第36話


「お先に失礼します、お疲れ様でした!」


 本日最後のお客さんを見送った蒼にぃは書類や使ったバインダーなどを片付けると千智さんのお父さんに声をかけていた。

 

「蒼介くんおつかれ〜、柏葉さん今日はありがと〜」


 カウンターに立つ千智さんが私と蒼にぃに声をかける。

 私は小さく頭を下げる。


「おう、お疲れ! ちゃんと彼女を家に送っていくんだぞ」


 千智さんのお父さんはカウンター席に座り、コーヒーを片手に持ちながらにんまりとした表情でこちらを見ていた。


「柏葉はそんなんじゃないですよ、ただのクラスメイトです」


 ため息混じりに答える蒼にぃ。

 そこははっきりと彼女と言ってもいいんだよ!

 ふと、千智さんを見るとふふっと微笑んでいた。


 ——ママ、絶対面白がっているでしょ!


「柏葉、行くぞ」

「う、うん……!」

 

 蒼にぃに声をかけられると、再度店にいる2人に挨拶をして外にでた。

 なんか蒼にぃに柏葉って呼ばれることがほとんどないせいか、ものすごく違和感を感じる。


 外はすっかり陽が沈んでいた。

 ……昼間に比べて涼しいかもと思ったけど、湿気のせいで一気に汗がでてきて、涼しい感じが一気に消え去ってしまう。

 

「まったく、ビックリさせるなよ……」


 外に出ると、蒼にぃは私の方を向いてため息をついていた。


「だって、夏休みに入ってから蒼にぃが構ってくれないから寂しかったんだよ」

「おまえは猫か」

「うーん、むしろタチな気がするけど、蒼にぃが望むならネコになってもいいよ?」

「……悪い、全くもって意味がわからないんだが」


 蒼にぃは手で頭を押さえながら歩き出していた。


「あれ、バイクは?」

「咲耶のヘルメットがないから今日は置いていくことにしたんだよ」


 そう言えば、さっき外で千智さんのお父さんとそんな話をしていたような気がした。


「まあ、たまにはのんびり帰るのもいいか……夕飯は千智が作ってくれたしな」


 蒼にぃの片手には薄緑の風呂敷につつまれた重箱があった。

 店にある材料が余ったということで、ママもとい、千智さんが作ってくれていた。


 ちなみに重箱なのは私がたくさん食べると話したからだ。


 「うん!」


 元気な声で返事をすると私は定位置である蒼にぃの腕を組む。


「そういや、千智とは仲良くなれたのか?」


 歩きながら蒼にぃは私の顔を見る。


「う、うん……それなりにかな」


 千智さんがママだとわかってから、蒼にぃと千智さんのお父さんが戻ってくるまでずっと話していた。

 どうやら、10年前の事故があった日にママは私と同じように『神崎千智』となっていたとのこと。


 私のことは蒼にぃと買い物をしている時に何度か見かけたことがあるようで、会話の内容や私の雰囲気でなんとなく察したとか。

 いつか、声をかけようと思っていたが、まさか私のほうから来るとは思っても見なかったとか。

 

「ねぇ、蒼にぃ?」

「どうした?」

「何を食べたらあんなに胸が大きくなれるのかな?」


 私が話すと蒼にぃがむせ返っていた。


「そんなこと俺に聞くな、知るわけないだろ!」

「むぅ……こうなったら蒼にぃに協力してもらうしかないかも」

「何をするかわからんが、俺を巻き込むな」


 蒼にぃは大きくため息をしていた。

 ため息をすると幸せが逃げるというけど、大丈夫なのかな?

 いや、私がいるから充分幸せだから問題ないはず!


「……今度、千智さんに聞こうかな」


 ママというか千智さんからはいつでも遊びにきてねとは言われている。

 蒼にぃには言わないのかと聞いてみたけあの口調でキッパリとしないと答えていた。


 理由はそんなことしなくても、蒼にぃと接することはできるし、真実を話すことが全て正解ではないとも話していた。

 あとはもう一度『女子高生』として過ごしたいからとか……。


『私はどんな姿になっても蒼くんと咲耶ちゃんが幸せになってほしいと思っているから〜 別人になった今なら蒼くんのことを一番わかっている咲耶ちゃんなら任せても安心ね〜』


 遠回しにママは私のことを応援してくれるようだ。

 ……それはいいんだけど。肝心の蒼にぃが——


「……ん? 俺の顔に何かついてるか?」

 

 もちろん私の気持ちなど全く気づくことはこの地域が消滅してもなさそうだ。


「どうやったら蒼にぃが私の魅力に気づくのか考えていただけ」

「……真面目に聞いた俺がバカだったよ」


 またもや蒼にぃはため息をついていた。

 それと一緒に私も同じようにため息をつく。



 

「……咲耶」


 他愛もない話をしながら歩いていると、蒼にぃは私の名前を呼ぶ。


「どうしたの?」

 

 顔を見上げた先にはまさに真剣といった表情の蒼にぃの顔が見える。


「伝えておきたいことがあるんだ」

「え……!?」


 その言葉を聞いた途端、私の心臓がドクドクと音を立て始める。

 も、もしかしてこれは……!


「家でもいいかと思ったんだけど、我慢ができなくてさ」

「う、うん……!」


 ちょっと待って!

 私の想像を遥かに越えすぎてることを言っているんだけど、どうしたの蒼にぃ!?

 ふと、空を見上げると大きな月が見えていた。満月って人を魅了するっていうか興奮に近い感情を出させるとか聞いたことあるようなないような!


 ——いやいや、こんなことでヒヨってどうする咲耶! 蒼にぃの全てを受け入れるって覚悟してたでしょ!

  

 私は心の中で自分の気持ちを奮い立たせると、蒼にぃの方を向く。


「お、おっけー! 私は覚悟できてるからい、いつでも言って!」


 自分でもわかる震え声だった。


「スタジオが見つかった」

 

 蒼にぃが発した言葉はそれだけだった。

 

「……え?」


 思っていたことと違った言葉だったので思わず拍子抜けした声が出てしまう。


「前に話しただろ、398として活動できる場所があればって」

「あ、う……うん、そうだったね」


 ヒトカラでそんな話をしていたことを思い出した。

 こっちではもうできないと思っていたので、忘れかけていた。


「……もしかして、最近夜遅くまで起きてPCの前に釘付けだったのはそのため?」

「そうだよ、咲耶をビックリさせたくて内緒にしてたんだけどな」


 蒼にぃは照れているのか、反対側を向いていた。


「そっかぁ……」


 私は夜空へと顔を向けていた。

 空には煌々と照らす満月が映っている。

 満月が人を魅了したり興奮させるのはどうやらマユツバものだったらしい。

 

「でも、これで398として活動が再開できるな」

 

 正直、蒼にぃに会えたことで398として活動する理由はないんだけど……。

 もちろん、一生懸命探してくれた彼に対してそんな言葉を言えるはずもなかった。


 でも、蒼にぃの待ち遠しいそうな顔を見ていたら、それに応えようと思っている自分がいるのもたしかだ。


「それにしてもなぁ……」

「どうした?」


 私のぼやきに近い言葉に蒼にぃが反応して、こちらを見ていた。

 それにつられるように私も蒼にぃの顔を見ていた。


「……なんでもない」

「何で、膨れっ面なんだ?」


 蒼にぃの超鈍感!ニブチン!

 でも大好きだああああ!


=================================


【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


よーし!今年も仕事頑張っちゃうぞー!(遠い目)

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