第5話
アキトはフレイの指示通り、一週間の間使っていなかった部屋を掃除し空気を入れ替える。机の前にある椅子を窓のそばまでもっていき一休みした。澄み切った空気と静かな場所。目の前に広がるのは大きな学園の敷地。いまだに慣れないが慣れるほかなかった。
幻想か現実か、そんなことはいまとなってはあまりにも不毛な想像で、目の前で起きていることがまさしく現実なのだ。車が走りネオンが光る町も、馬車が歩きグリフォンが飛ぶ場所もまた現実。
まさか物理的な現実逃避になるとは、一週間前の自分に教えても絶対信じてもらえないだろうと笑ってしまう。
「魔導書、お前はもう話さないのか?」
腰にはフレイからもらったカバーに収納されたぶら下げてある魔導書。触れてもうんともすんとも言ってくれない。
あの日以降魔導書は何も言わなくなった。
だが、少しだけわかったこともある。魔導書は魔法に反応するということだ。フレイが屋敷で魔法の研究をしている時、その横で執事として見守っていると、時折魔導書が反応しているのが分かった。光を放つでも振動するわけでもない。だが、所有者であるアキトには何かに反応していることが分かった。でも、魔導書には何も記されていないまま。その上、魔法を使っていても反応に気づけない時もある。
あの日から、アキトは魔法が使えないままだった。
「さっ、そろそろ挨拶してくるかな」
ドアノブに手をかけ扉を開けようとした瞬間、勢いよく扉が開きまたアキトは扉に突き飛ばされた。
「だ、誰ですか! 勝手に女子寮に入っちゃいけないんです! つ、捕まえます!」
そこにいたのは学園のメイドだった。箒を構えて怖がりながらも、侵入者を退治しようとやってきたのだ。窓の外を見ながら休んでいてた時に、メイドがアキトがいるのを見かけた。フレイに執事がついていることを知らずにやってきたメイドは決死の覚悟だったが、へっぴり腰でなんとも弱弱しい。
「俺はフレイの執事だ。心配ならフレイに確認してくれ」
「執事が主を呼び捨てなんておかしいです!」
「まぁ、それはいろいろとあるんだ。俺はアキト。君は?」
こういう時どうするのだろうかと考えたアキトは、とりあえず手を差し出してみた。メイドは差し伸べられた手を無下にはせず握った。
「ハイナです……。その、本当に執事なんですか? 立ち振る舞いからはとてもそうには」
「ついこの前雇われたばかりさ。あと、護衛役も兼ねてる。もう一つは俺が魔導書を使うのを見たいんだとさ」
「執事が魔導書ですか?」
腰の魔導書を外しハイネに見せると、ハイネはじーっと魔導書を見つめた。
「これ、どこかで見たことある気がします」
「本当か?」
「た、たぶん。私、小さいころから歴史が好きで、特に魔法に関する。でも、メイドなので魔法は使えませんけどね。どこかで見た本にこの魔導書の表紙と似た物を見た気がします」
「この魔導書がどういうものか知ってるか? 一回使えたっきりでさ」
「私の見た記憶では、魔法の貯蔵庫で書かれてました。魔導書の名前はオールス、この国の言葉で全てという意味です。その魔導書には確か魔法具の懐中時計と何か関係が……時計? ……時間。ああーー!!! 夕食の準備しないと!!」
慌ててハイネは走り去るがすぐに戻ってき顔だけひょこっとだしてアキトに言った。
「ほかの給仕に挨拶するなら食堂に来てください。今から大忙しなのでみんなそこにいますよ。では!」
止める間もなく去っていってしまった。とりあえず行く当てもないのでアキトも食堂へ向かうことにした。
学園内は無駄に広い。まるで小さな町のようだ。集会終わりの生徒たちが歩いている中、金髪の生徒が執事に何かを話していた。
「夕飯の時にやってくれたらいいわ。」
「よろしいのですか。五名家同士でそんなことをしてもしばれてしまえば……」
「今が好機よ。追い風は利用しなくちゃね。なに、別に大したことじゃないわ。ちょいと驚かすだけよ」
通り過ぎ様にそんな話が聞こえた。何を話しているかさっぱりでアキトは何も気にせず食堂へと向かう。結局、しばらく迷った後食堂へ着くと、メイドや執事が夕飯の準備を忙しそうにしていた。
