第30話
「ただいま!」
軽く息を切らせながらも玄関のドアを開けて家の中に入り、靴を蹴り飛ばすように脱いで台所に向かう。
「咲耶いるか!」
勢いよく台所のドアを開けると、咲耶の姿がそこにあった。
テーブルの上に突っ伏しながら……。
「咲耶、何があったんだ……?!」
突っ伏していた咲耶はゆっくりと顔をあげる。
今にも倒れそうな表情だったが、俺の顔を見て少し明るくなったような気がしなくもない。
「蒼にぃ〜!」
咲耶は涙は出ていないものの、泣き出しそうな声をあげていた。
よほど何か辛いことが起きたのか?
「どうしたんだ……?」
俺はフラフラになっている咲耶の肩をガッチリと掴む。
「お腹……すいたよぉ」
そのセリフを聞いた途端、肩を掴んでいた俺の手の力が抜けそうになっていた。
「いっただきまぁす!」
目の前のフレンチトーストに手を合わせてからすぐにフォークとナイフを持つ咲耶。
「……アイツらと昼飯食べていったんじゃないのか?」
俺はかけていたエプロンを冷蔵庫の横にあるフックに掛けてから、椅子に座る。
咲耶はフレンチトーストを飲み込むと、一緒に出した麦茶を飲む。
「行ったし、食べたけど量が全然足りなかったの!」
「どこに食べに行ったんだ?」
「駅の近くのファミレス」
「何を食べたんだ?」
「ハンバーグステーキランチセットのご飯、普通盛り」
「……そりゃ足らないな」
いつもならご飯特盛で食べている咲耶が普通盛りで足りるはずがない。
どうせ、一緒に行ったメンバーたちにドン引きされないように我慢したのだろう。
「で、LIMEで送った家族会議って何だ?」
皿の上にあったフレンチトーストがなくなったのをみて、LIMEで送られた内容について聞き出す。
すると咲耶は使った皿の上にフォークとナイフを置き、横に寄せていた。
「蒼にぃにどうしても聞いておきたいことがあったの!」
咲耶はLIMEで送ってきた黒猫のスタンプのように手を組み、俺を問い詰めるような姿勢をとった。
「な、なんだよ……?」
真剣な咲耶の視線に何故かたじろいでしまっていた。
「蒼にぃ、彼女がいるってホント?」
「はぁ!?」
真剣な眼差しに全くと言っていいほど不釣り合いな内容に俺の思考が停止してしまう。
「すまん咲耶、もう一度言ってくれないか?」
何て言うか、脳が拒否反応か考えるのが面倒になったのか理解が難しくなってしまっていた。
「だから! 蒼にぃに彼女がいるかどうかって話!」
「……いるわけないだろ」
理解できたのはいいが、それまでに脳がかつてないぐらい働いたので、できた瞬間に疲れが押し寄せてきた。
「……ホントに?」
「ホントだ、いないのにいるって嘘ついてどうすんだよ……」
俺が呆れながら答えると咲耶は納得したのか、腕を組んで何度も頷く。
そして……
「よかったぁぁぁぁぁぁ!」
「さっきから表情がよく変わるな……」
「だって、それだけ心配したんだよ!」
そう言って咲耶はコップに並々と麦茶を注ぐとゴクゴクと音を立てて飲み始めた。
すげー……半分以上なくなってる。
「どうしてそんなことを聞いてきたんだ?」
「蒼にぃが神崎さんって人と付き合ってるって話を聞いたから」
咲耶の言葉に俺は盛大にため息をついていた。
こんなことを言うのはアイツしかない……。
「鶴嶺だろ、それ言ったの」
俺が返すと咲耶は目を大きく開けて驚いていた。
「な、なんでわかったの!?」
「その話をするのはあの女ぐらいしかいないからだ、にしてもまだ言ってたのか……」
俺は再度ため息をつくと、先ほどの咲耶と同じようにコップに麦茶を注いでから一気に飲んだ。
「うん、神崎さんって胸が大きいって聞いたけど」
すぐに咲耶は自分の胸元を悲しそうな目で見る。
「……まあ、たしかにそうだが、何でそれと俺が付き合うのがつながるんだ?」
「蒼にぃの部屋にあるマンガのヒロインたちがみんな大きかったから!」
