第18話〈奪われた希望〉
門の前で目を白黒させる中年男を見つめて、夕都は目を見開いて彼に尋ねた。
「すみません、学校の方ですか」
「だ、だったらなんだ!?」
メガネの中年男は、やけに期限が悪そうである。
夕都は件の生徒について訊いてみた。
「先生なら、生徒の顔わかりますよね、このキーホルダーについて見覚えありませんか?」
凛花から手渡されたキーホルダーを、男の顔の前にかざす。
教師と思われる男は、頬を引きつらせて、険しい形相となって叫んだ。
「いらん! こんなもの!」
「あ!」
キーホルダーを振り払われて、足元に落下する。
さすがに腹が立った夕都は、教師を睨みつけた。
「あんた教師のくせに。随分と乱暴だよな、名前は」
「なんだと? わ、わたしは教頭の久山だ!」
「「久山!?」」
夕都と凛花が、同時に男の名を叫ぶのも無理はない。
“久山”が凛花の兄弟を監禁しているのかもしれないのだ。
夕都は、久山の爬虫類のような顔を見据えて、声を落として尋ねる。
「あんたに訊きたいことがあるんだけど、この子くらいの年齢の子供達をしらないか? この子の兄弟なんだ」
久山は柵に少しだけ近づいて、凛花をじっくりと見つめた。
眉根を潜めて頬を引くつかせると、顔を背ける。
「知らんな」
「本当か?」
夕都は久山から目を離さず、隙をついて、柵から手を伸ばして久山の腕を掴んだ。
奇妙な悲鳴を上げる久山を無視して、凛花に縛るものはないかと声を張り上げるが、凛花は困り顔で叫ぶ。
「なんにもないよ!」
「どうするか……」
「これで良いだろう」
すっと伸びてきた手が、久山の手首と柵を、手錠で繋げた。
夕都は唖然として、手錠を久山にかけた男の姿を見つめる。
すらりと背の高い端正な顔つきの、眼鏡の青年――司東朝火が、久山を睨みつけていた。
夕都は、唐突な司東の出現にむせてしまう。
咳こむ夕都の傍に、凛花が歩み寄り、しがみつく。
「き、貴様あっな、なんのつもりだ!」
怒り任せに声を荒げる久山を、司東が一瞥すると、冷たく言い放つ。
「罪人を捕まえただけだ。何が悪い」
罪人という言葉が気に食わなかったらしい久山は、目をカッと開いてさらに声を張り上げる。
「私は犯罪者ではない!! そ、そうだ!! 国の、この国の為に、やったんだあ!!」
「……っ」
手錠を引っ張りながら、目を血走らせてわめくその様は、今から処刑されるかのような勢いだ。
夕都は胸の悪くなる感覚に頬がひきつれた。
ふいに凛花の声が耳を震わせる。
すっかり久山と司東のやり取りに夢中になり、凛花から意識がそれていた。
夕都が凛花の示す先を見つめると、校舎の方から女が歩いてくる。
傍にきた彼女は、夕都と同じ身長百七十センチ以上はありそうだ。
夕都達と、捕まっている久山を、交互に見て、凛花に視線を注ぐと釘付けになる。
凛花はきょとんとして、口をあけて彼女を見上げた。
「美作一族の従者、くの一の、
――くの一!!
まさか本物を見れるだなんて。
夕都の脳裏には、すっかりくの一美女が手裏剣やらを投げつけて、颯爽と屋根をかけまわるアニメ絵でいっぱいになる。
千桜は、司東を見つめて顔を赤らめてうつむいた。
「……しぶりです、ぁさひさん」
消え入りそうな声で挨拶をする千桜に、司東はいつもと変わらぬ様子で対応する。はたからみれば、若い女性が男に威圧的な態度をとられて困り果てているように見えた。
二人の空気に染まっていたが、久山がまた荒い口調でわめきはじめたために、一気に不穏な雰囲気に変わる。
「こ、この女! 体育館で何をしていた!? あいつらをどこにやった!?」
夕都は状況が飲み込めず、ひとまず傍観するしかない。
千桜が久山をねめつけ、棘のある声で言った。
「お前が子供達にやった事は、万死に値する」
息を呑み黙り込んだ久山は、青ざめて歯を鳴らす。
夕都は、千桜の言葉の厳しさに心臓が早まる。凛花を見やると、やはり顔を曇らせていた。
柵を両手で握りしめて、小刻みに震わせている。
司東が、千桜に落ち着いた態度で問いかけた。
「何があった」
千桜は懐から取り出した物を、柵越しに司東に手渡す。
それは小瓶であり、何やら赤い液体で満ちているようだ。
思い当たる物を考えると、背筋がゾクリとする。
司東は中身をじっくりと見据えてから、夕都に差し出すので、小瓶を受け取り、中身を見たら意表を突かれた。
赤い液体はやはり血のようだが、人の顔のような物が浮かび上がっていたからだ。
実際には、模様なのだろうが、目を背けたくなる。
「これは、なんなんだ?」
「……私が、村を離れていたすきに……あの子達、この男に……」
――千桜が声を落として告げた言葉は、夕都と凛花を絶望に導く言霊にほかならない。
凛花が柵をこわしかねない勢いで体当りして絶叫する。
「嘘だよ!! みんな無事だよね!? お姉ちゃん!?」
千桜は凛花に視線をあわせるように屈んで、ゆっくりと顔を振った。
項垂れて同じ言葉を繰り返す。
「ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい」
「そ、んな」
千桜は、たんたんと何があったのかを話しだした。
凛花が村を離れていた間、千桜は密かに子供達を護っていたのだが、つい先日、隙をつかれて久山に子供達を捕らえられてしまい、餌食になってしまったという。
「この血は、あの子達から取り出された、スサノオの童子の複製血です」
“複製血”
「ふくせいけつ?」
夕都は呟いた途端、全身の血が沸き立つような感覚に困惑しながら、自然と憎悪の声を絞り出していた。
「よくも俺たちの血を利用してくれたな」
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