第16話〈秘事の断片〉

 神主の住処に招かれた夕都と凛花は、奥の座敷に上がる。

 夕都は、部屋に広がる独特のニオイに鼻がひくついた。

 なんとなくお線香のニオイに似ている。

 座るように案内されて、コタツに足を入れて腰を落ち着けた。

 神主の容態が気になるが、問題ないと言い張るので、お茶や菓子を素直に受け取る。

 向かいに立ったまま神主は語り始めた。


「貴方のお名前は、月折夕都と申されませんか」

「え、どうして俺のことを」


 神主は一年ほど前に、司東と名乗る男と会ったと話し出す。

 夕都の心臓が早鐘を打つ。

 息を呑み、顔を突き出すと、神主は瞳を伏せて話を続ける。


「司東さんがお話された方の特徴が、あなた様にそっくりなのです」

「な、なんて言ってました?」

「貴方に決して話さぬようにと言われていましたが、私はあえてお話するべきだと思いました」


 神主は決然とした声音を発して顔を上げた。視線を夕都の隣、凛花へと向ける。

 その瞳を、凛花はまっすぐに受け止めて背筋を伸ばした。

 神主は頷き、後ろの棚から何かを取り出して、テーブルに広げて見せた。

 それは日本地図なのだが、赤い線が引かれており、特定の場所を囲んでいる。

 夕都は、なんとなく見覚えがあるような気がして、神主に目線をやった。

 神主は、頬をゆるめて穏やかな声音で告げる。


「これは、光の線です」

「光の線?」

「あ! レイラン!」


 凛花が叫んだその言葉に、夕都の脳内に閃光が走った。


 レイラン――自分はそれがなんなのかを知っている。


 同時に、とても重要なものだとも認識していた。

 夕都は思うままに淡々と言葉を吐き出す。


「レイラインは、聖地をつなぐ直線であり、龍脈とも呼ばれて……」


 呟いた途端、数多の光景が脳裏に浮かびあった。


 ――!


 夕都の眼の前には、無数の文字が広がる。

 真っ白な紙や、日焼けしてくすんだ色の紙に書かれた文字達は、漢字、ひらがな、あるいは絵のようなものまで実に多種多様ではあるが、その意味を理解できた。


「カタカムナ」


 自然と呟いたひとつの言葉を、胸の内で噛み締める。

 ふと息を呑む声がしたかと思えば、神主が夕都に向かって声をかけた。


「ところで、こちらへは何のご用事で」


 そう尋ねられた夕都は、視線を凛花に移す。

 凛花は夕都を真顔で見つめている。

 いつもの澄んだ瞳を向けていたが、ふいに瞳を伏せてしまう。

 夕都はこの人なら話して大丈夫だと考え、事の仔細を伝えた。

 神主は深く頷き、憂いに満ちた眼差しで語り始める。


「月折さん、あなたは、神無殻をよくご存じのはず」

「は? かむから? それは、あいつの……」


 司東朝火が所属している怪しい組織だ。

 首を傾げて目線を泳がせると、凛花と目線が交わる。

 凛花に司東について詳しく尋ねるのを忘れていた。

 思えば、凛花は、司東がどんな人間なのかを知っているような口ぶりだった。


 神主の話が続けられたので、ひとまず疑問を飲み込む。


「神無殻は、影の存在を監視する役目を担う、強大な組織です」

「強大な組織、ですか」


 神主は凛花を見つめて、すうっと瞳をほそめて問うた。


「お嬢さんの持つ、そのキーホルダーは、飛羽高校の弓道部のものでしょう」

「え」


 指摘された凛花は、ポシェットからキーホルダーを取り出してかざした。

 目を丸くして神主を見据える。


「どうしてわかったの?」

「実は、影というのは、身近に存在しております故、司東さんはその飛羽高校のある者を監視していたのです」


 凛花の疑問には答えずに、神主は重要であろう人物について告げた。

 なんでも、飛羽高校の教頭である久山という男が、生徒を利用して悪巧みをしているという。

 凛花は、ある男から指示を受けていたが、正体は知らいまま、あの村で任務をこなしていたと話す。

 その為、久山については知らないようだ。

 久山が凛花の兄弟を連れて行って監禁しているのではと予想する。


 夕都は己について疑問を抱いた。


 そもそもなぜ自分は、凛花達を迎えに来たと言ったのだろう。


「月折さん、貴方が見た御方は、スサノオ様かと思いますよ、だからこちらへいらっしゃったのでしょう」


 神主の声には、確信したというような意思を感じられて、夕都は頷いた。

 スサノオを見たとき、発したあの力については話をしてはいなかったが、どうやら、神主は見透かしているようである。


 目線が交わると、神主は笑みをたたえて話す。


「あなたには不思議な力を感じる」


 夕都は頭を振るが、神主は吐息と共に肩をすくめる。


「昨夜、不思議な力に魂を吸われるような感覚になり、体調が悪くなりましてな。貴方に会えて良かった」

「……っ」


 その言葉を聞いた夕都は、呼吸が一瞬苦しくなった。

 唇をかみしめ、両手を見つめる。

 凛花が立つと、声を張り上げた。


「その、久山にあいにいこう! みんなが捕まってるかもしれない!」

「そうだな!」


 毅然とした物言いに、夕都も腰を上げて、同意を示した。

 神主に飛羽高等学校の場所をききだして、別れとお礼を伝えて、凛花と共に石上布都魂神社いそのかみふつみたまじんじゃを後にした。


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