第21話〈策略に踊らされて〉
「お二人共ご無事ですか」
背後の暗闇から鈴なりのような声音が鼓膜を震わせる。
うっすらと浮かび上がるのは、細身で長身の女性の姿。
その声音には聞き覚えがあった。
「千桜か!」
夕都は希望が心に灯るのを感じて歓声を上げる。朝火がすでに一歩進み出て、スマホのライトで彼女を照らしていた。
濃茶の衣装を身に纏い、手甲には紺の脚絆、ブーツ、口元まで布で覆っており、頭巾まで被っている。
背後には数十人もの影がうごめき、太い縄が見えた。
皆、千桜の仲間、つまり忍者である。
彼らは甲賀と伊賀、両派からうまれた忍術を扱う特殊な流派であり、五十年にも満たない新しい一派である。
指揮をとるのは千桜の祖父の為、彼女の権威は一派の中でも最高位だ。
千桜は恭しく頭を垂れる。
「我々“二条”は月夜様の命により、龍主様とその忠臣司東朝火様をお助けに参りました」
「そ、その呼び方はやめてくれ」
夕都はやたらかしこまった態度で接する二条の忍に両手を振って、うわずった声を上げてしまう。
対して朝火は、冷静な態度でお礼を口にした。
「感謝する」
千桜は目を輝かせて、その名のごとく笑顔を咲かせた。
つい先程着いたばかりで、状況把握が間に合わず、噴火口の周りでは、勝大の部下が見張っている可能性があり、夕都と朝火を拘束するつもりかも知れないと忠告される。
龍脈の力を解放した際、全国で一斉に震震度四から五の地震が起こったらしい。この儀式が原因だとネットから広がり、報道までされているようだ。
つまりは、人工地震だという馬鹿げた噂話を、世間が認識したのだ。
夕都は苦笑を漏らす。
配信されている事実をすっかり忘れていた。
ひとまず二条流の忍者達に助けてもらってから、どう動くべきか策を練らなければ。
無事に助け出された夕都と朝火は、噴火口付近の様子を、闇になれた夜目を頼りに視認する。
空を見上げると、半月が遊歩道を照らし出していた。
ふと、歩いている人影を見つけて、朝火に手招きをする。二人連なって息を潜めて、遊歩道をゆっくりと歩いていく人影の後ろにはりつく。
背丈からして男だろう。後をつけていくと、あるはずのプレハブがすっかり片付けられていて声をあげかけた。
朝火が手を突き出して止まれと牽制する。
前方を見れば、男は倒れ込み、苦しそうな呼吸を繰り返していた。
夕都はスマホを懐から取り出して、ライトで照らす。男は顔面に光を注がれて瞳を細めてうめく。
プレハブの中で見かけた顔である。
夕都は男を助け起こすと、彼は「先生が」と力なく呟いた。
朝火も身をかがめると、男の顔を覗きこむ。
何があったのかを問い詰めたところ、夕都は腕を組み、思考がこんがらがった。
朝火が状況をまとめる。
「つまり、見物客を助けに現れた輩が、冨田勝大や秘書とスタッフまで襲って、お前は怪我をした勝大を病院まで送り届けたと」
男は勝大の手伝いで駆り出された、山口県内の役所の者で、見物客を助けに来たスーツ姿の男達が、客がいなくなったタイミングで、プレハブ内にいた人間達に次々とナイフで襲い始めたと語った。
プレハブのドアは施錠され、スタッフは逃げ出すのは容易ではなく、自分は勝大をどうにか車に押し込み、病院へ向かうので精一杯だったと。
夕都は腕を組んだまま頷いた。
「じゃあ、あんたはプレハブが片付けられた所や、スタッフがどうなったのかは、見てないんだな」
「は、はい」
男は朝火と同年代ほどに見える。
経験は浅いようだ。
近くにまだ待機していた二条流の者たちに、彼の保護を願い出て、笠山から降りようとした時、千桜が声を上げて駆けよってくる。
スマホの画面を見せたので、二人とも覗き込めば、ある事実を報道するニュースキャスターの言葉に絶句した。
『……このイベントは、ある有力な宗教団体への寄付金を集める目的で開催したと遺書には残されており、息子の一成氏は父勝大氏を止めることができなかった自責の念から、自死をしたと推測されており、現在、勝大氏が入院している山口県内の病院には、多数の報道陣が集まっていて――』
「……はあ?」
地方のニュース番組が流す、政治家の自死を告げる荒唐無稽な内容に、頭がついていかない。
このように大々的に政治家の自死を報道するのは、予想外である。
何よりも、脳内では高野山にいるはずの冨田一成の姿が浮んで消えない。
「ま、まさか、高野山に刺客が」
夕都の呟きに被さるように電子音が鳴り響いた。千桜が、頭巾を取り外して、胸元からもう一つのスマホを掴んで見せる。
月夜のものだ。朝火は、非通知の文言を見つめて、夕都を見やり頷く。
夕都は早まる鼓動を感じつつ、千桜から赤いスマホを受け取った。
月明かりが辺りを煌煌と照らし出すおかげで、若干安心感はある。
意を決して通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『おや。月夜さんではないな』
中性的な声音だが、五十代ほどに聞こえる。夕都は声に集中して、名を尋ねた。
「貴方は」
『私は、村雨茂之《むらさめしげゆき》と申します。もしかすると、月折夕都くん。つまりは、龍主かな』
夕都は視線を彷徨わせて、男の名を脳内で反芻する。
――むらさめ、村雨?
息を呑み、男の正体を叫んだ。
「総理!?」
夕都の叫び声に、朝火も千桜も反応して、小さな驚きの声を上げる。
総理は話しを続けた。
『君たちを振り回していた冨田親子については、もう心配はいらないよ。宜しければ、君とお会いしたい』
「……」
背中に冷や汗がつたう。頭の片隅では、危機を訴える言葉で溢れているが、この機を逃せば、神無殻は、本当に日本から淘汰されるかもしれない。
月夜が戻るまでは、なんとしてでも守り通す。
夕都は、まるで何かの力に操られたかのように、総理に答えた。
通話を終えると、朝火が双眸を細めて肩をすくめて歩を進める。
千桜が慌ててその後を追う。
「ふう〜」
盛大に息を吐きだして、月を睨んだ。
――夜は長い。
夕都は小走りに二人を追いかけた。
数時間前。
高野山の宿坊の庭の片隅。
一成は、あり得ない相手とのやり取りに気を失いかけていた。
その意識をスマホの向こうの声が引きずり戻す。
『それで、承諾してくれたのかな』
「へ? あ、はあ、はい! 総理!」
『ならば、君の命は助けてあげよう。良いかい。先程話した通りに、君は死んだことになり、新たな生を中国で過ごすんだ。今すぐに教えた場所にいって、君の父が神無殻と手を組んで、光側の支配を目論んでいたと話しなさい。そして、君は息子として止めようとしたが、命を狙われたと。あの子を攫ったのも、神無殻の指示であると話すんだよ。そのスマホはすぐに処分するようにね。それじゃあ』
「あ! お、お待ちを!」
一成は切れてしまった通話に愕然としたが、我に返ると懐にスマホをおしこみ、無我夢中で僧たちをなぎ倒して、高野山から脱出をはかった。
総理に言われた通りに、和歌山港を目指して、途中で変装し、体力の限界まで走り抜いたのだった。
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