第14話〈動き始める影〉

 夜には月夜と凜花が高野山にやってきた。夕都も朝火も風呂に入り、身綺麗にしてから、いつもの服装に着替えて二人を出迎える。

 凜花が夕都に抱きついて泣いてしまった。


「ゆうとおっあいたかったよお〜〜〜!!」

「おおっ俺もだよ凜花」


 夕都は凜花の頭を撫でてなだめた。

 見慣れたボーイッシュな格好をしているので、懐かしさに口元がほころぶ。

 大して離れていなかった筈だが、すっかり妹のような存在となっているので、気にかけていたのだ。

 月夜が微笑みながら、コートを片手に声をかけてくる。


「お二人とも、疲労が顔に出てますよ? ちゃんと休みましたか?」


 夕都は朝火と視線を絡めてから、月夜を見て頷く。


「がっつり寝たよ。ははっ」


 苦笑いすると、月夜は目を丸くしてまたたいた。朝火が咳払いをする。

 凜花にせかされて卓をかこんで座り、みかんを頬張りながら話しあう。

 いささか緊張感がないが、ずっと気を張ると心身ともに悪影響を及ぼす。

 この感覚は、かつて高野山にて修行した成果ともいえた。

 瞑想やお経を唱え、心身を清め、迷いを払う。

 肝心な時に死力を尽くせるよう準備を怠らない。


「おなかすいたあ〜」

「もうすぐできるから、呼ばれたら食べてこい」


 そう説明したら、凜花は頬を膨らませた。


「なんでここで食べちゃだめなのお?」

「大切な話しがあるんだ。後で教えるからさ」


 夕都に頭をわしゃわしゃされた凜花は、頬を膨らませて目を細めるが、黙ってうつむく。

 ほどなくして、僧侶の呼ぶ声に凜花は元気よく返事をすると、外に飛びした。

 その後姿を見送り、夕都達はようやく話し合いに入る。

 朝火が思いついた大胆なアイディアは、意外にも月夜に受け入れられていた。

 月夜はみかんを食べる手を止めて、ある考えがあると話しを切り出す。


「昔ね、私を模した大仏が作られて、それを保管しているの」

「月夜を?」


 夕都は月夜から朝火へと視線を巡らせる。朝火は頷いて月夜に続きを促すように目を向けた。

 月夜はたんたんと事情を口にする。


「いま、私の御霊は“月讀神社”にあるけれど、そこに大仏があるの」


 夕都は首を傾げて想像をした。

 あの小さな神社のどこに大仏があるのだろうか。月夜が両腕をひろげて説明する大仏の大きさからすると、外に突き出ていないとおかしいだろう。

 ならば地下だが……と口を開きかけた時、月夜が声をあげたので、体がビクッとした。


「どうした、月夜」

「地震が大きくなってきてます」 


 月夜が見せたタブレットには、各地の震源地と震度が表示されており、朝火が覗きこむと、指でいじって画像を広げた。

 どれも微振動ではあるが、たしかに時間が経つにつれ、揺れは大きくなっているようだ。

 高野山の僧侶達は、夕都には体力温存が必要だと、協力を拒んでいる。

 のんびりするのは忍びないし、焦りも募るが、今はこうして龍脈を鎮める計画をたてて、策を巡らせるのが優先だろう。


 月夜がタブレットに大仏の絵を描くのを見つめつつ、どうやってマグマほどの灼熱にたえる大仏にするかを思案した。


「タングステンで大仏を作るとか、コーティングするとか」


 月夜が顔を振り否定する。


「あまりにも大掛かりだし、現実的ではないですね」


 その答えには、夕都はつい口を尖らせた。


「大仏を盾にするってのがそもそも突拍子もない発想だろ? めずらしく朝火が積極的に提案してきたから俺も乗り気だけど、難しいだろ?」

「そうか?」


 朝火が隣で目線を上向かせる。

 その目つきは子供がいいわけをするような様で、から笑いがでた。

 相当な自信らしい。

 夕都は首を傾げて腕を組んだ。


 ――昔もこんな事あったよなあ。


 思い出に浸る場合ではないが、朴念仁ではない朝火は貴重なので、つい昔と比べて口元が緩む。

 月夜と朝火は、大仏をいかに強化するかという話でもりあがっている。

 つい夕都のオタクな血が騒ぎ出す。


「ダイヤモンドはどうだ?」

「マグマにはたえられません」


 夕都の問いかけに、月夜が突き放すように顔を振った。

 朝火が顎に手をあてて目線を落とす。

 何やらつぶやいていて、二人の会話はすでに耳に入っていない様子だ。


 夜は更けていく。

 皆うつろになった頃、ようやく計画が整った。


 月夜が簡潔にまとめて、二人にSNSにて限定共有する。

 夕都はぼんやりする頭で中身を読み上げた。


「まず大仏を笠山に運ぶ。茉乃ちゃんの力を借りて、笠山に龍脈の力を集結させて、夕都がエネルギーを解放させて、大仏を盾にして身を守る」

「笠山はもう噴火はしない山なので、あくまでも龍脈のエネルギーだけを放出します」

「活火山をとめられるわけではないが、元の活動状況にもどせるというわけだな」


 月夜に続けて朝火が言葉を付け足す。

 夕都の脳裏に、淡い光が広がる。


 ――龍脈は、いまにも爆ぜようとしている。


「夕都」

「ん」


 朝火が呼びかける声に、意識を引きずり戻された。

 隣で朝火は目を瞠り、月夜は卓をはさみ、身を乗り出して様子をうかがっている。

