第20話


「やっと家についた……」


 久々のバイトだったので、いつもの倍以上に疲労感があった。

 かと言って、夕飯の準備をしないと妖怪腹減らしが騒ぎ出すし、今日は簡単なメニューでいいかな……

 そんなことを思いながら玄関を開ける。


「ただいまぁ……」

「おかえりぃぃぃぃぃ!!!」

 

 玄関を開けてすぐに奥のリビングからドタドタと大きな足音をたてながら咲耶がこっちに向かってきた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて?」

「こ、ここここ! これから言うことは落ち着いて、ききき聞いて欲しいんだけど!」 

「わかったからまずは自分が落ち着こうな?」


 咲耶に深呼吸をさせる。


「オッケー、落ち着いた!」

「で、何があったんだ?」


 俺の問いに対して咲耶はパーカーのポケットに手を入れ、何かを取り出していた。


「見てよこれ!」


 咲耶が取り出したのは白い封筒。


「うん?」

「中身見て!」


 俺は咲耶の言われるがままに封筒の中身を取り出して確認する。

 中には2枚の硬い紙が入っていた。


「……旅行券?」


 紙には旅館の名前が書かれていた。

 あれ、この旅館ってよくCMで見る老舗旅館だったような……。


「……どうしたんだ、これ?」


 俺が聞くと咲耶は「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべる。

 そして……


「ショッピングモールの抽選会で当てちゃったー!」


 「イエイ」と言って咲耶は俺の目の前でVサインをしていた。




「で、その旅行券いつまで有効なんだ?」


 適当に切った野菜と豚肉をフライパンに入れ、炒めながら詳しい話を聞くことに。


「なんか今週中に予約入れないとダメみたい」

「随分急だな……」


 咲耶はテーブルに自分と俺の分の皿を並べている。


「どうせ、テスト休みだし今週末に行っちゃおうかと思うんだけど——」

「……今週全部バイトだぞ、俺」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 咲耶は俺の返答に大声をあげる。


「蒼にぃ頑張りすぎじゃない?」

「テストでずっと休んでたからな」


 帰ってからスマホで旅館のホームページを確認すると老舗らしく、荘厳且つ高級感がある旅館。

 こんな機会でもなければ行けないだろうなと思える場所だな……。

 

 父親の仕事が忙しくて何年も旅行に行ってなかったから、たまにはいいかもしれないけど……。


「そもそも親父に許可もらわないとな、柏葉のお父さんには連絡したのか?」

「たぶんお父さんもお母さんもは仕事中だからしてないよ」


 どうやら咲耶の実家の方は10時ぐらいだと話していた。


「とりあえず、後で親父に電話しておくか……咲耶、ご飯よそっておいて」

「うん!」

 

 ガスコンロの火を止めてからフライパンで炒めたものを咲耶が用意してくれた皿に装う。

 疲れていたので今日は肉野菜炒めのみだ。

 

「それじゃいただきまーす!」

「いただきま——」

 

 最後まで言おうとしたが、咲耶の茶碗のご飯の量を見て絶句してしまっていた。



 「親父、電話にでればいいけどな……」

 

 父親は相変わらず、朝早く夜は遅い生活を送っている。

 少しぐらい休んでもいいと思うんだけどな……。

 

 そもそも父親に話していいものか考えていた。

 あの事故以来、父親は休み無くずっと働いている。

 本人は上の立場になって仕事のやりがいを感じていると笑いながら話しているがそれが本心ではないことを知っていた。


 ——父親はあの事故のショックで自分が動けなくなることを恐れているからだ。

 自分が動けなくなったら俺を育てることができなくなってしまうから。

 そうならないために仕事に打ち込んでいる。


 それなのに俺が呑気に旅行なんて言ってもいいのだろうか……。

 

「まあ、ダメだと言われたらそれに従えばいいか」

 

