第20話〈龍脈の刃〉

 地響きが足裏から伝わってくる。

 全国の火山を突き動かそうとする龍脈のエネルギーが、笠山の噴火口にあつまろうとしているのだから、当然ではあるのだが、朝火の精神力を借りても、被害を最小限に抑え込めるのかと、不安が脳裏をよぎる。

 刀をかちあわせながら、瞳を見開いて、ひたすら龍脈に呼びかけるが、一向に応える意識はない。

 冷や汗が背中を伝う。


 ふいに龍神祝詞が小さくなる。

 地面が激しく上下に揺れ始め、やがて立っていられなくなってしまう。

 背後から悲鳴が上がり、振り返りたくても身動きがとれない。刀を持って、朝火の支える腕力と体幹に頼らなければ、噴火口に転がり落ちかねないのだ。

 夕都は両足でふんばり、大地に足をくいこませんばかりに四肢に力を入れる。

 朝火が苦悶の表情を浮かべて、足元をふらつかせた。


「あ!」


 大地が揺さぶられる轟音の中、夕都は噴火口に向かって身を放られる。

 ひときわ激しい揺れが、局地的に襲ってきたのだ。

 朝火が手を伸ばすが、掴みそこねて、共に噴火口の中へと落下していく。


「あ、朝火!!」

「夕都!!」


 お互いに名を呼びあって、刀を右手に掴みながら、左手を必死に伸ばす。

 なんども宙を掴み、ついに二人の手は繋がれた。


 ――あつい。


 まばゆい光が溢れて、下から突きあげる龍脈の力に、二人の身体はすっぽりと包まれる。

 熱くてあたたかい。それに、落下する速度も緩やかになり、恐怖心がうすれた。

 開いた視界に巨大な影が映り込む。

 その顔は、あの女人にそっくりである。


「月夜!」


 朝火が叫ぶ声音を聞いた瞬間、大仏は内側から光り輝き、またたく間にひび割れて、霧散してしまう。


 その時、夕都は地下からつきあがる龍脈のエネルギーを感じて、朝火の手を離し、刀の柄を両手で掴んだ。

 朝火が叫ぶが、声は風鳴りでかき消される。

 溢れる光に瞳をほそめ、風にあおられる羽織と着物の袖がはげしくはためいた。


 ふと、目の前に幻影が現れる。


 ――母さん!!


 母が幼い自分の両手に手を添えて、まるで刀を払うような動作をした。


 “龍脈の刃はこう扱うのよ”


 母が笑いかける。幻影はふわりと見えなくなった。



 息を吸い込み、刀を地下から突きあがる光の渦へと向かって大きく払った。


「解き放たれろ!!」


 刀身に宿った龍脈の力が一瞬で肥大化する。やがて数十メートルに及ぶ光の柱となり、刀を模した光の刃へと変化した。

 夕都の身体は力に包まれて浮遊し、両手をかかげて、ふたたび大きく薙ぎ払う。

 瞬間、光の刃は噴火口の入口に向かって突き上がり、甲高い音を轟かせて、天へと駆け抜けた。

 地から放たれた流星のごとく、龍脈の刃は、空をつらぬいて爆発音を響かせながら消えゆく。


「……やばい」

「夕都!」


 夕都は朝火ともう一度手を繋いで、ゆっくりと地下へと向かって落下する。霧散して消えた大仏の破片に当たるも、怪我をすることもなく、だんだんと静かになる大地の音に耳を傾けた。


 身体が地に転がるが、痛みも苦しみもない。地下深くからあたたかな力を感じる。魂が、その大いなる力に包み込まれているかのようだ。

 夕都は、なかなか身体が自由にならないため、隣に横たわる朝火にせめて声をかけた。


「大丈夫か、朝火」


 呼びかけると、朝火は身じろいで小さな声で答えた。

 言葉ははっきりとしないが、頬を緩める。

 しばしの沈黙。暗闇に目が慣れてきた。

 手足に力が入るのを感じて、重い四肢を引きずるようにして起き上がる。

 手で辺りを探ると、固いものにあたり、掴んだ。持ち上げれば、刀であり、さらに爪先を小突く感触に頷く。どうやらもう一振りも傍にあるようだ。

 朝火を抱き起こして、身を寄せながら周囲を伺う。


 大地の揺れは収まったようだ。

 大仏が霧散した時を思いだしていたら、急に辺りが淡く光りだして慌てる。

 周囲を見回すと、岩肌ではなく、空気中に光が漂っているらしい。

 光が二人にまとわりついて、視線を交わす。


『二人とも驚きました?』


 突然の声に、夕都はまたたいて叫ぶ。


「月夜か!」


 朝火がため息をついて、光に手を伸ばした。光がその手に集まり、あわく発光する。さながら松明のようだ。

 光がゆらめくと再び声を発した。


『ふふふ。いくら龍主である貴方でも、あんな凄まじい力、手に負えないでしょ?』


 夕都は周りに視線を巡らせた。月夜の姿はなくて、明るい声音が空間にとけていくだけだ。

 頬がひきつり、またもや、大仏が消えた時を思い浮かべる。

 朝火に目をやると、眉根を寄せていた。

 白衣と袴はすっかり土汚れでくすんでいる。

 ふと据えたニオイが鼻をついた。

 笠山の噴火口はもともと降りられるようにはなっているが、もう少し深い場所まで落ちたようだ。

 ちょうど溶岩のでっぱりに二人は受け止められているらしい。

 赤褐色の溶岩が眼前に迫るように見えている。

 体感は熱くも寒くもない。

 包み込む龍脈の力が、あたたかいと感じさせる。

 月夜が再び、笑いながら話しかけてきた。


『私は、この通り魂だけになりましたから、もう一度受肉するには時間を要します』

「え」


 夕都は心臓が跳ねて月夜を問い詰める。

 朝火の手に集まる光の玉を見つめて声を荒らげた。


「なんで話さなかったんだ? 万が一、戻れなかったら……、どうするつもりだよ」

『仕方ないです。貴一くんを助けないといけませんし、こうするしか。それより、助けが来るので大人しくしていてくださいね』

「助けとは」


 朝火が問うと、光の玉は揺らめいてそれきり声を発する気配はなくなった。

 夕都は唇をかみしめて、月夜を何度も呼んだ。

 朝火が光の玉を宙へとかかげると、二人を照らすように辺りに広がる。

 思わず頭をかいたが、朝火は冷静な態度でいつもと変わる様子はない。

 無言でお互いに座り込み、ひとまず助けを待つことにした。


 意識が夢と現をさまよう。

 身体が揺れ動いたのを感じて、やっと頭がすっきりしてきた。

 手足を伸ばそうとすると、足が固いものにこすれて顔が歪む。

 上半身を朝火にささえられているのに気づいた。

 視界は薄暗く、暗闇に慣れた目でも状況が把握できない。

 空気の振動が肌を震わせる。


 ――誰かいる!


 夕都は朝火に身を寄せて息を殺す。

 朝火が刀を手にしているようで、わずかに刀身が煌めいた。

 その時、複数の人の気配が取り囲んだ。


(気をつけろ)


 朝火の忠告に頷き、片手に握らされた己の刀の柄を強く掴む。

 か細い呼吸音を頼りに、隙を見せぬよう、意識を集中させた。

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