第17話〈殺気立つ女〉

 飛羽高等学校、教頭室。

 久山は、結局一睡もできぬまま月曜日の朝を迎えた。


「まったく! なぜ奴らから連絡が来ないんだ!?」


 苛立ちがおさまらず、部屋の中をうろついて、チャイムが鳴ると、理科室に足を運んだ。

 床の下には、大切なものがしまってある。

 久山は床の蓋を開けて、中身を視認すると息を吐いた。

 試験管には並々と赤い液体が詰め込まれており、手を付けられた形跡はない。


 顔をあげて壁の時計を見やる。

 とっくにチャイムは鳴り終わり、生徒達は教室に入ったはずだ。

 ひとまずは、生徒達の様子を見に教室へと足を向けたのだが、周りを見回して耳がピクピクする。

 久山は顔をしかめて、廊下から教室を覗き込んだ。


 その光景を見た久山は、目を見開いて開いた口を閉じられなくなる。

 すっからかんだったのだ。


「な、なんだこれは!」


 窓をたたいてドアを引いて中に突き進む。

 生徒の影も形もない。

 ここは一学年であるから、最近不登校の生徒達が目立つ。

 他の学年はどうだ、と階段をかけあがる。

 二学年の教室もくまなく確認し、三学年の教室もしつこく確認し、教室の隅で膝をつくと、力なく呟いた。


「もぬけの……からだ……」


 こんな小さな声さえ響くほどに、学校内は静まり返っている。

 久山は、両の拳を膝の上で震わせて口走った。


「生徒は千人はいるんだぞ、そ、それが一人も?」


 ある予想を導き出し、膝をたたいて勢いよく起きあがり、駆け出す。

 二階の奥の職員室に飛び込んだ。


「先生……!?」


 がらんとした職員室内を、久山は小走りに回るが、人っ子一人もいない。

 歩調をゆるめて生唾を飲み込みながら、職員の机の引き出しを片っ端から中身を確認する。

 手を突っ込み、紙類を漁るが、目当てのプリントは見当たらない。

 紙を握り込み、呆然と立ち尽くす。


「な、なんてことだ、臨時休校でないなら、なぜ」


 ――軽快な音が校舎中に鳴り響いた。


「ひい!」


 放送を告げる音色がやむと同時に、女性のかたくるしい声が鼓膜を震わせた。


『教頭先生、体育館に来られて下さい』

「だ、だれだ」


 聞き慣れない声音にメガネのずれを中指でなおしつつ、体育館へと歩を進めるが足取りは重い。

 まるで大蛇に飲まれる獲物の気分で廊下を歩いていく。

 体育館に入るが、すでに歯の根があわず、震える身体と一緒に呼吸をするのがつらい。

 足を二、三歩ふみこんだとき、女の声が響き渡った。


「久山、観念なさい」

「ひう!?」


 凛とした声だが、棘が含まれているのは明らかだ。

 久山は、前方を見やる。

 あの倉庫の前で、長身の女が腕を組み立っていた。

 後ろの黒髪は首もとで結き、耳を隠す左右の髪は胸元までのばしている。

 白のワイシャツに黒い短パンをきこなしているが、すらりと伸びた両足は、黒タイツで肌をしっかり隠していた。

 黒いブーツをはいている。

 男なら、だれもが舌なめずりをするような女だ。

 久山は生唾を飲むが、女の異様な殺気に気圧されてしまい、動けない。

 かろうじて唇をうごかす。


「な、なんだ、おまえはっぶしつけに」


 久山の呼びかけにも女は動じず、瞳は険を帯びる。

 強い視線に射抜かれた時、突然目の前に何かを投げつけられて、とっさに頭をふせてかわす。


「ひひいいっ」


 恐ろしいスピードのそれは、脳天の無数の髪の毛を霧散させた。

 女は革手袋をした手で、回転しながら戻った凶器を掴み、厳しい顔つきで声を上げる。


「己の罪を悔いて、命を差し出しなさい」

「な、なんだとお」 


 久山は女が言い放った内容から全て知られていると悟り、慌てて体育館から飛び出した。

 待ちなさいと怒鳴りつける声を無視して、庭に走り出て裏門に突撃する。


 その門の前に、人影が現れた。


「ひぎゃ!」


 久山は、予想外の事態に両足に力を入れて急ブレーキをかけるが間に合わず、柵に激突した。


「うわ」

「なんだ?」


 久山は顔面が痛む最中、驚いた少女と男の声を聞いた。

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