焔の龍刃

青頼花

第一章【スサノオの童子】

第1話〈前触れ〉


 山間やまあいの開かれた地にて、鎧を着た男達の大群が刀を振りかざしていた。

 耳をつんざく怒声と、白刃が擦れ合う甲高い音が脳天まで突き抜けて、頭が割れそうになる。

 やがて武者達は崩折れ、鎧をまとう青年が、死体の群れを飛び跳ねながら駆け抜けていく。

 大木に辿り着くと、幹に背をもたれて胸から血を流す、長い黒髪を腰まで垂らした、白装束の若い女人を抱き起こす。

 顔を覗きこみ、うっすらと瞳を開いたまま、絶命しているのだと確かめた瞬間、天を裂くような悲鳴を上げた。

 聞いた者は胸を締め付けられるだろう。

 青年は、女人を抱きしめながら、何ごとか囁きつづけている。


「……して、巫女だからというだけで……! そなたが、身を捧げなければ、ならないなんて……」


 若き武士は、巫女の透き通るような頬を血のついた指でゆっくりとなぞり、なんども名を呼ぶ。

 大木がその声に呼応するように光り輝きはじめて、二人の姿は白光に飲み込まれた。



 視界は真っ白になり、とつぜん“肉球”が現れて顔面を直撃する。


「わん!」

「おうっ!?」


 月折夕都つきおりゆうとは、愛犬の襲撃によって奇妙な夢から目を覚ました。

 布団の上でしっぽを振る、柴犬のこんゆうを抱き上げて欠伸をしつつ、ベッドから這い出る。

 現在朝の八時ではあるが、コールセンターのバイトは、今日は遅番の為に問題はない。

 愛犬はご飯の催促で飼い主を起こしたのだ。

 夕都は、ぼんやりとこんゆうを片手で抱えて、もう片方の手で、アニメ雑誌や、ゲーム機で一杯のテーブルに手を伸ばす。テレビのリモコンを掴み、電源を押した。

 報道番組が映されたが、興味は惹かれず、適当に聞き流す。

 女性キャスターは、何やら政治家が襲われたと、興奮した声で説明している。

 夕都はこんゆうの頭を撫でて、ドックフードをかりかり食べるのを観察した。

 雑種なのに小柄な愛犬を見て思案する。


 ――もう少し良いご飯をやるか。


 その時“刀”という言葉が耳に飛び込んできて、テレビを見やった。

 女性キャスターが、初老の男性教授のゲストと語る内容に、目を見開く。

 心臓が早まり、忙しなく呼吸を繰り返す。


冨田とみた氏の家に押し入った犯人は、黒い着物を着て、刀を振り回していたらしいです』

「は!?」


 刀、着物……そう聞いた夕都は、あの夢を思い出して、大きな声を上げてしまう。

 こんゆうが、きゅんと鳴いた。

 愛犬を抱き上げてテレビの前に座ると、事件の詳細を聞きつつ、スマホでSNSを頼りに情報を調べてみる。


 深夜、政治家の冨田氏は、武士のような格好をした、刀をもった男達に押し入られて怪我を負ったという。

 なんとなく、家族で女性も被害にあっていないかと検索したが、どうやら、家族は襲われていないようだ。

 とはいえ、所詮ネットの情報である。

 当てにならないだろう。

 ため息をついて、ようやく出社の準備に取り掛かった。

 洗面所で顔を洗ってから、ひげを剃り、髪の毛を整える。

 鏡に映り込む自分を観察した。瞳はややツリ目だが、どこか丸い。髪の毛は、ダークブラウンに染めてマッシュヘアにしているせいなのもあり、もう三十歳なのに童顔に見えた。見慣れた自分の顔などすぐに飽きる。


 職場は自宅のアパートから、徒歩で十五分程度の、雑居ビルに設けられたコールセンターだ。

 神田明神近くのアパートの一室から出た夕都は、愛犬をなだめてからドアを締めて鍵をかけた。

 冬の日差しは柔らかいが、開かれた神社の門を厳かに照らしている。

 土曜日なのもあり、お参りに訪れる人の数は平日よりも多く、秋葉原の駅前も人が群れをなしていた。


 夕都の日常は、なんとなく仕事をこなし、疲れた頭で自分と愛犬の世話をして、好きなアニメやら漫画、ゲームを楽しみ、時間をただ消費する惰性が当たり前である。その日々にたまに刺激を与えてくるのは、記憶障害のカウンセリングに通っている事くらいだろうか。

 今日も変わらぬ毎日で終わるはずだった。


 仕事上がりに、日課で神田明神に寄った夕都の目の前に、何かが落下した。転がるそれは、スニーカーだった。

 首を傾げて膝を折る。

 回りを見回したら、心臓が跳ねた。

 人影が一切見当たらないのだ。


「なんで、誰もいないんだ?」


 呼吸が浅くなり、なんとなくスニーカーを手に持つと、立ち上がる。

 ふと御神殿の屋根の上で、暗闇の中、蠢く気配を感じて、目を凝らす。


 ――誰か、屋根にいるのか?


 その時、どこからともなく光が当たり、人影がはっきりと浮かびあがった。

 夕都はその姿を見て、叫ばずにはいられない。


「どうしたんだ!?」


 制服を着た男女が、身を寄せて震えていたのだ。




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