食堂の天井は無駄に高くいったい何人入れるのか数えるのが嫌になるくらい椅子の数も多い。
「あ、そこの執事。新人かい?」
「俺ですか? フレイの執事で今日初めて来ました」
「ほう、あの五名家のフレイ様か。じゃあ、フレイ様の分は君に運んでもらおう。これをあの席へ」
「えっと、どの席ですか。多すぎて……」
「真ん中のとこさ。近くにネームプレートもあるから」
専用の執事やメイドがいるところは主のために食器を運ぶ。先に触れることで毒や薬の類が塗られていないかを二重チェックする名目もある。学園でそんなぶっそうなことは起きることはないが、昔の貴族の風習みたいなものだと聞き、とりあえずフォークとナイフをしっかり見てみるが変わったところはない。
そのあとは給仕たちを手伝いつつどんな人がいるかを観察した。
給仕たちの年齢は若い人もいればそれなりに長くいるのか手際がやけにいい人もいる。生徒の執事やメイドとどう見極めるのかと思っていたが、生徒についている執事やメイドはどこか華やかで動きもどことなく違う。
生徒たちが入ってくるとほどなくして食事の時間となり食堂は賑わいを見せた。
「わぁ! 今日も豪華な食事がいっぱい!」
フレイと共にやってきたハクは並ぶ料理に目を輝かせ席に座った。ハクとフレイは隣同士の席でハクが延々とフレイに話しかけている。フレイはそれに軽く相槌をうったり返事をしたり、案外楽しそうにしていた。
アキトは空いた皿を片付けたりおかわりを持って行ったりしているとフレイが手招きをした。
「どうした?」
「水持ってきてくれない? ハクがさっきから口いっぱい食事を詰め込むから怖くて」
「まるでお姉さんみたいだな」
「そ、そんなんじゃないわ」
「
「飲み込んでから喋りなさい!」
「は~い」
学園に来て初日。何が待っているかと不安を抱いていたアキトであったが、生徒たちの雰囲気はアキトのしる普通の学校大して変わらずどこかうれしく思えた。
「きゃっ!」
一人の生徒が声を上げた。
「足元に何かが!」
持ってきた水をハクの前に置いて机の下を覗くと小さな何かが走っていくのが見えた。だが、直後に頭にげんこつを食らわされる。
「いってぇ~~」
「何やってんのよ」
「足元に何かがいるって言うから」
「じっと見すぎよ」
「じゃあ、フレイが確認してくれよ」
仕方なくフレイは机の下を覗き込む。生徒たちの足でかすかにしか見えないが隣の机の下を走る小さな影が見える。立ち上がりフレイは言った。
「リトルゴブリンだわ」
「なんだそれ」
「人型モンスターでゴブリン系モンスター。大して力はないけど素早くずる賢い。さっさと捕まえないと面倒だわ」
直後、灰色の肌をしたリトルゴブリンはジャンプし机の上に乗ると、ナイフとフォークを投げつけた。その先にはアシュレ・ウィンバーンスが座っている。すぐにアシュレの執事がやってきて、アシュレが使っていたナイフでそれらを弾き飛ばすが、弾いたフォークがフレイのほうへと飛んできた。
「フレイちゃんあぶない!」
「ふん、この程度」
フレイは魔法で止めようとした視界が手で防がれる。そして、その手からはフォークの先端が貫通し血が漏れだしていた。咄嗟にアキトが手を出したのだ。
「いってぇな」
「アキト、何やってんのよ!」
「執事なんだろ。主を守るのが使命のはずだ。でも、俺には大したことはできないから不器用にやらせてもらっただけだ」
強がっているだけで、フォークの刺さった手の痛みは強烈だ。手の傷を見ていたハクは傷口の周りが変色し始めているのに気づいた。
「毒が塗られてる! 早く手当てしないと!」
「毒? 通りで体がピリピリと痺れるような感じがしたわけだ」
アキトはその場に座り込んだ。立っていることさえままならず、自分でフォークを抜くこともできないほど力が出せない。
直後、別の場所で小型のミミクリースネークが現れた。色を状況によって擬態させる蛇型モンスターである。
蛇型モンスターの扱いにたけているアシュレが即座に外へと逃がし騒動にはならなかったが、二体のモンスターが現れるのは異常なことだった。
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