 ふと月夜が口を開いて真剣な眼差しで言った。


「ところで、こんゆうちゃんの行方はご存知ですか」

「こんゆう!」


 つい声を張り上げてしまい、口元を押さえるが、月夜も朝火も真面目な態度を示してくれる。

 夕都は生唾を飲み、拳を膝の上で震わせた。

 月夜は既に冨田が僧侶に拘束されて、監視されており、状況を把握していると話し始めて、一通の手紙を差し出す。

 それを受け取り、戸惑いつつ目を通して見れば、ある大物の名前が記載してあり、あやうく取り落としそうになった。

 長い息を吐きだして、思考をまとめるよう努めた。

 頭をかいて、手紙を卓の上に丁寧に置く。

 朝火も目を通すのは始めてらしく、読み進めるうちに目を見開いた。

 読み終えてから、ぽつりと呟く。


「まさか、バックに総理大臣とはな」


 夕都は盛大にためいきをついて声をあげた。


「まあたしかにさ、冨田の奴に協力する連中はたかが知れてるし、こんな迅速に神無殻の情報網を利用するなんて、奴だけじゃできっこねえよな」

「この手紙はどこで」

「新幹線の中。結局相手に接触できなかったの」


 三人で考え込む。

 手紙には、今までのように影の世を支配する組織でいたければ、国の命に従えとある。

 龍脈の力を、国の力として行使する事が目的であるのは明らかだ。

 国側についている一族や組織は、どれほどの規模かも分からない。

 夕都はため息を止められず、卓を強く一度叩いた。


「今この時に国が絡んできた原因は俺だな。龍脈を操れるスサノオの童子が出現したからだ。でも、俺にはまだまだ修行が足りないし、奴らはきっと、龍脈について勘違いをしている」

「それはあり得るな」

「ええ。だからこそ、龍脈を使えば日本を、世界の頂点に君臨する大国にできるだなんて思うのです」


 月夜は、普段の子供っぽい様相はなりをひそめ、人々を見守る神の顔をする。

 立ち上がると、夕都と朝火を見据えて、語気を強めて言い放った。


「襲撃にそなえて、二人には剣術を身に着けてもらいます」


 剣術と聞いて、夕都は、朝火ならばすでに独自の剣技を習得しているし、夕都は基本的な剣技は身につけており、いざとなれば龍脈の力も使える。

 それに、相手が銃火器、兵器を使ってきたなら、剣術なんてなんの力にもならないだろう。

 そう疑問を月夜にぶつけたが、厳しい言葉をかけられた。


「貴方たちは表裏一体。力を合わせれば、ただの剣術がとてつもない力になるでしょう。わかっているでしょうそんな事は!」

「……っ」


 拳を振り上げて力説する月夜は、目を光らせて闘気を帯びている。

 夕都はおもわず朝火を見やり、目で助けをもとめたが、なぜか彼も立ち上がり、月夜に一礼したではないか。

 唇をかみしめた夕都も、ひとまずは腰を上げる。

 妙な雰囲気に背中がぞわぞわしてきたが、月夜に頭を下げた。

 頭に柔らかな手のひらがふれたかと思いきや、ある光景が流れ込んでくる。


 ――あつい。


 数多の達人が、刀を駆使して剣術を使う光景が波のように広がり、刃をきらめかせては消えていく。

 千年にもわたる時をこえて、武者達の剣術を、朝火と共に頭にたたきいれられた。

 夕都は、気を失いかけたが、朝火に背中をささえられてゆっくりと一緒に座り込んだ。

 荒い呼吸がひびいて鼓膜を震わせる。


 月夜が目の前にやってきてしゃがみ込み、穏やかな口調で告げた。


「今見せたのは、みな、スサノオの童子に関わる者たちばかりです。夕都、どうか彼らの声に耳を傾けて」


 そっと手を握られて、夕都は息を呑む。

 火傷しそうだと感じたのだ。

 ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 冷静さを取り戻し、これからどうするかについて尋ねる。


「剣術を身につける時間なんてないだろ? 龍脈を制御する僧侶達にも限界はある。俺がそろそろ本格的に力を貸さないと」

「それなら大丈夫です! 何せ貴一くんが龍脈の中で力を貸してくれてますから!」

「はあ?」


 満面の笑みを浮かべて手を叩くので呆気にとられた。

 貴一の魂はまもなくこちらに戻るはずなのに。困り果てて口走る。


「貴一の魂は、明珠が気づいて聖木から引っ張り出すはずだ。まさか、月夜、お前貴一に何かしたのか?」

「私はただお願いしただけです、もちろん危険をともなわない範囲で!」

「……おい」


 夕都は月夜を瞳を細めて見据えるが、舌を出されて、こめかみがひくついた。

 朝火はためいきをつくと、夕都の肩を軽くたたいて落ちつくように促す。

 仕方なく吐き出しかけた言葉を飲み込み、各々なすべき事にとりかかるよう、確認する。


 月夜は大仏の手配を、夕都は朝火と剣術の修行にはいることになった。

 政治界隈については、佐伯一族の主、つまりは貴一の祖父が対応するという。

 神無殻と複雑な関係である一族ではあるが、決して、私利私欲で権力を使うような主ではないと月夜は語る。


 ――まとまったな。


 夕都は朝火と視線を交わすと、口元を緩めた。




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