第16話〈新たな力〉
二人の最終目標は、合わせ技を編み出すことである。
龍脈を行使するため、基本の技を極めて、お互いに得意な技を使って、敵に立ち向かえば良い。
だが、敵対する存在が、どのような力を持つのかまでは、把握するのはなかなかむずかしいだろう。
そのため、臨機応変にせめて速さだけでも、凌駕することが望ましい。
地面に座り込み、袴が汚れるのを今更ながら気にするはずもなく、並んで月を見上げていた。
どちらともなく脈絡なく話しだす。
「朝火、お前の流派はなんだっけ」
「一刀流と陰流を独自にかけあわせたものだ。お前も同じ師匠達から習っているのだから、わかるだろ」
「はははっいやあ、実はな……」
確かに、泰西僧侶の同じ弟子達から剣術を教わっていたのだが、師の本来の獲物は薙刀のために、剣術の流派ははっきりとしないとしか把握していなかった。
今の朝火の答えを聞いて、ようやく己の基本の技の使い方に納得できたのだった。
ただし、基本の技からの二人だけの新しい技を修得するために、いまは流派は忘れて、ひたすらに技を練る。
ふと、今日は大晦日だと思いだして、肩をゆすった。
底冷えする夜の筈なのに、身体は火照り、吐き出す白い息を見ても全く寒さを感じない。
朝火が夜空に釘付けになっているのを見て、目線を追ってみた。
一筋、星が流れる。
目を瞠り「閃光みたいな星だな」と感想がもれた。
朝火が起き上がり、やにわに刀を払う。
前後左右になぎはらう動きは、目で追うのも困難だが、夕都は思うところがあり、刀を手にすると、意識を地に流れる龍脈へと集中させた。
刀身に龍脈を宿すと、大きくなぎはらう。龍脈の力が朝火の刀に移り、その軌道はまさに閃光のように弧を描く。
風を斬り、朝火の足裏が地を削る音が夜闇に響き渡る。
夕都は朝火が宙に飛び上がった瞬間に、己の刀をつきだし、彼の刀身とかちあわせた。
轟音が轟いて、龍脈の白く輝く力が、空間を切り裂くように爆ぜた。
「……っ!」
夕都は爆風で地面に転がるが、朝火は吹き飛ばされながらも、木の幹に切っ先をつきたてて、地に叩きつけられるのを阻止する。
「あは、は……はは」
すっかり脱力して空を仰ぎ見た夕都は、ひらめいた名を口にした。
「閃刀流ってはのは、どうだ」
「いい、かもな」
朝火が刀を幹から引き抜いて、地を這いずりながら近づいてくる。
どうやらお互いにもう、体力の限界らしい。
ほどなくして、どこからともなく鐘が鳴り響く。
もうすぐ新しい年がやってくる。
鐘の音を聞きながら、二人はしばし呆然と、宝石きらめく空を眺めていた。
高野山で迎える新年は、ただただ厳かである。
二人は目立つわけにはいかず、件の宿坊にてひっそりと正月を祝う。
月夜と凜花の姿が見えず、連絡がとれないのが気がかりで、なんどか顔を出した僧侶に尋ねるが、心配無用とだけ言われて詳しくは話してもらえない。
まるで、夕都と朝火の二人だけの世界のようで落ち着けなかった。
各地の火山活動はだいぶ静かになり、自衛隊の出動要請は取り下げられたらしい。
僧侶達にはこの上ない迷惑をかけてしまった。
朝火が胴衣に袴姿となり、庭で剣術を磨く様を、正月らしく着物に着替えて見物していた夕都は、近づく気配を察知して庭に降りて、その人物二人に声をかけた。
「悠月、冨田」
二人は作務衣に衣替えしている。
二人共痩せたが、冨田はもともとかなりの長身で痩せ気味だったので、頬がこけて病人のようだ。髪の毛は短く切っている。
対して悠月は、やわらかそうな黒髪をきっちりと切りそろえ、前髪を右に流していた。怜悧な光を宿す瞳は変わらないままだ。
話をきけば、僧侶の修行をしているという。
高位の僧侶に諭された二人は、どこか達観したような雰囲気を漂わせていた。
それでも、その性根は仕草に垣間見えている。
ひとまず部屋にあがるように促して、朝火にも休むように声をかけた。
朝火は、悠月と冨田を一瞥した後、風呂にいくと言って去った。
二人を卓の前に座らせて、茶を差しだしてやる。
