第35話


「お兄ちゃん、こっちだよー!」


 双葉ちゃんに手を引っ張られながら地下室へと続く階段を降りていく。


 地下室は上のフロアとは違い、ひんやりとした空間になっていた。

 おそらく作りが鉄筋コンクリートでつくられているのだろう。

 

「ここがトイレで、こっちがおじいちゃんのスタジオだよ」


 トイレまであるのか……。

 そう思いながら双葉ちゃんの後ろをついていくと、広い部屋に着く。


 部屋の奥には木製の長いテーブルと学校の体育館にあるようなパイプ椅子が4つほど置いてあった。

 テーブルの脇に4口の電源タップが置かれていた。

 アンプ用にでも使っていたのだろうか。


 部屋は一面、廊下と同じように壁は鉄筋コンクリートで覆われている。

 たしかにこれなら音がそれに漏れることはなさそうだけど……。


「……にしても」

「どうしたの?」


 目の前にいた双葉ちゃんが俺の声に反応して、首を傾げていた。


「あ、いやスタジオっていう割には楽器が1つもないんだなと思ったんだよ」


 ここにはドラムもなければマイクなどバンド活動をするための楽器が一つもなかった。

 本当にここはスタジオなのだろうかと疑問に感じるほどだ。


「うんとね、この前おじいちゃんが全て片付けてどこかに送ったみたいだよ、その途中で階段から滑り落ちちゃったみたい」

「なるほど……」


 それでも骨折することなく済んだのだから、バンドマンっていうのは普段から体を鍛えているのだろうか……。


「そういえば、双葉ちゃんはここで何をしてたんだい?」


 国分寺さんが呼んだ時もここにいたみたいだけど……


「ここで歌の練習をしていたんだよ!」

「1人で?」

「うん!」


 双葉ちゃん曰く、負担は国分寺夫妻やバンドメンバーに混じって歌っているようだ。

 そのため彼女にとってここは遊び場も同然らしい……。

 

 一通りスタジオをみることができたので、双葉ちゃんにお礼を言っておやっさんと国分寺夫妻のいる応接室に戻ることにした。

 応接室に戻ると、おやっさんと夫妻の話はまだ続いていたらしい。


「島を購入ですか?」


 俺がおやっさんの隣に座ると、とてつもなくスケールのでかい会話が繰り広げられていた。


「メンバーの1人がソロ活動で稼いだ金で買ったようでな、いい歳だし、みんなでそこで暮らさねーかと言われたんだよ」

「夢のあるはなしですな、ちなみにどうするんですか?」

「もちろん、行くにきまってるだろ、その準備をしてて怪我しちまったんだがな!」


 国分寺さんは怪我した足を指差しながら豪快に笑っていた。


「まったくもう、こっちがどれだけ心配したのかわかっているのかしらね……」


 隣に座る夫人は呆れた表情を浮かべていた。


「それじゃ、この家は売却ですか?」

「いや、娘と双葉がこのまま住むっていうから売りはしないけどな」


 国分寺さんは顔を天井に向けていた。


「娘は普通のサラリーマンだし、地下のスタジオを使うことはほとんどないんだよな、双葉は遊び場として使っているが……」


 その後に国分寺さんは寂しそうな声で、スタジオとして使って欲しいんだよなと呟いていた。

 本人曰く、あのスタジオはメンバーと苦楽を共に過ごした場所であると話していた。

 いつの間にか国分寺さんの思い出話が語られた。


「ほら、つまらない話をするから2人が黙ってしまったわね」


 話をぶった斬ったのは夫人だった。

 

