第31話
「さてと、今日もがんばりますか……!」
バイト先である神崎モータースの駐輪場にバイクを停めて、体を伸ばす。
体中いたるところがパキパキと音を立てていた。
……運動不足かな。
整備工場の方に顔を出してみるが、おやっさんの姿がなかった。
開店前だしカフェの方でコーヒーでも飲みながらテレビでもみているのだろう。
「おはようございますー」
ドアを開けると、お客さんが来たことを知らせるベルがカランカランと金属音を鳴らしていた。
カフェのカウンター側には千智が、カウンター席にはコーヒーを飲むおやっさんの姿を発見する。
「おはよう〜、蒼介くん〜!」
千智は相変わらず、のんびりしたトーンだった。
「おはよう蒼介、ずいぶんと早いな!」
おやっさんは相変わらずの大声で出迎えてくれた。
「さてはおまえも千智の淹れるコーヒー目当てか?」
おやっさんはマグカップを手に取ると、グイっと俺の方に向ける。
「そうなの〜? それじゃ淹れてあげるね〜」
千智は嬉しそうな表情でコーヒーメーカーにゆっくりとお湯を注いでいった。
そんなこと微塵も考えていなかったが、せっかくだし頂くとしよう。
……昨日も咲耶の相手をしていたのでそこまで寝れてなかったし。
千智はポットに摘出されたコーヒーが溜まったのを確認してから後ろの棚からマグカップと取って注いでいく。
「はい、どうぞ〜」
「ありがとう」
千智からマグカップを受け取るとカップから湯気が立っているのが見えた。
息で冷ましながら飲んでいくと、ほどよい酸味と甘味が口の中に広がっていった。
「どう? おいしい〜?」
「うまいな」
「ガハハ! そうだろう!」
何故か隣でおやっさんが喜んでいた。
……で、喜ぶのは別にいいけど、俺の背中を叩かないでほしい。
力加減をしらないのか、結構ヒリヒリするんだよ。
仕事開始まで、少しあったのでカウンター席に座りながらコーヒーを飲んでいった。
目の前では千智がカフェの開店の準備を進めていた。
手伝おうとしたが、「大丈夫だよ〜」と言われてしまっている。
おやっさんは先にコーヒーを飲み終わると、大声で「準備するか!」と言って先に整備工場の方へ行ってしまった。
千智は食器の汚れのチェックや後ろの冷蔵庫を開けて食材のチェックなどのんびりした口調とは裏腹に手際よく動く。
——亡くなった母さんに似ている。
千智は姿や顔つきは全然違うが、雰囲気や人への接し方は似ているのである。
自分でもわからないが、気を楽に接することができる。
……だから変な噂が流れ始めるのかもしれないが。
「うん〜? どうしたの、私の顔何か変〜?」
千智は不思議そうな表情で俺を見ていた。
どうやら気がつかない間に千智の顔をずっとみていたようだ。
「あー……いや、予約リストの場所を聞こうと思って」
誤魔化し方下手かよ……と、内心思いながら目的のものを探しているフリをする。
「この前お父さんがみて、カウンターに置きっぱなしだったから〜、こっちに置いといたよ〜」
千智は後ろの棚の引き出しを開けると、黒いバインダーに挟まれた予約リストを取って、俺に手渡した。
「ありがと」
受け取ると日付とお客さんの名前をチェックしていった。
「ごちそうさまでした」
マグカップの中身を全て飲み干してから、千智にカップを渡した。
「ありがとう〜、洗っておくからそこに置いといて〜」
「さすがにそれは悪いから俺が洗うよ」
「大丈夫だよ〜、それにそろそろ最初のお客さんが来ると思うし〜」
時計を見ると開店時間になろうとしていた。
最初のお客さんは開店時間と同時のため、俺も準備しとかないと……。
整備工場の方に行き、おやっさんに最初のお客様の伝票を受け取る。
最近は「おまえの方が説明が丁寧だから任せた!」と言ってお客様への説明をさせられることが多い。
伝票の名前と予約リストにある名前を一致していることと整備内容を確認していく。
「あれ……この『汐見』って人どこかで聞いたような」
「その人、おまえのクラスメイトのツレじゃなかったか?」
「あー……思い出した」
誰かと思ったら鶴嶺の彼氏だ。
昨日の咲耶の件もあってか思い出した途端、盛大にため息が漏れ出していた。
「あ、おはようございます、バイク取りに来ました汐見ですがー」
後ろから声が聞こえて振り向くと、茶色のウルフヘアーの男性が立っていた。
「おはようございます、お待ちしておりました!」
俺は軽く頭を下げてから汐見さんに近づいていく。
「バイクの整備は完了しておりますので、こちらへどうぞ」
持ち主をバイクの方を誘導していく。
「オイルとエアクリーナーの交換済みで、これから長距離走るとのことでしたので空気圧の調整を……」
伝票をみながら説明をしていく。
汐見さんは小刻みに首を縦に振りながら俺の説明を聞いていた。
「説明うめぇなあ……任せて正解だったぜ」
俺の後ろでバイクの整備をしながら、おやっさんが何かを呟いていた。
清算を行うためにカフェの中に入ると汐見さんが「そうだ!」と口にしていた。
「たしか、天城さんだよね? うちの梨花がお世話になっております」
そう言って俺に向かって軽く頭を下げていた。
前に鶴嶺と一緒に来ていた時に俺が対応したのだが、まさか覚えているとは思わなかった。
清算を終えると「今度また梨花と一緒にきますね」と手を振りながらカフェの外に出ると。
こちらに向けて大きく手を振りながらバイクを発進させていった。
「客への対応はおまえ1人で大丈夫だな」
いつの間にかおやっさんが俺の傍にきてポンと肩を叩く。
「そうっすかね〜」
俺は鼻を軽くかきながら答える。
おやっさんはホント、すぐ人を褒めるから反応に困ってしまう。
まあ、嬉しいわけなんだが……。
「これならここと千智をお前に任せても大丈夫だな」
「いやいや、いくら何でも気が早すぎですよ!?」
店はわかるけど、何で千智も……?
俺が答えるとおやっさんはガハハと豪快に笑いながら工場へと戻っていった。
さてと、次のお客様の準備でもしますか……。
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【あとがき】
▶当作はカクヨムコンに参加中です!!
お読みいただき誠にありがとうございます。
次回もお楽しみに!
休みに入ると何故か1日が早く……orz
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