第3話
夢の中でまた女性と話した。
「力を使えたようですね。やはり私が決めた人」
「なんで俺は力を使えるんだ? それに、決めたってどういうことだ」
「あなたを連れてきたのは私」
「元の世界には戻れないのか」
「今は無理。だけど、方法はある。ただ、その前に約束してほしいの」
「約束?」
「私はあなたに力をあげる。代わりにヴリテニア家を守ってほしい。あなたができるなら五名家もね。それがこの国が唯一救われる方法。五名家の崩壊をきっかけに、黒の騎士団はこの国を支配しようとしてるの」
あまりにもとんでもなく脈略のない話。明人にはそれを手伝う義理などなかった。だが、無下にするのも違うと思えてしまうのは、人助けをした時の感情がまだ根強く残っているからかもしれない。
「すべてが真実だとして、どうして今まで魔導書は動かなかったんだ。フレイの言い方だといままで保管されていたのに力は使えなかったんだろ」
「この力は世界のバランスを崩す。何もない時に使えてしまえば力に溺れた人間により戦争の火種となる。私が認めた人間が現れるまで私は魔導書を使えないようにしていた」
「じゃあ、なんで今になって。それにどうして俺なんだ」
「あなたの世界とこの世界とのゲートが閉じようとしていた。だから、すぐにでも魔導書を扱える人間が必要だったの。それで私はあなたを選んだ。理由は……いまは言えない。でも、あなたを見つけたのはいいけどそれは罠だったの」
長い間、ヴリテニア家の地下室で保管されていた魔導書に魔法がかけられてあった。それは魔導書が力を発揮したと同時に、黒の騎士団が察知できるようにされていた。今回の襲撃の原因はそれだった。
「黒の騎士団はなんなんだ」
「……あ、もうだめ。時間切れ」
「どうした」
「最初に力を大きく使いすぎて私の意識を保てる時間が少ない。最後に言っておく。ヴリテニア家を守って。それと黒の騎士団は倒して」
それが女性からの最後の言葉だった。
鉛のように重たい体を起こすと、また前に目覚めた部屋と同じだった。
開いた窓から心地いい風が吹き込み、カーテンを揺らして明人の肌を優しくなでる。こんな風に自然の風を感じるのいつぶりだろうか。都会の中にいると、煌びやかな幻想と同時に窮屈さを覚える。それは現実逃避には打ってつけだった。部屋の中なのにここは開放的にさえ思わせる。
扉が開き入って来たのはフレイだった。心配そうな瞳が明人を見つめた。
「大丈夫?」
「ああ、体は重いけどなんとかな。一時間くらい寝てたのか?」
「いいえ、丸一日よ」
「まじかよ……」
「あなたが寝ている間に体を調べさせてもらった。あなた、魔力コアがないのね」
「なんだそれ」
「人が魔法を使うための器官よ。ほとんど魔法が使えない人でも備わっているのにあなたにはない。別世界から来たって言ってたよね。たぶん、だからじゃないかな」
フレイは別世界の存在を嘘ではないと思い始めていた。魔力コアがない人間なんて今までみたことなかったのだ。
「俺はこれからどうなるんだ」
「あなたはどうしたいの。魔導書に言われたんでしょ。ヴリテニア家を救えって」
「そうだ! お父さんはどうなったんだ!」
「無事よ。でも、魔力コアが激しく損傷してて魔法を使えるまでにはしばらく時間がかかる。……もし、あの時アキトがいなかったら、お父様は死んでたし私もどうなってたことか。本当にありがとう」
不思議な気持ちが心を優しく包む。人助けが初めてだったわけではない。偶然助けるということはあった。だが、今回は決定的に違う。自分から立ち向かった。それは自分の意志で行動し、自分で決定し、自分が望む結果をつかみ取ったことだ。
十八年の人生の中で、この不思議な気持ちはとても心地よいものだ。
「あなたさえよければなんだけど、私の執事にならない? 行く当てもないんでしょ」
「職にありつけるのはありがたいけど、俺は大したこと出来ないぞ」
「魔導書が使える。私はその魔導書を小さいころから解明しようと試みたけどだめだった。見てみたいの。魔導書が使われるところをね。それに、ヴリテニア家が狙われるなら必然的に私も狙われる。だから、あなたを執事として、護衛役として私の側に置きたい」
枕の横に置いてある魔導書へと手を伸ばし、ページをめくった。さっきまで読めていたのに、字が見えていたのに、今は白紙に戻っていたのだ。でも、血の契約は完了している。ページの最初には明人の血で名前が書かれている。だが、それはこの世界の文字として変換されていた。
明人は魔導書の所有者になった。この魔導書の力を使える唯一無二の人間となったのだ。これが何のか、どうしてこの世界に呼ばれたのか。そして、どうやって元の世界に戻るのか。全ての答えを探し出すためには動かなければいけない。
部屋の中で怖気づいて毛布にくるまっていたら、何が起きているかなんて絶対にわからない。知りたいのなら傷つく覚悟で、知らない世界へと飛び込まなけれいけない。
きっかけは得た。あとは行動だけだった。
「わかった。俺は君の執事になる」
ページが一枚めくられていくように、物語は序章から始まった。
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