第6話

 アキトは医務室で手当てを受けた。褐色の男性の名はブライト。ごつごつとした大きい手で、手際よく傷口を手当ていしている姿は意外性の塊である。


「フォークに毒が塗られていたらしいけど、そのフォークで食事を食べた生徒はいないのか?」

「予備で置いてあったものなんで、食事で使っていた形跡はなかったらしいです」

「……となると、人為的な可能性が高いわけだ」

「どうしてですか?」

「リトルゴブリンはその小柄な体型を活かしズル賢く狡猾だ。でも、毒の液だけをフォークにつけるなんて真似はできない。フォークを使うってことは現場にあるものだけで行動しようとしたわけだからね。そんな人間顔負けのことをやってのけられたら大変さ」

「すでに塗られていたと考えるのが妥当ってわけですか……」

「投げた先にいたのはアシュレ・ウィンバーンスだったんだね」

「はい。それを執事が弾いてフレイの方に」

「ふむ……。厄介なことにならないといいが」


 リトルゴブリンは下級モンスターの扱いであり、繁殖力が高いためにハンターが最初のほうに狩るモンスターとしてよく討伐クエストの対象となっている。

 人為的という言葉に何か思い出しそうになるアキトだったが、結局わからずじまいで手当てを終えてフレイの下へともどった。


 フレイの部屋に入る。最初に目に映ったのはベッドの上でスプリングの反発を楽しむハクだった。なんとも無邪気だなと心の中でつぶやきつつ、勉強机のほうに目をやるとフレイは本に目を通していた。集中しているのかまったくアキトに気づいていない。


 アキトは適当に椅子に座ると、ハクが対面に座ってきた。


「手の具合はどう? 」

「ああ、大したことはなかった。でも、まだしびれが残ってる」

「明日には痺れもなくなるか大丈夫だよ」

「詳しいな」

「フレイちゃんが知ってたの。教えてもらったんだ~」


 本を閉じたフレイは一息つく。後ろを振り返りようやくアキトが戻ってきていることに気づいた。


「あら、戻ってきたのね」


 そういうとフレイはベッドで横になった。


「さっき、アシュレの執事が詫びに来たわ。入れ違いになったわね」

「律儀だな。あっちだって主人をかばうためだったろうに」

「簡単に許しちゃダメよ。こういう時は落とし前をつけて貰わなくちゃ」

「そういうもんかね」

「それが貴族ってものだから」

「なんだかめんどくさいなぁ」


 学園は実力主義と貴族主義が入り乱れていた。実際は貴族であり実力が伴う人間が成績も魔法も上位に位置するのだが、時折ハクのように魔法の実力だけで入学を可能とする生徒も存在する。

 それ自体は学園の方針としてなんら問題はないが、学園の考え方よりも古くからの国の考え方の方が根強く、そう簡単には貴族主義は変わらずにいた。

 

 ハクが自室に戻り、フレイは口元を手で隠しながらあくびをしていた。よほど熱を入れて勉強していたのか一度ベッドに寝転んでからずっとそのままだ。


「着替えるから外にいて」

「わかった。ついでにちょっと散歩してくる」

「早く戻ってきなさいよ。夜なんだから」

「わかってるって」


 特にこれといってやることのないアキトは寮の外に出た。外の空気は澄み切っていて都会とは違ってどこか美味しく感じる。静かで余計な雑音はなく、寮の部屋から声が聞こえてくる程度で、なんだか心が落ち着く気がした。

 今までいた場所とは全く異なる世界。なぜ自分がこんなとこにいて、これからどうすればいいのか、何もわからないのは不安になるが、何をすればいいかわからないのなら、せめてこの世界でやることを探し頼んでやろうくらいにはこの世界に慣れ始めていた。

 

「みんなどうしてるのかな……」


 アキトは決して人気者だったわけではない。どこにでもいる普通の高校生だ。喧嘩なんかもろくにしたことはないし、これといった特技もあるわけじゃない。強いて言うならば、ちょっと達観していることだろう。だからといってこの状況をすんなり受けれているわけではない。

 ただ、一度執事をやるからには自分なりにしっかりと努めたいとは思っている。幸いにも、魔導書があるおかげで何とかなるのが救いだった。と言っても、いまだ力の使い方はわかっていない。

 包帯がまかれた手のひらを輝く月へと照らし、苦笑いを浮かべる。


「元の世界じゃ、こんなことやらなかっただろうな」


 人に自慢できる人助けなんてやってきてはいない。なのに、フレイのために動くことはできた。アキトはそれが不思議だった。フレイという人物のすべてを理解しているわけじゃない。執事になってからはそれなりにこき使われているし、いけ好かないと思えてしまうことも少なくはない。

 それこそ貴族主義の影響なのだろうとアキトは思うことにした。それと同時に、不安から無理やり守ったのかとも思えてしまう。今の居場所を提供してくれたのはフレイだ。もし、フレイに何かあれば、仮に死んでしまったらアキトは何もない人間になってしまう。その恐怖は無意識のうちにあった。

 もし、守った動機がそれなら、随分不純だなと思えてしまう。


「考えても仕方ねぇか」


 そんな小さなつぶやきは、静かな空へと消えていく。

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転移者は魔導書を手に取る~天才少女と凡人執事の奇妙な学園生活~ 田山 凪 @RuNext

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