第2話〈相対〉
御神殿の屋根に、高校生の男女が登っていた。それだけで奇妙なのに、怯えているだなんて。
夕都は、二人の事情を確かめるべく、階段を上り、背伸びと共に顔をつきだして再び声をかけた。
「危ないから降りなよ」
ごく普通に呼びかけるが、二人は答えない。
男子の方が険しい顔つきで口を開いた。
「危ない!」
「え?」
あまりにも鬼気迫る声だったので、目を瞠ると、男子の片方の足には靴がないのに気づく。
このスニーカーはこの子の物なのだろう。
その時、突風に身体が襲われて横薙ぎに押し倒された。
「いて!」
左肩を石床に強打して頬がひきつる。
握っていたスニーカーは、離れた場所に転がっているのが見えた。
両手を地につけるが、腕に力が入らず、転がったまま顔だけ上向けて、二人の様子を伺う。
二人に誰かが近寄るのが見えて、刃物を握っている。
夕都は痛みにかまわず、起き上がった。
「避けろ!!」
叫びは男子に届いた。彼女を抱き寄せると右手を突き出し、強襲者の胸元を打ち付ける。勢いよく吹き飛ばされた男は、刃を手放して屋根から落ちていく。
夕都は歓声を上げて屋根に走り寄った。
「格闘家みたいだ!」
「
男子が突然、彼女を屋根の下に向かって放り投げたので、慌てて両腕を広げると、勢いよく降ってきた茉乃を受け止めた。
もんどり打つと痛みに呻くが、茉乃はしっかりと腕の中におさまり、怪我はなさそうだ。
「
慌てて飛び起きる茉乃が、屋根の上の貴一を見て悲鳴を上げる。
貴一は、黒衣の男に刃物――刀で襲われていた。先程落ちた筈の男が、いつの間にか屋根に戻っていたのだ。
頭や胸元に突き出される刃を、貴一は颯爽と避けて素手で男に攻撃を加えた。
その拳を、男は目元まで厚いマスクで覆っているくせに、余裕で避ける。
夕都は状況も忘れてこの戦いに魅入られた。
無意識に両手で貴一の拳の型、男の剣技を真似てみた。
胸の内に感動が湧き上がるのを感じて、驚きと同時に不思議に思う。
――なんだ、これ。
この感情は、そうだ……と目を見開いた。
「懐かしい」
呟きが風の音に掻き消されていく。
茉乃の叫び声が鼓膜を震わせた。
貴一が黒尽くめに追い詰められ、今にも斬られそうになっている。
「危ない!」
夕都は咄嗟に飛び出すと、右拳を突き出した。
突風が男に襲いかかり、足を滑らせて刃物を手放す。
刃物――刀は、夕都の目の前に降ってくる。地に叩きつけられる前に奪取した勢いのまま、刃先を向けて男に投げつけた。
鈍い音を発して、太ももに突き刺さる刀を見た男は、衝撃でついには屋根から転がり落ちた。
強烈な打撃音と共に呻いた黒尽くめは、身体の片側を地にこすりつけながら、誰かを呼んでいる。
流石に再び屋根に躍り上がる事はできないようだ。
「……ゆづき、様、」
「お兄様が?」
茉乃が夕都のすぐ傍で、震える声を上げた。
夕都は、突き出していた拳をようやく引っこめて、屋根の上の貴一を呼んだ。
「降りれるか?」
貴一は返事をすると、屋根から飛び降りた。
この身のこなしから見るに、普通の高校生ではないだろう。
一方で、彼も大きめな瞳をさらに見開いて、夕都を見つめている。
茉乃が貴一に走り寄り、今にも抱きつきそうだが、既で距離を取り、涙目で問いかけた。
「大丈夫? 貴一さん」
「うん、茉乃さんは?」
「あの方に助けて頂いたから、大丈夫」
貴一も茉乃を今にも抱きしめようと、手を上げたが、結局おろして拳を握りしめる。
夕都はおやおやあ〜と首を傾げた。
――なんだか、古風な高校生カップルだなあ。
夕都は貴一にスニーカーを手渡してやりながら、言葉をかわすが、話し方も仕草も、丁寧すぎる。
会話だけ聞いていたら、二人が高校生だなんて思わないかもしれない。
貴一が夕都に向かって一礼する。
茉乃も深々と頭を下げると、視線を男へと注いだ。
黒尽くめは、太ももに刀を突き刺したまま、静かに呼吸を繰り返している。改めて観察すると、忍者のような格好だ。
「何か武道を……」
黒尽くめを睨んでいた夕都に、貴一が問いかけたその時、靴音が背後から迫り、その人影に取り囲まれてしまった。
いつの間にか、長身の若い男二人に。
「なんだお前ら!?」
夕都は咄嗟に貴一と茉乃を背にして庇うが、男の一人が二人の後に回り込み、茉乃がつかまる。
腕を突き出した夕都と貴一だが、男は茉乃の肩を抱いて微動だにせず、こちらを睨み据えて口を開く。
「私の妹を、凶悪犯から取り返したまでだ。邪魔をしないでいただきたい」
「妹?」
意外な発言に躊躇していると、隣りに佇む眼鏡の青年が、息を呑む音がした。
顔を向けると、眉目秀麗な男ではあるが、ツリ目に冷静な雰囲気が、彼を冷然な男のように思わせる。
何故か夕都を見据えて、口を開いて硬直しているので、思わず眼前で手を振ってみた。
「お〜い、大丈夫ですか?」
詰め襟のシャツに、上質なジャケットを着用したスタイルの良い男は、なんとなく高貴に見えたので自然と敬語で話す。
彼が何か言おうとして声を発したが、風切り音のせいで聞き取れない。
「
茉乃の兄が、いつのまにか手にした刀を、司東に向かって振りかざしていた。
「やばい!!」
夕都はきらめく刃が迫るのを見つめて、司東に体当りした。
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