月夜と凜花は、僧侶達の手伝いで忙しい日々を送っていると話をきいて、夕都は頭をかいた。
「俺が手伝えればいいんだけどなあ。なんで、頑なに拒むんだか」
「お前は、“龍主”としての自覚がたりない」
妙な呼び方をされたので、悠月を睨みつける。
「なんだよそれ、そんな風に呼ばれた事ないぞ」
そう言うと、冨田が肩をすくめて反応した。
「私達のような界隈の者は、お前のことをそう呼んでいる」
「は? 政界でってことか?」
「当然だろ、お前は国にとって重要人物だ」
仏頂面で答えたのは悠月だ。
あの時、自分を父さんと呼んだ可愛らしさはどこにもない。
夕都は反論しようと口を開きかけたが、体がブルッとして、せわしなく呼吸を繰り返す。
いつのまにか暖房が弱くなっていたようだ。
戸口がすこし開いている。顔を出すと、空から白綿が降り満ちているではないか。
敷き詰められた小石の上は、うっすらと雪化粧である。
戸口を締めつつ、朝火が湯冷めしないだろうかと、視線を廊下に泳がせるが、まだ姿は見えない。
背後から雪に文句を言い放つ冨田の声をうけて、夕都はやっと、あの事を尋ねる決心を決めた。
息をすうと冨田の前に進み出る。
「なんだ?」
見下ろされた富田は、頬をひきつらせた。
眉間に皺を寄せて身じろぐ様子に、失笑をこらえきれず、声を落として訊く。
「俺の愛犬、こんゆうはどこだ」
そうはっきりと訊いたら、冨田は目と口を大きく開いた。
きょとんとする様に、違和感を覚える。
かがみこみ、冨田の胸ぐらをつかんだ。
「うわ」
「お前がさらったんだろ! ま、まさか何かしたんじゃないだろうな!?」
「ま、まてまて落ちつけ! ち、父が面倒を見ているはずだ! 無意味に傷つけないからあ、あんしんしろ!」
「……っ」
その返事をかみしめて、夕都はその場にへたりこんだ。
脳裏にはじゃれつく柴犬の姿が浮かび、目頭が熱くなる。
夕都の様子が気になるのか、悠月が傍により、声をかけてきた。
「おい、何を泣く。大げさだな」
「泣きたくもなる! あの子は大切な子なんだ……記憶をなくしていた時に、傍にいてくれたんだから」
いま、こんゆうは危険人物に捕まっている。下手をすれば最悪な事態になりかねない。
焦りで心臓が激しく脈打つ。
うなだれていると、冨田のため息と呆れ声が聞こえた。
「全く犬ごときで。大の男がなさけない」
「……っ」
床に爪をたてて拳を握りしめる。
さまざまな想いが胸に去来して、ふつふつと強い感情が湧き上がり、ついに噴出した。
「ふざけるな! お前みたいに他人を簡単に利用するやつが政治家なんて、それこそなんてなさけない!」
激高して立ち上がり、冨田に吐き捨てる。
「な、なんだと?」
「身寄りのない子どもたちを利用するように久山をそそのかしたのもお前らだろう! 私利私欲のためなら他者の命なんてなんとも思わないような奴らが、犬の命を大切にするわけがない!」
断言すると、冨田も立ち上がって大仰に笑う。
夕都は歯をぎりぎり噛んで睨みつけた。
冨田は肩をすくめて吐き捨てる。
「まさか国を支配しかねん力を持つ男が、たかが犬一匹にここまで熱くなるとは。興ざめだな、なあ? 美作一族の子息よ」
突然話しを振られた悠月は、眉間に皺を寄せるだけで無言で佇む。
そんな悠月の態度などどうでも良い。
夕都は冨田に父親に連絡するよう迫る。
「本当にこんゆうが無事か確かめろ!」
鼻を鳴らして冨田はそっぽをむく。
その様子を見た悠月が口を挟んだ。
「無理だ。私達は連絡手段をたたれている。荷物は全て没収された」
「あの女、月夜の指示で坊主共にとられたんだ!」
「なっ」
その事実を聞いて、夕都は落胆する。
まさか、自分から冨田の父に連絡をいれるわけにはいかないだろう。
あまりにも個人的な理由すぎる。
床にうずくまり、こんゆうについて考えこんでいると、戸が開く音がした。
後ろから声が飛ぶ。
「どうした、泣いているのか」
「そ、そんなわけあるか」
