ヴリテニア家を狙う影

第4話

 一週間が経ち、アキトはフレイと共に魔法学園アストルムに向かった。陸路は狙われる危険性も高いと判断し、グリフォンのボッカスに乗って、空から女子寮の近くへと降り立った。二人はボッカスが飛び去るのを見送り、寮の入口へ向かうと寮長が立っていた。魔法学園三年のファーマス・ケーヒン。波を描くような黒い髪は女性的でありながら、立ち振る舞い紳士のようであり、女子寮の一部生徒たちを熱狂させファンクラブもあるほど。

 

「フレイ、久しぶりね。そっちのは執事?」

「校長からはすでに許可をもらってる」


 優しい声色で話しかけるファーマスに対し、フレイの声色はどこか反抗期の子どものそれと似ている。

 女子寮ということもありアキトを見る周りの視線が集中する。居心地の悪さに外へと出ようとすると、フレイが強引に首根っこを掴んで引っ張る。


「こいつはアキト、見ての通りさえない雰囲気でしょ。ほかの子だって大して気にしないわ。あなたがいるんだし」

「まぁ、確かにモテるようには見えないけど。年頃の女子ってのはちょいと異質な存在に興味を持つものだよ。大して学がなくてもね」

「なんか俺貶されてる?」

「黙ってて。ね、いいでしょ」

「う~~ん。校長の許可があるなら仕方ないわね」


 アキトは大量の荷物を背負わされ、慣れない執事服で周りの視線を振り払いながら、フレイについていき部屋にむかった。

 荷物をどさっと床に置くと、その場に座り込み休んだ。グリフォンに一時間も揺られて疲労困憊。すぐにでも横になりたかったが、フレイはそれを許さず荷物の整理を指示した。


「はいはい、すぐに整理しますよって」


 本棚に持って帰っていた一部の本を収納し、机に必要なノートやペンを収納し、次の物を手に取り眺めると、それはパンツだった。フレイは間髪入れずに本でアキトの頭を叩いた。


「変態! それは私がやるから!!」

「だったら自分で持ってろよな……」


 ため息つきつつ扉に持たれかかろうとすると勢いよく扉が開きアキトの体は床へ倒れ、さらにその上に誰かが乗って来た。


「フレイちゃんおかえりー! って、なんか床が変だよ」

「ど、どいてくれ……」

「わあっ! ご、ごめん!」


 黒い髪にふと眉が特徴的な田舎娘っぽい少女は、慌ててアキトから降り手を差し伸べた。


「いってて……」

「人のパンツを着やすく触った罰よ」

「それとこれとは関係ないだろ」

「ねぇねぇ、この人フレイちゃんの執事?」

「そうよ。この前雇ったの。いろいろとあってね」

「へぇ~~」


 少女はじーっと前のめりになりつつアキトのことを見て言った。


「私はハク。フレイちゃんの友達だよ。よろしくね」

「俺はアキトだ。一応執事をやってる」

「一応だなんて面白い人だね」


 妙に距離感の近いハクにたじろいでしまったアキトを見て、フレイは吐き捨てるように言った。


「もしかして女性に対しての免疫低いの?」

「あんまりかかわってこなかったんだから仕方ないだろ!」

「はぁ……。そんなんで女子寮でしっかりしてくれるのかしら。間違っても変な気を起こさないでよね」

「わかってるって。お前に追い出されたら行く当てもないし」

「なら結構。私は学年集会に行ってくるから掃除をお願い。それと学校の給仕に挨拶してきなさい。これから一緒になることも多いだろうから」


 そういうとフレイはハクの手を引っ張って部屋の外へ出て言った。

 

「はぁ……。執事なってから扱いが荒いな。認めは可愛いのに」




 フレイが廊下を歩くと周りの生徒たちは訝し気な視線を送った。それはアキトを連れてきたことではなかった。一人の金髪の女子生徒がフレイの前に立ちはだかり腕を組み言う。


「あら。フレイさん。お父様はご無事かしら」

「もう聞いているのね。どうせ情報を周りに流したのもあなたでしょ。アシュレ・ウィンバーンス」

「同じ五名家の一家ですから情報は早く回ってきますわ。まさか賊にやられるなんてね。そろそろヴリテニア家も潮時じゃないかしら」

「序列三位のウィンバーンス家に言われたくないわ。せめて私を超えて五名家の一位になってから言ってちょうだい」


 バチバチと静かなる炎をたぎらせる二人の間に、何も気にせずハクが割って入った。


「アシュレさん久しぶり~」

「あら、田舎娘のハクさんじゃないこと。フレイさんの腰ぎんちゃくらしくていいわね」

「フレイは友達だよっ」

「そう。まぁ、のけ者同士お似合いだこと。次の魔法演習楽しみにしているわ」


 アシュレは高笑いをしながら去っていった。彼女がローグの情報を広めたことにより、今まで最強とうたわれていたヴリテニア家の信用は、この学園内で落ち始めている。それ以前から、一人で行動しどの派閥にも入らないフレイを毛嫌いする生徒は少なくはない。

 交流することに興味がなく、あまり自分を他者へ見せないことから、勝手作り上げられた噂が史実のように流布され浸透してしまった結果だ。


「大丈夫だよっ。きっとローグさんも調子悪かったんだよ」

「気休めはいいわ。ほら、いくわよ」

「あー、ちょっとまってー!」

 

 ヴリテニア家とウィンバーンス家は仲が悪かった。それは十八年前の王国を守る戦いがきっかけで亀裂は広がり、今となってはこの二家の都合で五名家の会合が開けなくなってしまったほどに。

 幸い、現在は王国を揺るがす危機もなく会合の必要はないが、間を取り持つ五名家序列一位のシュタインズ家が、女王直属の近衛兵の育成係となったことで、五名家から外れ一位の座は事実上欠番状態となっている。

 一位の座を得るためにヴリテニア家とウィンバーンス家はそれぞれの子どもの功績で決めることにし、その他の五名家も同じように同じ学園へと子どもを入学させた。それぞれの名家の子どもが交流を広げる中、フレイは一匹狼としてトップになることを目指している。


 苛立ちは募るばかりだ。トップを狙いながらも状況は芳しくない。


「ねぇ、フレイちゃん。五名家として一位になることってそんなに大事なの?」

「あなたにはわからないわ。恵まれた環境で生まれたものにはそれだけの責任がある。私はトップになってヴリテニア家を一位にしなきゃいけないの」

「それってさ、フレイちゃんがしたいことなの?」

「私が?」

「だって、フレイちゃんって自由に魔法の研究してる時ってすごく楽しそうなのに、五名家のことになるとすごく辛そうだよ」

「……勝手なことを言わないで。自由にできるのは小さい時だけよ」


 魔法は好きなのに、好きな魔法でトップを目指すことに対してどこか億劫とさえ感じていた。トップになることそれ自体が嫌なわけじゃない。いろいろなしがらみがまとわりつくのが嫌なのだ。

 もっと自由に生活したいのにそれができない。その上誰かから狙われるかもしれない。こんな状況で楽しんでなどいられなかった。

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