第2話

 明人はフレイの父、ローグ・ヴリテニアの書斎へと連れて行かれた。


「なんで手錠すんだよ。てか、なんで手錠があんだよ」

「また変なことをするかもしれないから。それに変なことばっか言ってさ」

「いや、俺もよくわからないけど伝えなくちゃいけないってそう思えたんだ」

「夢の中の声に導かれるなんてまるでおとぎ話ね。夢見る少年ごっこは終わりにしなさい」

「だから違うってー!」


 後ろ手に手錠をされ紐で引っ張られる姿はまるで飼い犬だ。屋敷の執事やメイドはその姿を不思議そうに眺めていた。明人からすれば本物の執事やメイドを見るのは初めてでそれに驚く。

 屋敷はとても広くカーテンやカーペット、窓枠でさえも高級そうなものばかりで、ヴリテニア家がどれだけ富豪なのかが伺える。明人はまだ状況を理解できていなかったが、次第に一つのとんでもない結論に到達しようとしていた。

 あくまで人生で見てきた物からの、短略的な馬鹿げた結論なのに、そうであることでしか説明が付けられない。その結論に至るにはそれ相応のとんでもないことをないと行けないのだが、結論付ける要因が外にあった。

 

「なんだよあれ……」

「見たことないの? 余程田舎から来たのね」

「だって、あれって……グリフィンってやつだろ」


 底辺でメイドから餌をもらっていたのは、ゲームやアニメに出てきそうなグリフォン。神話などに出てくる伝説上の生物だ。温厚な性格なのかメイドに懐いている。


「まじか……やっぱりそうなんだ」

「急にシリアスな顔してどうしたのよ」

「信じてもらえるかわからないけど、俺はこことは別世界から来たようだ」

「はぁ? 何言ってんのよ。立ち止まってないで行くわよ。あとでゆっくりグリフォン見せてあげるから」

「そうじゃないんだ!」


 本気の明人にフレイは立ち止まってじっと見つめた。フレイは賢い少女だ。今の明人がふざけているわけじゃないことくらいは察していた。。


「俺は、日本っていう国の東京という都市からここに来た。知らないだろ」

「聞いたことない名前ね」

「俺のいた国……いや、俺のいた世界じゃグリフォンもいなければ魔法なんてものもない。君のような貴族らしい人もいない」

「らしいじゃない。貴族よ」

「俺の世界にはいない」

「何が言いたいの?」

「……俺は、別世界からここへ来たんだ。その原因はわからない。唯一わかるのは、夢の声の主が俺をここへ連れてきた。そして、君たちの家が狙われている。それだけだ」


 ふつふつと沸いてくる不安はこの世界が自分の知る場所とは違うと、無意識で理解しているがゆえに発生するもの。魔法もグリフォンも、すべてファンタジーの世界の存在だと思っていたいのに、突如としてそれが現実になる。どこかで望んでいたかもしれない、どこかで夢見ていたかもしれない。だけど、いざ唐突に目の前に現れるとそれは恐怖でしかない。

 

「アキト、あなたの言葉には真実味がある。理屈はさっぱりだけどあなたの言葉は信用できそう。だけど、私にはどうしてあげることもできない。だから、まずはお父様のところに行くわ。お父様は国から認められた魔法使い。何か知ってるかもしれないから」

「……ああ」


 ローグの書斎に入るとバーガンディ色のベストを来たダンディな男性が座っていた。


「お父様、お話があります」


 ローグは、自分の娘が少年に手錠をかけ、紐で飼い慣らしてるような状態に驚いた。


「いろいろと突っ込みたい状況だがまずは説明を聞こうか」

 

 フレイは明人が現れた経緯を話した。


「ほう……、別世界から来たとな。君は本当に魔法を見たことないのかい? モンスターもか?」

「俺の世界にはそういったものはありません。それに、貴族階級もないんです」

「ふむ、あの魔導書が関係しているのか。それとも何かの偶然か。正直のところ今はわからない。あの魔導書については詳しいことを聞いていないからね。だが、なぜそこに魔導書が落ちているんだい?」


 フレイと明人は床を見た。すると、明人のすぐそばにあの魔導書が落ちていたのだ。明人が現れてから誰も魔導書には触れていなかったのになぜかこの場所に現れたのだ。


「フレイ、アキトくんの手錠を外してあげなさい」

「いいのですか」

「屋敷の中で悪さはできんさ。それに私がここにいる」


 手錠を外すとローグは、明人へ魔導書を手に取るようにいった。明人は怪しげな魔導書を手に取り、最初のページを開くと、そこに文字が現れた。日本語ではなく英語でもない。まったく見たことのない文字なのに明人は自然とそれを読んだ。


「血の契約により名を掲げろ……?」

「私には何も反応なかったのにどうして。あなた何かやった?」

「俺は何も」


 開いたページは光を放った。それと同時に明人の頭の中へと誰かが語り掛ける。「ヴリテニア家を救って」その一言だけを言うと光は消えた。何が何だかわからない。異常な状況が明人を混乱させる。

 だが、神のいたずらかさらに混乱する出来事が起きた。庭園で突如グリフォンが暴れはじめたのだ。ローグはすぐに庭へ向かいフレイもそれに続いた。

 明人は魔導書を強く握り、不思議な使命感を覚えつつフレイを追いかけた。


 普段は温厚なはずのグリフォンが暴れて火を噴き、綺麗に手入れされた花々を燃やし尽くしていく。メイドはおびえて腰をぬかしその場から動けなかった。


 ローグはグリフォンを落ち着かせるため前に立ちはだかり魔法を唱える。何もない空間から現れた光のロープはグリフォンの首や足に巻き付く。放たれた炎に手をかざしまるで自分の手足のごとく操り空へと消し、ロープをきつく締め付ける。