 電話帳から父親の電話番号を表示させて通話ボタンをタップする。


『お、蒼介か?どうしたんだ?』


 ボタンタップしてすぐに父親に繋がった。


「仕事中悪い、今、大丈夫か?」

『外でタバコ吸ってるところだから平気だぞ』


 父親に美琴がショッピングモールの抽選会で旅行券を当てたこと、今週末に行ってもいいかと聞く。


『おぉ、いいんじゃないか? せっかくだから2人で楽しんでくるといい』

「いいのかよ? その間夕飯つくれないぞ?」

『心配するな、久々にショッピングモールの惣菜でも買って食うことにするさ』


 そういえばショッピングモールの食品売り場は24時間営業だったな。


「いやでも……」

『せっかく美琴ちゃんが来ているのに、俺がこんなんじゃどこにも連れて行ってやれないからさ、代わりにおまえが連れてやってくれよ』


 最後に「俺のことは気にしなくてもいいから」と話す父親。


「……わかったよ、ってか親父もあまり無理するなよ」

『心配するな、おまえが思ってるよりも体だけは丈夫だしな!』


 父親はケラケラと陽気に笑っていた。


『っと、そろそろ戻らないと、いつも通り帰りは朝方だと思うから戸締りはしっかりしとけよ』


 そう言うと父親の方から通話を終了させた。

 ずっと横で話を聞いていた咲耶は両手をあげて喜んでいた。


「……明日おやっさんに話すか」






 次の日の朝、昨日と同じように神崎モータースが開店する30分前にカフェの方に入るった。


「おはようございますー」

「おう、相変わらず早ぇな!」


 いつも通りおやっさんがカウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた。


「あれ、千智の姿がみえないけど……?」

「なんか牛乳がなくなったとかでコンビニまで行ったな、すぐ帰ってくるんじゃないか?」


 そう言っておやっさんはマグカップに残ったコーヒーを飲み干す。


「あー、おやっさんちょっと相談があるんですけど……」


 カウンターに入り、マグカップを洗いながら声をかける。

 

「おう、どうした?」


 カウンター越しに身を乗り出すように俺を見るおやっさん。


「急で申し訳ないんですけど、土日お休みいただきたく……」


 自分の体が小さくなるんじゃないかってぐらいに腰を低くして話す。

 怒鳴られるのは覚悟の上だ……!


「おう、別にいいぞ、俺も家の用事ができて土日に休みにしようと思ってたんだよ」

「え……?」

 

 おやっさんの返答に拍子抜けしてしまう。

 

「今週の土日、珍しく納車の予定もないしな」

「あれ、そうでしたっけ?」


 カウンターの後ろにあるスケジュール一覧を見るとこの土日だけ予定が入っていなかった。


「ただその代わり、今日は納車がたくさんあるから頼むわ」

「了解っす!」

「にしても、土日何かあるのか?」

「えっとですね……」


 こんなトントン拍子にうまく行くと思っていなかったのでどう伝えようか悩んでいた。

 そもそもおやっさんと千智にも咲耶というか美琴のことは話していない。

 

「運良くテスト休みが入れたし、この機会にバイクで長距離ツーリングするのもいいかなって!」


 まあ、長距離走ることに関しては嘘はついていない。


「おお、いいじゃねーか! 俺も用事がなければ付き合ってもよかったのにな!」


 おやっさんは豪快に笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。

 ……ちょっとまってかなり痛いんだけど!?


「それじゃ、一通り済んだらバイクの整備してやるか!」

「え、あ……いいんですか?!」

「おう、俺はバイク乗りの味方だからな!」


 ニカっと真っ白の歯を見せながら親指を立てるおやっさん。


「ありがとうございます!!」


 俺が体を直角に曲げてお礼を言うと、おやっさんは「若いっていいよなあ」と話しながら整備工場の方へ向かって行った。


「……お土産買ってくるか」

 


 そして出発の日の朝。

 

「咲耶、忘れ物するなよ!」


 2階で準備をしている咲耶に向けて声をかけると駐車場に止めてあるバイクのエンジンをかけた。

 ブォォォォンと勢いのある音が聞こえてきた。


「さすがおやっさん……」


 バイクの調子の良さに思わずつぶやいていると、ヘルメットを持った咲耶が姿を見せる。


「蒼にぃおまたせー!」


 少し厚手のパーカーに黒のジーパン姿と動きやすい格好をしていた。


「忘れ物はないか?」

「うん!」


 咲耶は大きな声で返事をしていた。

 よほど楽しみにしているんだろうな……。

 

「それじゃ行くぞ」

 

 俺がバイクの座席にのると、咲耶に向けて手を差し伸べる。

 咲耶が手を掴むとすぐに引っ張るように俺の後ろに誘導する。


「それじゃ出発進行ー!」


 咲耶の声に合わせて俺はギアをローに入れてアクセルグリップを握った。


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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


のんびり旅行にいきたいなぁ……(切実)

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