第18話〈権力者からの脅迫〉
二月初旬、夕都は朝火と月夜と共に高野山を去り、山口県萩市に向かった。
萩市に滞在する、あるいは住んでいる神無殻の面々に挨拶を交わし、日本中の龍脈が暴れだす前に、その力を解放する計画に協力してもらうべく話し合う事が目的だ。
凜花は泰西僧侶に預けたのだが、なかなかなだめられなかったのを思い出すと苦笑が漏れる。
月夜が萩市の神無殻を取り仕切る頭に連絡を入れた所、案内されたという宿に向かう。
百年の歴史がある和風旅館の入り口に続く道には、石畳が敷かれており、白塗りの壁に黒塗りの屋根が印象的だ。通された部屋は大人三人でも広すぎるほどで、畳の匂いがさわやかな気分にさせる。
座卓は三人座れるように座椅子が配置されていた。
寝室は男女に別れて寝れるように、襖で部屋が区切られている。
夕都は窓側の障子を開いた。
池を中心として、築山、庭石、草木が配され、庭石の上には石灯籠が置かれているのを見て、どうしても宿坊を思い出す。
庭の奥は竹の壁で覆われており、外からはこちらを覗けないように配慮された造りだ。
「うはあ。宿坊よりぜんぜん広いなあ」
夕都は着込んでいた厚手のコートを脱ぎつつ、冬の庭園を眺める。
振り返れば、朝火と月夜もコートを脱いで、クローゼットを開き、それぞれハンガーにかけていた。
夕都もクローゼットのハンガーにコートをかける。下には衣装盆があり、浴衣が置かれていた。
ほどなくして、先程出迎えてくれた女将が恭しく部屋の引き戸を開いて、食事の準備が整っていると告げたので、一同は顔を見合わせた。
朝火が呟く。
「用意が良いとしても早すぎる」
夕都は月夜に視線をやる。月夜は真顔で瞬いた。
次々と運ばれた料理は華やかで、海鮮から天ぷら、ステーキなど様々だ。
夕都はひとまず朝火と向かいあって座り、二人に挟まれた形で月夜が奥の席に座る。
夕都は手前の海鮮料理に目をやり、そわそわしながら顔を上げて、腕を組んで憮然とする朝火に口元を吊り上げる。
少しの間沈黙が流れるが、ふいに電子音が鳴り響いて、夕都は息を呑み、通話に応じる月夜を見据えた。
月夜はスマホの通話音をスピーカーにしてから、慎重に相手に話しかける。
「
男がスマホの向こうで笑う声が聞こえた。
『名乗りもしないのに分かるとは、流石、ツキヨミの化身だな。一成がとんだ失態をおかしたせいで、とうとう私自らが動かなくてはならなくなってな。全く、不出来な息子で嘆かわしいものだ』
冨田勝大は、裏で息子に逐一指示を出していたのだと伺いしれる口振りである。
月夜は険しい顔つきを変えずに話しを続けた。
「このように顔を見せないで対話をするだなんて、不自然ではないですか」
その言葉に勝大は大笑いした。
『ハハハハハッ今の御時世、むしろ避けるべきではないか? それに私は“内閣総理大臣補佐官”なんだぞ。こんな些事にわざわざ出向くほど暇などないわ。それよりも、お前には重要な話しをしなければな』
「なんでしょう」
勝大の態度は次第に尊大なものへと変わり、妙な事を言い始めたので、月夜は顔をしかめた。
夕都も眉根を寄せる。朝火は腕を解かずに、目だけを月夜に向けて耳をすませた。
勝大は野太い声を張り上げる。
『萩市及び高野山にいる神無殻の“士”の命は私が預かっている。後は息子からの連絡を待つことだな』
「何だって!?」
夕都は思わず立ち上がり、月夜の傍に寄ると勝大に怒りをぶつけた。
「凜花達に何かしたのか!? 犯罪じゃないか!! 恥も外聞もないのか!!」
「落ちつけ、もう切れている」
朝火に言われてはっとする。
確かに応じる声はなく、不通音が虚しく鼓膜に響いた。
月夜は通話ボタンをタップして、スマホをゆっくりと卓上に置くと、手を合わせて瞳を閉じる。
「お料理いただきましょう。毒はもられてませんよ」
「で、でも」
「目的を達成するまでは、凜花達に手は出さないはずだ」
「……クッ」
朝火になだめられて渋々座椅子に腰を下ろす。刺し身から箸をつけるが、味わう余裕などなく、何の魚なのかは分からなかった。
その夜に、高野山にいる冨田勝大の息子、一成から連絡を受け、ようやく目論見を把握するに至る。
一成はメールのみで連絡をいれてきて、計画について記述された文章ファイルを添付して送ってきた。
月夜は夕都と朝火に中身を見せて一緒に目を通すが、薄ら寒いものを感じたのは同じらしい。
瞳を伏せてスマホを握りしめる手を震わせる。
笠山にて龍脈を解放する儀式を配信して、龍主が現れたと世界にしらしめ、各国の影の世を統べる組織に、支配者は改めて日本なのだと宣告するという意図であった。
表向きは、萩市の観光事業集客のパフォーマンスであると発表はするが、大物政治家の冨田が全面協力をしているのもあり、影の組織の者ならば、龍脈解放の儀式は、本物であると理解してしまう。
「戦争の引き金にならないのか」
夕都の疑問に、朝火が率直な意見を口にする。
「もしも、“光側”で戦争が起きうる場合、龍脈を支配する龍主がいる国だと、“影の世”の者たちが認めていれば、容易に手出しはできないという牽制にはなる」
「そんなものなのか」
夕都の疑問に、月夜も口を挟み、さらに朝火も眼鏡の奥の瞳を光らせて言葉を紡ぐ。
「龍脈……レイラインは、細々とですが、世界中に繋がっています。特に龍主のように、龍脈を支配する者に手を出せば、力の均衡が崩れて」
「人の住まう地が、消える可能性も否めない」
それを聞いた夕都は頭を振る。
龍脈について文献を読み漁った記憶が脳裏に蘇り、その通りなのだと唸った。
「冨田の目的は龍主を操り、神無殻を支配下において、日本を影側から操ることだろう」
「そ、それって総理大臣は知ってるのか?」
月夜が首を傾げて、憂いに満ちた表情で答える。
「総理からの手紙からは、まるで総理が神無殻を利用したいかのように書かれていましたが、あの後に冨田が神無殻を危険だと話して、今回の計画で神無殻を潰そうと総理を丸め込んだ可能性があります」
「潰したと見せかけて、国を背負う責務も果たさず、神無殻を利用して、私腹を肥やすつもりか!」
卓をたたいた夕都に、あくまでも冷静な態度で朝火が再び口を開く。
「奴は、自分の都合の良い方向に考えすぎている。そこを突けば、犠牲者を出さずに、事を終わりにできる」
「朝火」
夕都は目を見開いて朝火を見た。
朝火は口元をうっすらとゆるめて頷く。
自信はありそうだが、凜花や師匠が心配で、連絡を入れてみる。アナウンスが冷たく流れるだけで出ない。
ため息をついてスマホを畳にほうり、仰向けに寝転がる。
高い天井が虚ろに見えた。
一成からのメールには、準備が整い次第、迎えを寄越すと記載されていた。
大仏を運ぶのも、手配するらしい。
月夜は鋳造会社の連絡先を送り返して肩をすくめる。
数時間後には、動画サイトのアドレスが送られてきた。半月後に、笠山で萩市と冨田氏が協力する“祭り”のパフォーマンス開催の告知である。
二日後にはバラエティ番組でも取り上げられて、盛り上がりを見せた。
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