第4話〈佐伯一族と美作一族〉
夕都は、政治家が襲撃されたニュースといえば、今朝方聞いたような気がして、必死に思考を巡らせた。
朝のニュースでテレビから流れてきたような気がするが、詳細を思い出せない。
腕を組み考え込んでいたら、司東が詳しく話して聞かせてくれた。
今日の明け方に、黒尽くめの集団に自宅で襲われたという。犯人達はみな、顔を黒い布で隠し、衣服も真っ黒で、全員刀を所持していたのだそうだ。
夕都は刀と聞いて頷いた。
ふと、自分がいま納得した事実が認められなくて顔を振る。
「大丈夫ですか」
「え、ああ大丈夫」
貴一に心配そうに声をかけられて、居住まいを正す。
司東は無言で、貴一の話しの続きを待っている。
貴一は視線を落とし、何があったのかを改めて淡々と話し始めた。
今朝方の政治家の冨田氏が襲撃を受ける前夜、貴一に茉乃から連絡があった。
貴一は驚いて、通話に応じるべきか悩んだ。茉乃と最後に会ったのは、五歳の時だったからだ。
彼女の兄に疎まれているせいで、貴一は
茉乃と許嫁だというのに、連絡手段を断たれていた。
久しぶりに聞いた許嫁の声は、鈴みたいに綺麗なのに、明らかに怯えが混じっていた。
貴一は喜びと驚きで、鼓動が早まるのを感じながら、電話越しの茉乃に話しかける。
「久しぶりだね、元気だった?」
茉乃は小さく返事をするが、また黙りこくってしまう。
貴一は眉をひそめて、どうにか用件を訊きだそうと言葉を選ぶ。
「茉乃さん、何かあったんだよね。話し、訊くよ」
『貴一さん、ありがとう』
ようやく茉乃は、震える声で話し出す。
『お兄様が……犯罪に、手を染めようとしていて……』
不穏な言葉に、貴一の心臓はさらに早まり、呼吸が乱れる。
スマホを握りしめる手に力が入り、汗でべたついた。
「お兄さんは、何をしようとしてるの?」
『……先生を』
「先生って?」
学校の先生ではないようだ。
嗚咽を漏らし始めた茉乃の、言葉の断片をつなぎ合わせると、政治家の冨田という男を襲う計画をしているという。
警察に話すべきだと考えた貴一は、慌てて連絡しようとしたのだが、茉乃にスマホを切るのを阻止されて、思いとどまる。
大きく呼吸を繰り返して、これからどうすべきかを話しあった。
ひとまず会おうとなり、深夜に家を抜け出した。
場所は、幼い頃によく来ていた、駄菓子屋の前で待ち合わせた。
大通りから比べれば細くて人気のない通りなので、すれ違う人は数人で済んだ。
駄菓子屋の前には既に人影があり、貴一はその場で足を地にぬいつける。
遠目から待ち人を眺めて様子を伺う。
厚地の花柄ワンピースに細身を包み、胸元で手を組む様は、絵に描いたような“お嬢様”だ。
貴一は胸が高鳴るのを抑えきれず、早足で彼女のもとへと近づいた。
気配に気づいた茉乃が貴一を見た。
「……っ」
貴一は、茉乃の姿を正面から眺めて息を呑む。
幼い頃の面影があるが、すっかり年頃の女子になっていて、目鼻立ちが整っている。
小さな唇から下方の胸元へとつい目線がおりていく。柔らかく膨らみ、甘い香りまで漂って鼻を刺激した。
貴一は目をきつく瞑り、頭を振る。
――こ、こんな気持ちで、茉乃さんを見るのは駄目だ!!
「貴一さん……なの」
袖をひっぱられて目を開く。
目の前で、涙目の清楚な美少女が上目遣いで見つめている。
「う、うん」
息の根がとまりかけるような心地だったが、どうにか頷くと、茉乃は、花が綻ぶように微笑んだ。
――かわいい……!