それは偶然である、最近の流行とも言えることで、俺の趣味趣向とは関係ない。
……全部とは言わないが。
「それは別だとしても、バイト先で神崎さんと蒼にぃが仲良さそうに仕事してたって鶴嶺さんが言ってたよ」
「……まあ、そうだな」
何故、あの女がそんなことを知っているかというと、鶴嶺がバイク乗りで、アイツのバイクの整備をバイト先である
神崎モータースに出しているからだ。
整備をしている間はカフェの方で俺や千智と話している。
「来るたびに何度も違うと言っているのにな……」
俺が全力で否定しても千智がずっとニコニコとしているから俺が照れていると思われているのかもしれない。
千智にはきちんと話しておかないとな……。
「蒼にぃは神崎さんと付き合おうとは思わないの? 付き合いも長いみたいだけど……」
咲耶が心配そうな顔をしていた。
そもそも何でそんな顔で聞いてくるんだ?
「ないよ……それに」
「それに?」
これを言っていいものか若干悩みはしたが、中途半端に話をやめても永遠と食いついてきそうな気がしていた。
「……千智のことを彼女にしたいって奴は何人もいるし、千智がすごい魅力的だってのはわかってはいるんだけどさ」
咲耶は「うんうん」と興味津々な顔で頷いていた。
「何故か俺はそう思えなくてさ……」
「何で?」
——ものすごく亡くなった母さんに似ているからだ
そう答えた咲耶は何も言わず俺の顔をじっと見ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日もあっちーな!」
「お父さんお疲れ様〜」
カフェのカウンターで洗い物をしていると手で顔を仰ぎながらお父さんが入ってきた。
「お、千智だけか、母さんはどうした?」
「毎週みてるドラマがあるからってリビングにいったよ〜」
「最近の『推しメン』がでてる刑事ドラマか? あんな優男のどこがいいんだかな」
お父さんはブツブツと言いながらカフェのカウンター席に座っていた。
「片付けしているところ悪いが、コーヒー淹れてくれないか?」
「は〜い」
カウンターの裏にある棚からお父さん専用のマグカップを取り出してから、コーヒーを淹れて渡した。
「やっぱ千智のコーヒーはうめえな!」
「お父さん毎回褒めすぎ〜」
お父さんは私が淹れたコーヒーを飲むたびに褒めてくれる。
「にしてもホントによかったな……」
「うん〜?」
「あの時、お前が無事でよ」
あの時と言うのは、10年以上前のことで、私はあまり覚えていないけど、お父さんのバイクで一緒にドライブしていた時に大型トラックに突っ込まれたらしい。
後ろにいた私が重傷を負い、危険な状態になっていたが、奇跡的に一命をとりとめたと話していた。
「あの時のおまえはじゃじゃ馬だったのが、今じゃすっかりおとなしくなっちまったな」
お父さんは嬉しそうにコーヒーを飲み干すとカウンターの上にマグカップを置いた。
「お、明日から当分、蒼介のやつが来るのか!」
「うん〜。 明日から夏休みだからほぼ毎日来るって言ってた〜」
私もシフト表で『天城蒼介』と書かれた箇所を見ていた。
「ちょうど明日は納車がたくさんあるし、アイツにもフルで動いてもらうとするか!」
豪快に笑ったお父さんはカフェの奥の扉から家の中に入っていった。
「……そっか、もう10年経つんだね」
水道の水を止めるとお父さんの後を追うように私も家の中に入っていった。
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【あとがき】
▶当作はカクヨムコンに参加中です!!
お読みいただき誠にありがとうございます。
次回もお楽しみに!
自分で書いて自分のお腹が鳴りだす始末……orz
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