第13話〈オタク友達〉
夕都の記憶は巡り巡った。
秋葉原に住むようになってすぐ、神の生まれ変わりである、双子の
ちなみに、彼はオタクコミュニティー“推し
アニメ二期が始まるやら、カフェが開催中なので共に参戦しますかやら、オタク話をしていたら、すっかりオタ活をしていた時を思い出せた。
どうやら彼は、夕都が件の神田明神の事件にあった後、病院にお見舞いに来てくれたようだ。
その時に、うわごとで、限定フィギュアを求めたらしくて苦笑した。
「ほんとうにありがとう。今度あった時、金返すよ、お礼もする!」
『いやいや。まだお喜びになるのは早計ですぞ! 実は、フィギュアの持ち主はですな……』
「うん」
『……四……、の……っ』
先の話が楽しみだったのだが、急に雑音が混じり、鷲の声がきこえなくなる。
夕都は口を開けてかたまった。
耳を澄ませても、けたたましい雑音しか聞こえない。
何度も呼びかけるが、返事はなかった。
仕方なく通話を切るが、鼓動は早まり、視線を泳がせる。
隣で様子を見ていた凛花が、目を丸くして話しかけてきた。
「今のお兄ちゃん、僕たちと遊んでくれた、鷲お兄ちゃん?」
「知ってるのか?」
凛花がはっきりと、鷲の名を口にしたので、顔見知りだと確信する。
何か思い出さないかと、鷲について凛花に訊き出した所、アニメのフィギュアについて盛り上がっていたという。
凛花が鷲と遊んでいた記憶も朧気にあった。
腕を組み、しばし考え込む。
ならば、自分の記憶はいったいいつ頃おかしくなったのであろう。
てっきり、凛花たちとこの村で半年すごして、秋葉原に行って、あの子が神田明神で斬られ、凛花とともに埋葬した後だと思っていたのだが……。
少なくとも、秋葉原には三年は住んでいる。その間に、鷲とも交流は続けていたようだし。
「ねえ、家にいこうよ」
「おっ?」
強く袖を引っ張られて、意識を現実へと引き戻された。
凛花がまん丸い目を、不安そうに揺らしている。
夕都は息を呑み頷いた。
「そうだ! 家にいこう!」
顔を振って凛花を抱えて、大木から飛び降りた。
地上から大木を見上げると、ゆっくりと息を吐き出す。
凛花をおろし、朧気な記憶も頼りにして、リュックを拾って家を目指す。
生い茂る雑草に覆われるかのように、古民家が鎮座していた。
窓は締め切られており、玄関の引き戸も冷たく閉ざされている。
夕都は引き戸に手をかけてみるが、開かない。
鍵はないかと凛花に尋ねるも、首を振る。
腕を組み、思案していたら、突然凛花の呼び声がしたので、辺りを見渡した。
いつの間にか凛花が裏へと回っている。
勝手口が開いていて、足を踏み入れると凛花が飛び跳ねていた。
勝手口の前の土には、足跡らしきものがついているので、何か、獣が中にいるのかもしれない。
夕都はまず、自分が先に中に入り、異常がないか確認したが、台所、土間、居間も変わったところはないものの、見るからに誰かが、つい先日まで住んでいたような痕跡がある。
丁寧に布団が積み上げられていたり、食器棚には、大小のコップやら茶碗やらが、重ねられていた。
大人用、子供用であるのは間違いない。
掃除も行き届いており、生活感が滲み出ている。
まるでここで休めと言わんばかりな状況に、苦笑が漏れてしまう。
笑った事を凛花に気づかれた。
部屋の中を見回して、皆がいないと不安そうに叫びながらも布団にダイブする。
兄弟が使っていたもので間違いないようだ。
凛花も、夕都を捜して数年帰らなかったために、家の状況が把握できていなかったのだ。
こんな小さな子が、一人で彷徨っていたなんて。
よく無事でいてくれた、と拳を握る。
兄弟の行方はしれない。
今夜はひとまず休み、周辺を探ろうと凛花に話した。
リュックに詰め込んでいた食料や飲料は残り少ないが、昼と夜、あるだけ凛花に食べさせないと持たないだろう。
遅い昼食を準備していると、何かが聞こえてくる。
凛花が身を低くさせて耳を澄ませた。
夕都もレトルトのパックを開けようとしていた手を止めて、意識を集中させた。
それは、か細い呼びかける声だとわかる。
夕都は腰を上げて、玄関に向かう。
古民家の床は歩くたびに軋み、耳障りな音を立てた。
引き戸の外には小柄な人影があり、頭を下げながら精一杯の様子で声をあげていた。
引き戸を引けば、そこには、華奢なおかっぱボブ頭の女子が、目線を落として同じ言葉を繰り返している。
「すみません! 道に迷いました、と、泊まらせてください!」
「あの、どうしました」
明らかに高校生くらいの女子だが、見るからに清楚で礼儀正しい様子に、自然と敬語で話しかけていた。
女子は悲鳴を上げたかと思えば、夕都の顔を見て、さらに身体を震わせてその場に座り込む。
夕都は目を見開いて女子を見つめる。
視線に気づいた彼女は、垂れ目で可愛らしい顔を赤らめて叫んだ。
「す、すみません! わ、わたしったら!」
「いや。随分疲れてるみたいだね、休んだほうが良いよ」
夕都は笑い声をあげたくて仕方なかったが、悪意はなさそうだと感じて、すんなりと部屋に通してしまった。
凛花がきょとんとして客人を見つめて、クッションの上に立つ。
女子はぎこちなく微笑むと、ぺこりと頭を下げて名乗った。
「は、はじめして、比島花代と申します」
「僕は凛花だよ。お姉ちゃんは、村に遊びに来たの? 危ないよ?」
凛花のさも当たり前といった物言いに、花代は頬を膨らませて押し黙る。
夕都はその様子を見つめて訝しむ。
――何かしかけてくるか?
いきなり花代は、凛花の両手をとり、涙ながらにわめきはじめた。
「そりゃおめぇもおなじじゃろ! なんでこねーな人とおるの!」
「へ?」
花代が突然方言を使ったので、一瞬なんと言ったのかわからなかったが、どうやら、凛花に夕都のような大人といるなと、忠告したいらしい。
苦笑しつつ、目線を上げて思案する。
――この子は悪い子じゃなさそうだ。でも、こうしてわざわざ姿を表したのには、理由があるはず。
凛花と花代の明るい声に意識を戻す。
二人はじゃれあって、枕を投げあって遊んでいた。
夕都は、子犬みたいにじゃれあう二人をしばし唖然として眺めた。
落ちついた後、花代は友人を捜していたら、いつの間にかこの村に迷い込んでいたのだという。
山の夜は危ない。今は心意を探らずに、泊まらせることにした。
花代のおかげで、凛花の不安が紛れた様子なのもあり、内心で感謝する。
午前零時をまわる頃、夕都は二人が眠る場所から離れた先で布団に潜り込み、周囲を警戒した。
ほどなくして、家の回りに何かの気配を感じて、いつでも飛び出せるよう、布団の中で身体に力を入れた。
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