「良かった、本当に来てくれて」
「来るに決まってるよ!」
外灯に照らされた茉乃は、頬を濡らしてせわしなく胸を上下させている。
駄菓子屋は残念ながら閉店し、店主も他界したようだ。
何故か裏口のドアが開いていたので中へ入った。
茉乃が持ってきたライトで、中を照らしながら、茉乃の兄を警察に通報せずに、止められるのかを話し合う。
貴一は茉乃と話しながら、彼女の兄について、様々な思い出を脳裏に蘇らせた。
ある時、二人が遊んでいた部屋に、彼が険しい顔つきで入るなり、怒鳴りつけてきた。
「茉乃、こんな子供と遊ぶな!」
「きゃっ」
「あ、まのちゃん」
「離れなさい!」
「ひっ」
まさに鬼のような形相で、わずか五歳の子供に見せるような態度ではない。
彼もまだ中学生ではあったが、幼い二人には、立派な大人にしか見えなかった。
何故、茉乃の兄、優槻は怒りに満ちていたのだろう。
数日後、同じ日に……互いの両親が事故で亡くなった。
茉乃の父の車で出かけた、貴一と茉乃の、お互いの両親は、トンネルの中でブレーキが利かなくなり、そのまま転がって壁や地面にぶつかり爆発、炎上したのだ。
葬儀は、茉乃側は、父の母である祖母、貴一側は、父の父、祖父が喪主を務め、以降、それぞれが一族の主となった。
祖父が佐伯一族の主となり、以降は出入りしていた政治家達は顔を出さなくなったが、冨田という輩だけは、しつこく尋ねてきたり、賄賂代わりの様々な代物を送りつけてきたのだが、ことごとく祖父は突き返した。
この所はすっかり影も形もない。
それがまさか、今更、茉乃から冨田の名前を聞くことになるとは。
実はつい先日、珍しく茉乃の祖母つまりは、美作一族の主が、佐伯家をたずねてきて、祖父にまくし立てていたのを聞いていた。
『未だにあやつとつるんでいるとは! 恥知らずめ!!』
祖父はもう関わっていないと冷静に答えていたのだが、茉乃の祖母は、帰るときまで怒りながら立ち去った。
「お兄様は、今、剣士の皆さんを集めているの」
「け、けんしって?」
にわかには信じがたい言葉に、思わず聞き返すが、茉乃の様子からするに事実らしい。
何より、彼女が嘘をつくはずがない。
貴一は思案して、先回りして、襲撃者達を説得しようと考えた。
茉乃には危ないから、待つように話したが、辺りを見回しながら、一緒にいくと語気を強めに言うので、仕方なく共に向かった。
「でも、向かう途中で剣士の一人に見つかって、冨田氏の家にはいけずに、茉乃さんと逃げ回ってるうちに、神田明神にやってきていて、いつの間にか御神殿にのぼるはめに」
夕都は瞬いて、疑問をなげかける。
「じゃあ、飲まず食わずでかけずり回ってたのか? よく倒れなかったな」
「なんどか秋葉原の町中でまいた時に、コンビニに寄ったので。でも、うまく逃げきれなくて」
「まずいな」
割って入る声に振り返って見ると、司東がスマホ画面を睨みつけていた。
夕都と貴一に画面をつきつけてくる。
そこには、ある動画が流れていた。
界隈で有名な二次元キャラクターが訴えている内容を見て、素っ頓狂な声が出た。
「佐伯家の主が、政治家の冨田氏を襲った!?」
「ああっ!」
貴一が叫んで立ち上がり、ある事実を告げる。
「茉乃さんのお兄さんに、凶悪犯って言われたんです!!」
興奮した貴一につられるように、夕都の感情も高まった。
椅子から腰を上げて司東に訴える。
「奴ら、貴一くん達に罪をなすりつけるつもりだ! 早く奴らを捕まえなくちゃ!」
夕都の憤りに呼応するように、司東と月夜も、声を張り上げて返事をした。
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