第5話〈記憶の欠片は叫ぶ〉
貴一は、祖父の身の危険を案じて、司東に保護してもらえないかと懇願する。
司東は頷くと「そのつもりだ」と告げて、颯爽と出ていった。
夕都と貴一は残されたが、すべき事はあると月夜が手をたたく。
「それでは整理しましょう! 茉乃さんのお兄さんの目的を!」
「は、はい」
「夕都さんも、気になる点があればおっしゃってくださいね」
「はい」
月夜はノートを開いて、早速貴一にいくつかの質問をした。
まずは、冨田との関係について。
佐伯と美作は、千年にも及ぶ歴史を持つらしい。
「
その言葉を聞いた夕都は、目を見開いた。
――神無殻が、監視。
突然、胸中にある感情が湧きあがる。
呼吸音が脳内に響き渡り、目の前が暗くなった。
暗闇に光が差し込み、ある光景が広がる。
境内に自分の姿と、二人の子供が連なって歩いていた。
三人は仲睦まじく拝んだり、おみくじを引いたりしているが、ふと、二人の姉妹のうち、妹が空へと顔を上げて何かを指差す。
言葉が聞き取れないが、何を見ていたのかはすぐにわかった。
突然、男二人が空から降ってきたのだ。
刀をぶつけあう二人は、御神殿の上で争っていらしい。
異変に気づいた夕都は、姉妹を抱きかかえようと腕を広げたが、間に合わなかった。
二人がつきつけあった刀身の切っ先が、幼い妹の首を切り裂いた。血飛沫が飛び散る最中、その場にいる夕都が、目を見開いて鬼の形相で叫ぶ。
「お前は神無殻だったのか!
――っ……!?
「夕都さん!」
「あっ!!」
甲高い声音で呼び掛けられて、夕都は我に返った。
月夜が、まん丸な目を細めと、唇を引き結んでいる。
隣の貴一は、口を開いて視線を夕都に注いでいた。
二人から視線を外して周りを見回す。
ここは、室内であり、つい先程連れて来られたばかりだ。
あの――眼鏡の眉目秀麗な男、司東朝火に。
心臓が重く脈打つのを感じた。
焦りが全身をわななかせる。
夕都は拳を震わせながら、司東のところへ行きたいのだと要望したが、月夜は顔を曇らせて頷かない。
貴一は押し黙り、若干充血している目でこちらを見やった。
――埒が明かない。
夕都は立ち上がり、別の要件を伝える。
「飼い犬がお腹をすかせてるから、いちど家に帰らせてくれ」
その申し出には、月夜は頷いた。
「わかりました。ただし、司東さんと合流するのが条件です」
「え?」
夕都は瞬いて月夜を見つめる。
真剣な眼差からするに、本気らしいと納得した。
頷いたら、月夜は破顔する。
「なら、司東さんに連絡しますね!」
「あ、はい」
毒気のない態度に、夕都は息を呑むしかなかった。
二人のやり取りを傍観していた貴一が、目を丸くすると腰を上げる。
「僕もいきます」
夕都は貴一を見つめると、思い悩む。
この子の目的は、茉乃を取り戻す事だが、彼女を連れて行ったのは、あくまでも身内だ。
司東と連絡を取ると、用事を済ませてから、駅前で待ち合わせる事になった。
通話を終えた司東を見つめる刑事の
「今の相手は、あの月夜か?」
「訊くまでもないでしょう」
司東は、ソファに落ち着けた身体を、岸前に向き直して目を細め、話しの先を促す。
岸前は、いかつい顔を歪めて、重い口を開いた。
眼下をホテルの窓から眺めやる。
「冨田が、
その言葉に、司東は、頬が引きつるのを感じた。
岸前のいう冨田は、父親の方だ。
冨田一族は、親子代々影の世界と癒着している。
政治界ではさほど目立たない存在だが、影の社会では絶対的な力を持つ。
司東が属する神無殻は、日本の影とされる世界に携わる者達を把握し、監視する役目を数千年前から担う。
冨田一族は、そんな神無殻が警戒して、監視をしている。
司東は冨田親子とは無論、顔見知りであり、因縁もある。
岸前から話を訊き出し、情報をまとめてスマホのメモに保存していると、画像フォルダの中の、とある写真が目にとまった。
指でタップして拡大する。
子供達と共に鍋を囲む己と、月折夕都の姿を、しばし見つめて視線を落とした。
「おい、まさか月折夕都か?」
岸前がしかめっ面で、ガムを口の中に放り込む。
それを尻目に司東は頷き、一瞥して背を向けた。
ドアがしまる直前「気をつけろ」と忠告されるが、勢いのまま閉じる。
長い息を吐きだして、エレベーターを目指して廊下を歩き出した。
司東と連絡を取った月夜に外に連れ出された夕都は、今しがたいた場所が、都庁の地下だったと知って驚嘆した。
貴一に知っていたのかと問えば、頷くではないか。
唸る夕都に月夜が笑いながら答える。
「都庁につながる別のビルから入るので、分からなったんですよね?」
夕都は、司東に案内された道程を脳裏に浮かべつつ頷く。
「確かに。やけに長い地下道を歩かされたな」
今思えば、何故か胸が切ないような疼きを感じさせた。
顔を振り、思考を追いやろうとしたら、貴一が囁くように心配する声をかけてくる。
「大丈夫ですか」
夕都は二度頷く。
余計な事を話さぬよう、口を噤んだ。
ふいに近づく気配に顔を上げると、司東が真顔で見据えている。
口を開きかけた夕都だが、月夜に先を越された。
「用事は無事にすみましたか」
「ああ。顔見知りの刑事に、貴一の家族の保護と、情報の制御を頼んだ」
「なるほどです! 岸前さんなら容易にできますからね!」
月夜が満面の笑みで両手を叩く。
司東は何か言いたそうに口を開いたが、顔をそむけて先を歩き出した。
スマホで時間を見たら、午後十時を回ろうとしている。
夕都は、愛犬が鳴く姿を思い浮かべて焦りをつのらせた。
「いつもならとっくに帰ってご飯あげてるのに! こんゆう待ってろよ〜」
「こんゆうって、わんちゃんの名前ですか、かわった名前ですね」
目を丸くして愛犬について尋ねる貴一に、夕都は愛犬かわいさに、必要ない事まで教えた。
話を聞いた貴一が、夕都に並んで歩きながら笑みを向ける。
「四字熟語の玉昆金友から名前をあげたってことは、こんゆうは弟のような存在なんですね」
貴一の呟きに夕都は頷こうとして、何故か違和感を覚え……なんとなく司東を見た。
視線が交わり、風が吹き抜ける。
なんと言ったら良いのかわからなくて、夕都は視線を泳がせた。
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