第6話〈不可思議な少女〉

 秋葉原駅についた夕都は、皆を引率する形で住まいのアパートに向かう。

 電気街口は人でごった返している。

 月夜との距離が開いて、貴一が腕を掴んだ。

 月夜は頬を赤らめてお礼を言った。

 司東はその後ろを歩いており、腰辺りに厚い布で覆われた長い物を下げていた。

 町中を縫うように歩き続けて、神田明神入口手前の細い道に入る。

 程なくして、夕都の住まいであるアパートが見えてきた。

 その三階建ての最上階へと、ライトで照らされている階段を使って進むが、途中で生暖かい風と妙なニオイに気づく。

 夕都が足を止めたのを怪訝に思ったらしい司東が、肩で押してきて階段を先に行く。

 夕都の部屋は、三部屋ある内の奥の突き当りだ。

 小走りで三階に上がると、自分の部屋のドアが開け放たれているのが見える。

 部屋の前まで走る後ろを、貴一と月夜が足音を立ててついてきた。


「司東さん!」


 部屋に飛び込みざま、夕都が叫んだが、目の前の光景に呼吸がとまりかける。

 室内は物が散乱しており、目を見張った。

 すぐに愛犬の姿を捜したが、どこにもいない。思わず大声で名前を呼んだ。


「こんゆう! こんゆうどこだ! 俺だぞ! 出てこい!」


 視線をさまよわせた先に、ベランダの窓が開かれたままなのを見つけて、飛び出すが、愛らしい柴犬の姿はない。

 夕都は部屋に飛び戻り、ベッドの下を覗きこむ。

 その時、大きな物音が響いた後、水音が室内に轟いた。

 床に這いつくばっていた体勢から立ち上がり、水音の方へと顔を向ける。

 廊下の奥のバスルームから聞こえていた。

 すでに貴一と月夜が駆けていったが、声を上げて後ずさりする。

 夕都は二人の様子を確認しつつ、その間から飛び出してバスルームを視認した。


「あ!」


 バスルームの開け放たれたドアの前で、司東が盛大に水をあびている。

 中からシャワーの水を放出して、司東を追い詰めている誰かがいるのだ。

 夕都は跳躍すると、司東が浴びている水の筋の下方に身を滑らせて、バスルームにつっこんだ。

 視界に小柄な人物が映り込む。


 ――子供!?


 見た目十歳程の少女が、シャワーヘッドを振り回して叫びながら、司東に水を浴びさせている。


 夕都の胸が何故か鈍痛を覚えた。

 ぼんやりと、ある光景が脳裏に浮かびあがる。

 この少女と、あの小さな子が、並んで歩いて後ろについてくる必死な様が。


「……っ」


 頭痛に襲われた夕都は、頭を抱えてうずくまる。


「夕都!?」


 水音に混じり少女の呼ぶ声がした。

 シャワーは出しっぱなしのまま、少女が夕都に抱きついてきて泣きわめく。


「え、え?」

「夕都! 捜してたんだよ!」


 びしょぬれの少女は中性的な身なりだが、声音は年相応の少女の声だった。

 夕都は焦りを覚えるが、少女を振りほどけない。

 逆に“必ず守らなければ”という思いが溢れる。

 少女は涙目で訴えてきた。


「逃げよう! こいつらは敵だよ!」

「敵……!」


 その言葉はやけに胸にすうっと染み渡る。


 ――俺は、司東達と敵対していた?


 頭痛に顔が歪むが、記憶が刺激されるのを止められなかった。


 夕都は、この少女と、亡くなったあの子と顔見知りであり、神田明神でお参りしていた時、突然、司東が現れて、結果、あの小さな子が命を落としたのだ。

 まだ五歳くらいだった。まさか、首を斬られるだなんて……。


 拳を握りしめる。全身の血が滾るのを感じて、心臓が激しく脈打つ。

 抱きついた少女を抱えて、司東に向き直ると、まっすぐに睨みつけた。

 司東は腕を上げて水しぶきを凌いでいる。その目線が、夕都の視線と絡みあう。

 その瞬間、夕都の胸に熱くこみ上げるものがあった――怒りだ。

 少女を抱き抱えた状態で足を大きく振り上げる。

 シャワーの水が、足の動きにあわせてうねった。

 蛇のようにくねって、先が針のようにするどい形に変わり、司東の胸をまっすぐに貫かんばかりに突き進む。


「クッ」


 咄嗟に腰から刀を鞘抜き、水槍を斬り裂く司東だが、水の勢いは増すばかりで押し負ける。

 鈍い音を立てて壁に背を打ちつけた。

 呻き声をあげる司東にさらに水をたたきつけてから、夕都は少女とともにバスルームから脱出する。


「止めろ!」


 司東の怒声に従う、月夜と貴一にとびつかれそうになるのを、既の所で跳ねて躱す。

 大股に飛び跳ねて、うまいぐあいにベランダにたどり着き、あけっぱなしの窓から外に出た。

 少女に背中からしがみつかせて、壁伝いに降りていく。

 今まで、こんな大胆な行動をした事はなかったのに、恐怖心などない。

 夕都は息を弾ませながら、胸中にわいた疑問にうなった。


 ――何故、こんな動きができるんだ!?


 アニメやゲームを好むから、キャラクターがこんな風に、自由自在に動き回る姿はよく見てはいたし、憧れもあるが、まさか自分が同じように動けるだなんて予想できるはずがない。


 胸元に回された少女の腕が震えて、さらに力を込めた。

 心配して声をかけると、高い場所は怖くないらしいが、兄弟が心配だと嘆く。


「村に残してきたから、今頃、ひどい目にあってないといいけど」

「……兄弟、村……あ! あの子は?」

妹妹めいめいのこと? あのお墓にいるよ」

「そうか」


 その口ぶりは、一緒にお墓に入れたと解釈できた。

 朧気な記憶が、ぼんやりと墓地を見させる。

 自分は確かに、この幼い姉妹と知り合いだ。

 腕の痺れを覚えて、慌てて地上を目指して壁を降りた。

 地に足をつけると、少女は歓声をあげて夕都の身体から離れて、おなじく足をつけて、腕をつかんできて走り出す。


「おっおっ!」

「はやく村に帰ろう!」

「おお!」


 少女の小柄な身体からは想像できない腕力に狼狽えながらも、夕都は夜の町の路地裏を、少女と共に駆け抜けた。


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