「簡単にいえば、あのロックに満ちた部屋をスタジオとして使ってほしいと言いたいんだよ、俺は」

「それなら、そうと言えばいいじゃない、年寄りの昔話なんかに興味はないわよ、特に若い子は」


 そう言って夫人は俺を見ていた。


「あ、あの……」


 俺が口を開くと国分寺さんは「もしかして続きが気になるのか?と嬉しそうな顔をしていたが

 隣からの鋭い視線があったのか、すぐに反対側を向いてしまった。


「……俺でよければ使わせてもらえないでしょうか?」


 隣に座るおやっさんが変な声をあげていた。


「ボウズ、なんだおまえさんバンドやってたのか? 見てくれからそうは見えないが」

「いえ、やってはいないんですが……」


 俺が言葉を返すと国分寺さんはわけがわからないと言った表情をしていた。


「バンドではないんですが、動画配信サイトをできる場所を探していたんです」

「ドウガハイシンサイト?」


 首を傾げる国分寺さん。常にネットに触れてるとは思えなかったのでわからないと思ったが……

 説明するしかないか……。


「Doutubeっていうサイトに動画を投稿してる人たちのことよね?」


 説明しようとしていたが、夫人が代わりに説明をしてくれていた。


「うん? 投稿ってどこにだ?」

「さっき言ったDoutubeってサイトよ そこで配信されたものを世界中の人たちがみるのよ」


 夫人が説明するも国分寺さんにはうまく伝わっていなかったので、俺がスマホを取り出してDoutubeに接続して

 いつも見る動画を国分寺さんに見せる。


 スマホのスピーカーから398の歌声が流れ始めていた。


「なんだ、声だけなのか?」

「この配信者、恥ずかしがり屋で顔出しするのは嫌みたいで……」


 それから国分寺さんに動画サイトについて説明をして、ようやく少しは理解できたようだった。

 

「でもよ、なんでボウズはこんなことがしたいんだ?」


 持っていたステッキを俺に向けていた。


「……彼女のために何かをしてあげたいからです」

「ほう……?」

 

 俺は咲耶が亡くなってから『咲耶の兄』として何かしてあげられたのだろうかと悩んでいた。

 誰もあんな悲惨な出来事が起きるなんて想像するわけもない。現にあの時の俺もそうだ。


 ——俺は咲耶に何かしてあげれたのか?と……

 もちろん答えはノーだ。


 咲耶が亡くなってからそれに気づいても遅く。

 俺はそう思いながら、これから先過ごしていくのかと思っていた。


 でも、何の因果かわからないけど、柏葉美琴として咲耶が俺の目の前に現れた。

 だから……


 ——俺は兄として咲耶のためにできることはしてあげたいと思っていた。


 俺の話が終わると、国分寺さんは「ロックだねぇ」と呟いていた。

 ……もちろん美琴として咲耶が現れたことはある程度誤魔化してはいる。


「ろ……ロック?」

「気に入ったよ、ボウズ! ロックの情熱を持ってる奴にはあのスタジオを使う資格がある!」


 人差し指を勢いよく俺に向ける国分寺さん。

 夫人は目尻を持っていたハンカチで拭いていた。

 

 と、とりあえず許可はもらったって認識でいいんだよな?

 そう思い、俺は立ち上がると……


「あ、ありがとうございます!」


 限界ギリギリまで腰を曲げながら頭を下げていた。



「よく、わからねえが良かったな蒼介」


 整備工場の横にある駐輪場にバイクを止めているとおやっさんが笑顔で俺を見ていた。


「え、えぇまあ……」


 冷静になってみたら自分でもすごいことをしたなと思えてくる。

 早く帰って咲耶に伝えたいところだが、まずは仕事に打ち込まなければ……


一呼吸ついてからカフェのドアを開けて中に入る。


「え……!?」


 ちょっとまって何でここにいるの!?


「うわ、そうにじゃなくて……天城くん!?」


 カフェのカウンターには咲耶が座っていた。


「おかえり蒼介くん〜、ずいぶん長かったね〜」


 そんな中、いつも通りのマイペースの千智がカウンターの奥で洗い物をしていた。

 

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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


年末年始休暇が終焉を迎えようとしていた……orz

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