第19話〈血は誘う〉
吐き出した言葉に、どんな意味があるのか。
本当はわかっている筈なのに、頭に靄がかかっているようで、思い出せない。
唇を噛み締めて、柵を強く掴む。
柵がいななくように振動を始める。
皆の視線が一斉に柵に注がれて、瞬く間に柵にヒビが入った。
司東が険しい眼差しで声を張り上げる。
「夕都!」
「うわあああああ……ああっわああ〜んっ」
「り、凛花」
司東の声よりも、凛花の泣き声に驚いた。慌てて抱きしめて頭を撫でてやるが、凛花は夕都にしがみついてしばらく泣き止まなかった。
凛花のおかげですっかり冷静さを取り戻した夕都は、司東に今後について尋ねる。
ひとまずは久山を、知り合いの刑事に預けるという流れとなった。
「お前達! 必ず後悔するぞ! ひゃははは!」
「……っ黙れ」
わずかに開いた門から校庭側に足を踏み入れた夕都は、久山の態度を見て胸ぐらをわしづかむ。
その腕を白い手指が掴み、引き剥がした。
顔を向ければ、司東朝火の瞳と視線が絡んだ。燃ゆるように揺れている。
夕都は黙って腕を下ろした。
その日は、久山を拘束したまま、近くの宿に泊まり、状況を整理するために話し合う事になった。
遅い昼食がてら、大部屋にて料理を囲むが、ちっとも空腹を感じていない。
特に凛花は項垂れて、首元できりそろえた黒髪で目が隠れている。
宿に入ってから一度も会話をしていない。
司東が、向かいから視線を寄越し、阿久良村について話を切り出す。
夕都は凛花を見つめたまま、耳だけを司東の声に傾ける。
冨田と久山は手を組み、凛花達を利用して、邪魔者を排除していた事実。
阿久良村は、神無殻が監視しており、凛花達を保護しようとしていたが、それに気づいた冨田や久山が、凛花達の命をおびやかそうとしていたために、一旦手を引くしかなかった。
「言い訳ばかりだな」
「月折」
呼びかける司東の声を無視して、凛花を抱き上げる。別の部屋で休ませてやりたい。
「複製血を飲んだ教師と、男子一人が見つかっていない、気をつけろ」
硬い声音に返事はせず、凛花を連れて部屋を出た。
二階の部屋は貸し切りにされたので、奥の小部屋に身を滑らせる。
凛花はだまりこくり、瞳を赤く染めて夕都の袖を掴んで離そうとしない。
一緒に布団に入り、凛花が目を閉じて穏やかな呼吸を繰り返すのを見届けてから、起こさぬよう、そっと這い出た。
廊下に出たら、かすかな物音がしたので辺りを見回す。
足元に何かが落ちていた。
瓶詰めのそれは、あの複製血である。
――なぜここに。
手を触れた途端、夕都の思考はある事に執着した。
“自分を取り戻せ”
血が滴る小瓶を手にして、窓から外に飛び出す。
木を伝って地上に着地すると、振り返ることもなく、目的地へと向かう。
風を切りどれほど走っても疲労を感じない。
日が傾いてきて、西日が頬を照らす頃、あの神社の鳥居を再びくぐった。
巨石に堂々と立つ。
背後には、神主が控えている。
「覚悟はおありか」
問われて、頷いた。
血で満たされた小瓶を取り出して、一瞥すると、飲み干した。
凛花は夕都の姿がなくて、司東の元に走った。
ところが、あの大部屋には誰もいない。
その時、廊下から物音がして、身構える。部屋に飛び込んできたのは千桜だった。
凛花を見つめて頷くと、いきなり抱え上げて窓から颯爽と地上に着地する。
駆け出す風の強さに翻弄されつつ、凛花は千桜に疑問を投げた。
「どこにいくの? 夕都は!?」
「学校よ! きっと来る!」
千桜は木や民家の壁を蹴り上げて、凄まじい速さで走り続ける。
身を低くして風を切る様は、まさにくの一だ。
凛花は胸が熱くなるのを感じて、千桜にしがみつく。
脳裏には、かつて兄妹達と遊んだ記憶が蘇り、こらえきれない涙が風に弾けた。
学校に着くとやけに薄暗いと気づく。
夕方になってはいるが、空を見上げれば、やはり暗雲が立ち込めている。
門は開け放たれており、校庭に入ると地面が抉れていた。
凛花は千桜と手を繋いで、地面の抉れが続いている場所を追っていく。
着いた先は、体育館だ。
その前の通路には、血痕が残されており、それをさらに追う。
千桜が先頭となり、階段を上がる。
後につづく凛花は、金属音が擦れる音を聞いて、千桜に小声で話しかけた。
(誰か戦ってる)
千桜が懐からクナイを取り出す。
すらりとした手足を伸ばし、胸元を廊下にこすりつける勢いで低めて、隙のない動作で、音が響く教室のドアの前へ張り付いた。
凛花も壁に背を押し付けるようにして、教室の中を伺う。
金属音は三つ。
獣がうなるような声音が二つ。
それを迎え撃つ男の忙しない呼吸音が一つ。
「司東さん」
千桜がつぶやきと共に、教室のドアを蹴破った。
「加勢いたします!」
「千桜!」
返事をした声は、たしかに司東のものだ。
「お姉ちゃん!」
凛花もナイフをポシェットから取り出すと、教室へと駆け込む。
目の前に広がる光景に息を呑んだ。
虚ろな目をした熊のような男と、端正な顔立ちの男子が、それぞれ刀を手にして、司東と刀身をぶつけあっていたのだ。
異様な二人の背中を、今まさに千桜が、クナイで刺突を食らわせようとしていた。
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