第12話〈阿久良村へ〉

 久山は、日隅が暴走したのではないかと冷汗をかく。

 胸に手を当てて、弥太を貫いた後の様子を観察するが、どうやらまた眠ったようだ。

 先程起き上がり、姿を見せたのは、一体なんだったのか。

 すぐに確認にくれば良かったのだが、恐怖心にかられてしまった。

 河ケ谷が、東と比島を見据えて呆然と立ち尽くしている。

 気の荒い性格の河ケ谷は、やはり怒りを露わにした。


「教頭! 日隅と東先輩に何しやがった!!」


 激高して拳を振り上げて襲いかかるのを、久山は慌ててしりもちをついて転がって避ける。

 このままボコボコにされてはたまらないと、焦りながら話を聞くよう声を上げた。


「待て待て待て! 話をききなさい!」

「うるせえ! よくも東先輩を殺しやがったなああ!!」

「うわああっ」


 乱暴に両手拳を振り回して、半狂乱になる河ケ谷から逃げ惑う。

 久山は、あひあひと忙しない呼吸を繰り返して、視線を東と比島へと向ける。

 比島は、嗚咽を漏らしながら何事かを呟いているようだ。

 今にも河ケ谷の拳が、脳天に直撃しようかという瞬間、久山は絶叫した。


「比島が東と同じ運命を辿ってもいいのかあ!?」

「な、なに!?」


 河ケ谷は動揺する声を発して、拳を久山の頭の上でとめた。

 恐る恐る様子を伺うと、唇を噛み締めて血をにじませている。

 久山は、今畳み掛けるしかないと、思うままに脅しにかかった。


「日隅にやられた者が流す血には、異常な成分が入っているんだぞ、比島まで犠牲にしたくなければ、処理を手伝え!」

「……っこ、この野郎!」


 河ケ谷は胸ぐらを掴んで凄むが、やはり比島を庇って拳を繰り出せない。

 久山は、若干気持ちに余裕ができたので、頬が緩む。気が大きくなり、胸ぐらをつかんだまま震えている、河ケ谷の手を引き剥がす。


「私の指示に従いなさい、河ケ谷」

「……っああああっ」


 目と口を開いて咆哮する様に怯んだが、河ケ谷は腕をだらりと降ろした。

 久山は内心でほくそ笑む。


 ――よし。邪魔者は消すのが得策だが……。


 三人の生徒を見回して、口元を歪めた。



 時刻は、正午を過ぎようとしていた。


 夕都が凛花と共に目指す阿久良村あくらむらは、ある山に位置する。

 岡山駅から、金甲山きんこうざん登山口へと向かうバスに乗ること、四十分ほど。

 無事に登山口へと辿り着いた。 

 夕都の背丈より若干低い、“怒塚山いかづかやま、金甲山登山口”と書かれた木が、地に刺さっている。

 夕都は、まさか登山をする羽目になるとは予想していなかったのだが、その考えは間違っていないのだとすぐに知れた。

 凛花は、登山口を少し歩くと、道から逸れて、鬱蒼と木々が生い茂る中へと突き進んだのだ。

 夕都はその後を追う内に、頭痛を覚えて顔をしかめる。

 脳裏で、記憶の断片が形をなそうとしているが、出現しようとするのを、頭痛が阻む。

 草木に足を取られる度に、転びかけた。

 凛花が夕都の手を引いてくれたので、まともに足を運べるようになる。

 やがて道は開けてきて、細くなり、鳥居が現れた。

 獣道の先に、こんな立派な鳥居があるとは。

 目を見開いて凝視する。

 ある予感が胸を支配した。


「……知ってる」


 思わず呟いた言葉を聞いた凛花が、大きく頷く。


「そうだよ! この鳥居をくぐれば、ぼくたちの村だよ!」

「村……」

「うん! 阿久良村!」


 凛花に言われた村の名前をなんども呟きながら、ゆっくりと鳥居をくぐる――瞬間、脳裏に数多の記憶が蘇った。

 凛花達と確かにご飯を食べたり、遊んで過ごしたのだ。

 夕都は凛花を抱き上げると、走り出す。

 凛花が首に腕を回してころころと笑う。


「どうしたの〜?」

「思い出した! 俺と君は、君たちとは、たくさん遊んだな!」

「あはは!」


 風を切って駆け抜け、途中で屋根に飛び上がり、リュックを放って大木の幹へと跳躍する。

 一気に先端まで飛び上がると、太い枝の上に足を落ちつけた。

 隣に凛花をおろして、山々を眺め渡す。

 燃ゆる紅に、黃や緑といった斑が、見事な秋景色を広げている。

 凛花にも見るように話すと、枝に座り、足を遊ばせながら口をとがらせた。


「こんなの、見飽きちゃったよ」

「そうなのか。まあ、毎年こんな立派な紅葉が見れるなら、飽きるのも仕方ないか」


 得心して頷くと、凛花に袖を引っ張られて、自分も腰を下ろした。

 ふと、立派な大木だなあと、今更に驚嘆する。

 自分は、何の躊躇もなく、忍者のようにこの大木を駆け抜けた。

 首をひねっていたら、凛花が笑いながらいう。


「こうやって僕たちを、この木に乗せてくれたよね!」


 その言葉に頷いた。 


「そうか、やっぱりよく登ってたんだな! なあ、俺は、凛花たちと、いつこうやって遊んでた? 何年前くらいだ?」

「え? えっとねえ」


 凛花は唇を上向かせたり、目線をさまよわせたりしながら、たどたどしく言葉を一生懸命紡ぐ。

 夕都はその声に耳を傾けた結果、出会いは約四年前であり、半年ほどこの村で過ごしたが、急にいなくなった夕都を捜すため、凛花はせがむを連れて村を出たという。

 そして、夕都の居場所を掴み、秋葉原にやってきたのだが、その時、夕都はなんと司東ともめていたというのだ。

 そんな事を言われても、唸るしかない。

 頭を抱えてしまう。


「俺、あいつと知り合いだったのか?」


 ――突然電子音が鳴り響いた。


 慌ててジャケットの内ポケットからスマホを取り出すと、画面で着信相手を確認する。

 その名前を見て夕都は顔が緩んだ。

 通話に応じると友の名を呼ぶ。


わしくん、久しぶり〜」

『月折殿! お久しぶりですな!』

「うん。元気だった?」

『無論ですぞ! それより、とうとう見つけましたぞ!』

「何を?」


 話しながら、そういえば、と最後に話ししたのはいつだったか……と、記憶を巡らせると、妙な光景が浮かんだ。


 ――な、なんだ?


 ベッドに横たわる自分の手を、鷲が握りしめて力強く頷いている。


 “必ずや刀神退魔師とうしんたいまし雨夜あまや兄妹のフィギュアを手に入れてみせますぞ”


「雨夜兄妹のフィギュアは、神様がお持ちでしたぞ!!」

「そうだ!! 雨夜兄妹のフィギュア!!」


 二人が叫んだのは同時であった。


 

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