転移者は魔導書を手に取る~天才少女と凡人執事の奇妙な学園生活~

田山 凪

序章

第1話

 ヴリテニア家の屋敷の地下で次女のフレイ・ヴリテニアは魔導書を手に取りじっと眺めた。表紙は月と太陽が融合したような絵が描かれている。中は白紙で埋められており何一つ文字が書いていない。だが、不思議なことに燃やすことも破ることも、はたまた誰かに渡してもなぜか保管されていた場所へ戻ってくる。


「不気味な魔導書ね……。なんなのかしら」


 幼い頃よりこの魔導書は家の家宝として地下に保管されてきた。

 魔法のかかった箱の中に入っていたこの魔導書を見つけるとフレイはきっとすごい魔法が書かれているのだと思い、興味からいろいろ試してみたが一向に謎は解けない。父ローグ・ヴリテニアはラージア王国からもらったと言っていたが詳しい説明は受けていないという。ただ一つ言われたのが、この魔導書にはいまだ謎が多く、それを解明してほしいと。

 結局、ローグは半ば心が折れかけ放置し、フレイが結果的にそれを引き継いだ。


「はぁ~、全然だめ! もう知らない!」


 両手では数えられないほどのもう知らない宣言。

 フレイは魔法の才能をもっていた。幼いころから父のように王国からも頼られるすごい魔法使いになることを夢見て難しい本も読んできたが、この魔導書だけはどれだけ調べてもわからない。

 寮の工事のために一週間屋敷に戻っている間に、成長した自分ならと魔導書の力を解明しようと試みるが、何をしてもうんともすんともいわない魔導書に苛立ちを覚えていた。

 帰ってきてから丸一日地下に籠っていたフレイは、疲労を感じ自分の部屋に戻ろうとドアノブ手をかけた時、赤髪のツインテールが大きく揺れた。振り返り見てみると、魔導書は強い光と風を発生させていた。


「え、どういうこと。私が何をしてもどうにもならなかったのに」


 光は渦のようにねじれ始めるとその中に別の風景がぼんやりと見えた。見たことのない建物が並び多くの人が行き交う街中。ほどなくしてその中から人が勢いよく飛び出してきた。


「うわぁぁぁぁ!!!」

「えっ、なに!?」


 飛び出してきた少年と衝突しフレイは下敷きになってしまった。

 少年は混乱した様子で周囲を見渡している。


「な、なんだここ!? 俺は買い物していたはずなのに。あれ、夢か。いや、にしてもこんなとこ知らないぞ。もしかして監禁!?」

「ごちゃごちゃうるさいわね! さっさとどいてくれないかしら」

「うわっ! ごめん!」


 慌ててどいた少年はいまだに混乱している。見慣れない服装にフレイも戸惑いつつあったが、冷静に状況を考えた。


「ねぇ、あなたどうやってここにきたの? ここは屋敷の地下よ」

「屋敷? 俺は秋葉にいたはずなのに」

「アキバ? そんな町この近くにはないわ」


 少年は地下室を見渡すと魔法の実験道具や本を見て言った。


「すごいな。なんか本格的に魔法の部屋みたいだ。なんだか知らないけどこういう部屋ってかっこいいな」

「褒められてるのかしら? というか、魔法みたいじゃなくて魔法の実験をするものなの。見たことないの?」

「……あ、そういう人?」


 少年は何かを察したようにフレイを見つめ、肩を叩いた。


「大丈夫。俺もそういう時期あったからいまのうちに楽しみなさいな。いずれ大人になれば現実を見ることになるから」

「なんか知らないけどむかつくわね。ちょっと痛めつけてあげる!」

「いや、やめとけって。魔法なんてないんだから……」


 余裕ぶっこいていた少年は突如自分の体が浮き始めたことに驚愕した。


「うえっ!? なにこれ!!」

「魔法がないっていったよね。あなたどんな田舎から来たのかしら。屋敷に入って来たんだからこれくらいは覚悟しなさいよね!」

「あ、ちょっ、まってくれ! 俺は!」

「問答無用!!」


 激しい音を立て本棚にぶつけられたあげく、倒れてきた本棚の下敷きになった少年ははそのまま気絶してしまった。


 夢の中で少年は女性の声が聞こえた。温かく優しく、とても明るい声だ。


「誰だ……?」

「まだ内緒だよ。でも、いずれ会えるから楽しみにしておいて」

「俺はこれからどうなる?」

「ちょっと大変なことになるかもね」

「大変なこと?」

「うん。だけど、今はフレイを守ってあげて。今の私には何もできないから。私が認めたあなたなら、きっとあれを使えるから」

「ちょっとまってくれ! 俺は何も知らないんだ!」

「フレイにあったら名乗っておきなよ。それと、ヴリテニア家が狙われてるって伝えて」


 夢の中の女性の声は最初こそ明るいものだったが、最後はとても深刻そうに告げていなくなった。それと同時に少年は目が覚める。

 起きるとそこは知らない部屋だった。相変わらずどこにいるかわからないままで不安を覚えるが、すぐそばに先ほどの少女が座っていた。


「やっと起きたのね。まぁ、ちょっとやりすぎたわ」


 伝えなくちゃいけない。なんの根拠もあるわけではないが、あの女性が言っていたことを伝えなければ思い、少年はフレイの手をとった。


「な、なに! 乱暴する気?」

「俺の名は明人アキト、ヴリテニア家は狙われている」


 これが二人の出会いであり、これから起こる物語の始まりでもあった。

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