 圧倒的な魔法の力でグリフォンは成す術がなかった。フレイはその姿を真剣な眼差してみていた。まだ遠い父の背中が、さらに遠く離れて行くような気がしたのだ。小さいころから魔法を学び、学園に入って一年のエリートクラスに入れたが、いまだにグリフォンを止めることは敵わない。いつになれば自分が望む魔法使いになれるのか、考えると気が遠くなりそうだった。


「一回眠ってもらうぞ」


 そういうとローグは新たな魔法を放つ。優しい光がグリフォンへ向かう。しかし、茂みから黒い光がローグを狙った。黒い光はローグへと纏わりつき魔力が吸い取りはじめた。


「お父様! 今助けます!」

「フレイやめろ! これはヴリテニア家を狙う者の仕業だ! お前まで巻き込みたくない!」

「ど、どういうことですか」

「魔導書を持って逃げろ! お前じゃ……歯が立たない……」


 ローグは魔力をすべて抜かれてその場に倒れた。それと同時にグリフォンを拘束してた光のロープは消滅しローグへと襲い掛かる。


「私が止めなきゃ、私がやらなきゃ……。私がやるんだ! 炎魔法、チェーンフレア!」


 両手から放たれた揺らめく炎はロープ状に変化しグリフォンの体を拘束する。だが、グリフォンのパワーに対しフレイの魔法ではまったく効果がなく、魔法は力でねじ伏せられた。

 執事たちもドラゴンを止めようとするが圧倒的な力の差に成す術がない。


「――魔導書を渡せ……」


 現れたのは黒いコートに顔をマスクを隠した男だった。一目見てわかる。こいつは敵だと。


「あなたはいったい誰なの!」

「我々は黒の騎士団。英雄五名家を潰し王国を変える者だ。ヴリテニア家をはこの国に必要ない。血筋をこの場で消してやる」


 男はフレイへと黒い光を放った。光に触れられれば魔力を吸い取られてしまう手も足も出なくなる。逃げなければいけない。だが、父や執事たちを置いていき自分だけ逃げるなど、フレイはできなかった。


「――なんだか知らないけどさ。ここは俺がやってやる!」


 割って入って来たのは明人だった。光を放つ魔導書を手に持ち、さっきの混乱していた様子は一切なくなった。


「あなたじゃ勝てない! 魔法も知らないのにどうやって立ち向かうの」

「魔法ならここにある。どうやらあの声は魔導書かららしい。そして、言った。ヴリテニア家を救えと。どうせやることもないんだ。ちょっとくらいでカッコよく生きてみるのもありだろ」


 急にやる気に満ち溢れたわけではない。

 一連の出来事の間に明人は再び女性の声が聞こえた。


「魔導書はすべての魔法を内包する。あなただけがそれを扱うことができるの。時間がない。あなたが目の前の出来事を変えるか、それとも今まで通り見過ごして生きていくか。もし、魔導書を使って少女とその父親、執事やメイドたちを救う覚悟あるなら、この一度は全力で力を貸す」

「それから先はどうなる?」

「先はあなたが決める。逃げるも、戦うもね」


 明人の人生は平凡なものだった。燃え上がるような情熱もなければ深い絶望もなかった。物語の世界に思いを馳せて現実逃避をする日々。大きな夢もない。だが、それを良しとするわけではなかった。何かきっかけがほしい。そう思うばかりで、結局何もせずに気づけば高校卒業を控えていた。


 大学生になっても同じ、専門学生になっても同じ、就職しても同じ。どの道を選んでも刺激のないフラットな道を歩むのだろうとしか思えなかった。


 でも、これは大きなきっかけだ。物語でしか見たことなかった状況が現実となり、今目の前で起きている。ここでやらなきゃいつやるんだと、明人は自分に言い聞かせ覚悟を決めた。

 剪定用のハサミで指を切り、血の契約を果たすと魔導書は光を放ったのだ。


「俺は何のとりえもない一般人だけど、俺にやれることがあるならやってやる! 俺の人生はここから変わるんだ!!」


 魔導書は勝手にページを開き白紙のページに文字が現れる。


「フレイムテンペスト!!!」


 黒い光を嵐のような炎の竜巻で消滅させそのままコートの男へと放つ。


「特級魔法だと……。あいつが魔導書に導かれたのか」


 男は黒い霧と共に姿を消すと言った。


「またいずれ会うことになるだろう。ヴリテニア家を消すため、君の魔導書を奪うためにな」


 男が消えたことでグリフォンは落ち着きその場に伏せた。

 

「あなた、何者なの?」

「ただの一般人だ」


 強力な魔法を扱った影響か明人はその場に倒れた。


「ちょっと大丈夫!? ってすごい熱……。早く手当の準備を!」


 人生とはとても不思議なものだ。望んでもかなわないことも多く、避けたくても避けて通れないことも多い。だが、不意に大きな出来事を発生させる。そんな時、手を伸ばし掴むことができれば、人生は大きく変化する。明人にとってそれが今日であると同時に、これから先は今まで違う予想は一切できない劇的な物語への始まりだった。

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