内役? そうね!」
ユーシーの母親はいうやいなや、趙翰を突き飛ばす――崖の下へと。
「趙翰!」
趙翰は絶叫しながらみるみる崖下へと落下していく。
夕都は必死に辺りにただよう龍脈へと意思を伝える。
「どうか力を貸してくれ!」
――華山に流れる龍脈よ!
夕都の切なる思いに呼応するかのように、突如として風が巻きおこった。
赤い光の渦が身体を取り込み、崖下へと持っていかれてしまう。
夕都は瞳をどうにか開いて、趙翰めがけて赤い龍脈の力を飛ばした。
趙翰の身体はうまい具合につつまれたが、赤い光の龍脈は、上にもどらず、岩肌へと二人を運ぶ。
「夕都!」
「……朝火」
耳障りな渦の音にまじり、張り上げた朝火の声が聴覚を刺激する。
赤い渦の中、上から見えた人影に向かって手を伸ばす。
その時、嗤う声と共に憤怒に満ちた言葉が轟いた。
『父親と一緒に冥世の地獄に落ちるがいい!!』
――父さん……。
狂った女の声を聞いた夕都は、意識が遠のく中で、父の姿を見たような気がした。
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