一瞬心臓が跳ねたが、目元を指で触れて確かめる。涙は溢れていなかったので、安堵の息をついた。
ゆっくり立ち上がり、朝火に歩み寄る。
朝火は紺のスウェットを着用していた。
まだ髪の毛は濡れている。
夕都は冨田を指さして、憎しみをこめて言ってやった。
「あいつが俺のこんゆうをいじめたっていうからさ」
「こんゆうを?」
「は!? なんのつもりだ貴様!」
もちろん冨田はそんな事は一切話していないので、いいがかりだと怒りまくる。
せめてからかってやらないと、腹の虫がおさまらないのだ。
悠月が卓の後ろへさがり、部屋の隅で腕を組んで険しい顔つきをする。
朝火は冨田に顔を近づけて凄んだ。
端正で冷淡な顔立ちの男に、こうも顔を寄せて睨みつけられれば、冨田でなくとも狼狽えるだろう。
――動揺しないのは俺くらいだな。
内心でほくそ笑み、朝火に絡まれて困惑する冨田の姿をしばし楽しむ。
朝火は感情の読めない硬い声音で、冨田に質問をしていく。
「こんゆうをいじめたとは、どういう意味だ」
「いや、だからそれはやつの」
「まさかお前達親子は動物虐待の趣味でもあるのか? 人間にたいしても容赦がないというのに、下劣極まりない」
「ううぅぐ」
「何をしたのか白状しろ」
「うぐぐ」
冨田はまさにぐうの音も出ないというように唇を噛み締めた。
実際に、冨田親子は愛犬に何をしたのかわからないのだ。
朝火にこれだけ脅されれば、やましいことを白状するだろう。
「やってない! 父は犬は好きなんだ、私だってべつに……」
言いかけて朝火を見て、青ざめて口をつぐむ。
朝火はひとしきり冨田をにらみすえて、ようやく顔を離す。
振り返り、夕都をジッと見つめると、頭を振る。
夕都は苦笑で返した。
部屋の隅で傍観していた悠月が、おもむろに口をひらいて問うてくる。
「私の妹、茉乃はどうしてる」
「兄なのに知らないのか」
夕都は悠月を睨みつけて傍に寄った。
視線をそらされたが、しかたなく状況を説明してやる。もちろん貴一の様子も含めて。
悠月は目を見開いて、唇をふるわせながら、頭を下げた。
驚いた夕都に礼を告げる。
「妹を保護してもらって感謝しかない」
夕都は顔をそむけて視線を泳がせた。
朝火と目が合う。神妙な面持ちでこちらを伺っている。
夕都は悠月に視線を戻して、考えを巡らせた。
――悠月の残酷さは、野放しにしていたら危ない。
彼の人の心を呼び覚ますのは、妹の存在であろう。
数多の精霊人を手にかけた罪は重いが、今は協力者として傍に置くのが得策だ。
夕都は朝火に目だけやって、口元を緩めた。
「悠月、妹さんは神無殻が責任を持って守るから安心しろ」
そう力強く言葉をかけたら、悠月は小さな息を吐きだして、ゆっくりと頷いた。
今、敵とするのは、総理大臣であるのだ。
力を持つ者が一人でも多い方が有利なのは明白。
悠月と冨田にも、龍脈解放の計画を話す事にした。
夕都は風呂でさっぱりして、部屋着用にもらっていた作務衣に着替えて、部屋に戻る。
朝火と並んで座り、卓を挟んで座らせた二人に、丁寧に計画を説明するが、奇妙なものを見るような目つきをされる。
予想通りの反応をしたので、吹き出しかけるが、どうにかこらえた。
隣の朝火は、真面目な表情をくずさずに、大仏をどう運ぶかについて話しを続ける。
悠月が目元を吊り上げて声を張り上げた。
「お前達、私をおちょくるのがそんなに楽しいか」
「至ってまじめだぞ、朝火の目を見れば明らかだ」
「噴火口に大仏をつっこむ? 笑わせるな!」
冨田も興奮して耳を両手で塞ぐ。
夕都は朝火に耳打ちした。
(こいつらには話しても無意味みたいだな)
しかし朝火は首を振るので、夕都は様子を傍で見守ることにした。
しばらくの間、冷静な男の声と、怒り狂う二人の男の声が、室内にこだまして、熱気をただよわせる。
外はますます雪が降り積もり、時は刻一刻と過ぎていったのだった。
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