第14話〈襲撃者〉

 夕都は、布団の中で外から放たれるこの気配が、殺気だとは理解していたが、どこか迷いがあるのを察した。

 その証になかなか攻撃をしかけてこようとはしない。

 頭を動かして、凛花達を見やる。

 凛花は大きな目をぱっちりさせて、夕都に微笑んだ。

 やはり、凛花も気づいていた。

 夕都は凛花に目配せをすると、そっと布団から這い出る。

 窓に背中をはりつけて、外の気配を探り、玄関へと歩を進めると身をかがめた。

 外の気配は。一人は玄関、一人は庭。

 何やら右往左往している様子で、夕都は苛立ちを覚える。

 凛花も肩透かしをくらったとばかり、首をひねっていた。


 ふいに床が軋む音が鼓膜を震わせる。

 夕都は息を呑んで振り返った。


 ――しまった!


 そう思った時には、すでに背後に花代の姿が迫り、何かをぶちまけられていた。


「ごめんなさい!!」

「うわっ!?」

「夕都!」


 花代の悲壮な叫び声と、凛花の驚愕の声が重なる。視界は液体をかけられた衝撃で真っ暗になり、やけに顔中が熱い。

 たまらずその場に転がり、何か拭くものがないかと辺りを手で弄るが、急激な痛みにまで襲われて手足を暴れさせた。


 凛花が花代と揉める声と、殴りつけるような音が轟く。

 外から刺客が突撃してきたのだ。

 凛花が心配で、夕都はどうにか起き上がると、手探りでこちらにひっぱろうとするが、空気をふるわせるだけだ。


「凛花!」


 たまらず叫ぶと、怒声や刃物がぶつかりあう音が、離れた場所から聞こえてくる。

 凛花が敵を庭に誘導してくれたのだ。

 部屋には、夕都だけが取り残されているらしい。

 床に手をついて這いずりながら窓に手をかけ、どうにか開く。

 冬の夜気が、身を凍らせるように突き刺さり、肌がわなないた。

 怒号が冷気に熱を与える。


「いい加減はなせ! ガキが!」

「ふんだ! そんなへたっぴな剣術でぼくを倒せるもんか!」

「時矢くん危ない!」


 凛花が優勢らしいが、助けなければ危ない。

 地面を這いずりながら移動するので、膝やら肘やらが、衣服越しにすりむけて痛みが走る。

 顔面も熱くて、痛みで痙攣をはじめており、叫ぶこともままならない。

 口を大きく開いて息を思い切り吸い込む。その時、顔面にかけられた液体がうごめいて、口の中に流れ込んだ。

 夕都は苦くて濃すぎるその味に、舌先が痺れていくのを感じてえづく。

 全身が強張り、一瞬頭が真っ白になる。

 意識が朦朧としてきた。


 目の前が、別世界となる。


 積み上げられた岩の上、さらにその向こうには巨石いわくらが見えた。

 その上には偉丈夫が仁王立ちしている。

 衣と褲の上下を帯で固定した、衣はかまを身にまとう大男だ。

 突然大笑したかとおもうと、大剣を抜き放ち、天へと飛ばす。

 大剣は空で砕け散り、流星となって日本中に降り注いだ。


「夕都!」

「……凛花」


 必死に呼びかける少女の声に、夕都の意識は切り替わる。


 ‘’我が民を守らなければ‘’


 月明かりに照らされて、三人の子供達が見えた。

 一人はまだ年端もゆかぬ刃を手にした少女、一人は年頃の女子、一人は刀を手にして振り回す勇猛な男子。


 だが、その殺気は偽りだ。


 手のひらを男子に向けて翳す。


「夕都!」


 飛びつく小さな身体を引き寄せて、天へと向かって咆哮する。

 手のひらが灼熱のごとく熱くてたまらない。


 ――それでも咆哮はとめられない!


「あ゛あああああああぁあああっ」

「ゆ、夕都お」


 しがみつく凛花をしっかりと抱きしめて、右手に出現した光の剣を、少年へと投げつけた。

 ――正確にはその頭上へ。


「時矢くん!」


 花代が時矢と呼んだ少年は、光の剣に吹きとばされ、木の幹に背中を打ち付けて、動かなくなった。

 夕都はその場にへたり込み、呼吸を整える。

 凛花が少年を呼ぶ悲痛な声が、夜闇に響き渡り、だんだんと遠ざかっていく。

 夕都は膝をつき、頭を垂れているため、二人の状況はうかがえない。

 凛花が気づかって背中をさすっている。

 荒い息をつきながら問いかけた。


「怪我はないか、凛花」

「うん。大丈夫だよ、夕都は?」

「もう少ししたら、落ち着く……あの子達は」


 凛花は行っちゃった、とぽつりともらす。

 しばらく休んだ後、ようやく呼吸が整って、彼らがいた庭の場所を探った。

 そこには、小さな木製のキーホルダーが落ちていた。

 凛花とともに部屋に戻り、照明の下で確かめる。



「飛羽高等学校弓道部 河ケ谷時矢」


 日付入りでそう記されていた。

 夕都は、重要な手がかりであると凛花に伝えて、今後について話しあった。



 花代は、気絶した時矢を引きずりながら山道を下っていたが、時矢の足が強く地面にこすりつけられているのを見て、いったん横たわらせて、肩に担いで再び歩き出す。

 時矢が握りしめていた刀が、地面に落ちたのを見て、花代は足を止めて蹲った。


 とめどなく涙が溢れてくる。

 頭を何度も振るが、ため息ばかりついてしまう。

 唇を噛み締めて、静かに呼吸を繰り返している時矢を覗きこむ。

 苦悶の表情を浮かべている顔を見るに、悪夢に魘されているのではないかと心配になり、身体を揺さぶる。


「時矢くん、大丈夫? おきて」

「……ん、う」


 花代は時矢を起こすのに夢中で、背後に近づく足音には気づけなかった。


「そこにいるのは、誰だ」

「……!」


 その声をきいて、花代は凍りつき、微動だにせず、息を殺したが、おもむろに時矢を抱きしめて、悲鳴を上げる。


「誰か! 助けて!」


 花代の叫声は、夜の山にこだました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る